去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第四章

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「記憶……戻ったのか?」

 池の縁に力なく座り込んだ天野に、ヒスイが苦い顔で切り出した。
 項垂れたまま天野が微かに頷くと、「そうか……」とヒスイが小さく溜息を吐き出す。
 思い出したら村に返すというヒスイの言葉は、果たして本当なのだろうか。それ以前に、既に追い出されているのも同然のようなものだ。どんな顔をすれば良いかも分からず、ぼんやりと髪から滴り落ちている雫が地面を染めるのを見つめた。
 ジワジワと土に滲むような黒いシミが広がっていく。まるで天野の心のおりのようで、地面に沈殿していた。

「この場所……幸朗ともよく来てた」

 唐突に幸朗の名前を出したヒスイに、信じられない心持ちで天野は顔を上げた。何故こんな時にまで幸朗の名前を聞かなければいけないのか分からず、天野は腹立たしさに唇を噛む。
 天野の気持ちとは対象的に、ヒスイは何処かぼんやりとした目で一点を見つめていた。

「アイツさ……散策に行くんだと言って、迷子になるかもしれないのに森の中歩き回るんだ。止めても聞かない。お前と一緒で強情っぱりだった」

 ヒスイの慈しむような声音と切なげな瞳に、天野は余計に苛立ちが募っていく。

「この場所を見つけて幸朗は酷く感動してた。いつもは五月蝿《うるさ》いぐらい話しかけてくるくせに……この池に取り憑かれたかの如く、呆気に取られた顔で黙り込んでた。だから――」

 ヒスイの視線が柳の木の下に向けられた。

其処そこに埋めた」

 天野はさすがに呆気に取られ、ヒスイの視線を追うように目を向ける。
 池の近くに立っていた柳の木の下には、確かに土が少しだけ盛り上がっていた。既に何年も経っているからなのか雑草が生え、まるで自然の一部として取り込まれていくかのようだった。

「怖くないのか?」

 ヒスイが微かに口角を緩め、視線を天野に向けた。何を怖いと聞いているのか分からず、天野は顔を顰めヒスイを見つめ返す。

「俺が生き埋めにした、もしくは殺して埋めた――と思わないのか?」

 天野はやっと納得がいった。まさか幸朗の死亡原因を天野が知りうるとは思っても見ないだろう。ミヨとミコとの最初の対面の際に、ヒスイは「死んだ」としか言っていない。天野も口を挟めず、あの手紙を見るまでは知らないままだった。

「手紙……読んだので」

 このまま隠したってしょうがないと天野は、諦めたように切り出した。どうせ追い出されるのであれば、ヒスイには伝えておいた方が良いと思えた。

「手紙?」

 訝しげな表情のヒスイに、天野は制服のポケットから水に濡れた封筒を取り出す。
 すっかり水を吸ってしまっていて、開けたら破れてしまう可能性があった。申し訳無さと罪悪感が一気に押し寄せる。
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