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第三章
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しおりを挟む「泰子様の婚約が近々執り行われる事が決まったのですが……それをお知りになった泰子様が、旦那様と口論になられたようでして……」
「父と泰子は、今は何処に?」
自分がいないたった二日の間に、事態は一刻を争うまでになってしまったのだと、天野は血の気が引く思いで女中に問いかける。
「旦那様は書斎に……泰子様は部屋に篭ったっきりのようです」
女中が困惑気味に伝えると、天野は「父に後で話があると伝えて欲しい」と言伝《ことずて》を頼み、急いで二階の階段を駆け上がって泰子の部屋へと向かう。
まずは泰子の様子を伺うのが先決だった。嫌な予感に今にも胸が張り裂けそうになる。変な気を起こしてない事を願いつつ、天野は泰子の部屋の扉を叩く。
「泰子! 僕だ! 開けるよ」
返事も待たずに天野は扉を開くと、泰子はベッドの上で体を丸めるようにして横たわっていた。
いることにとりあえず安堵して、天野は横たわっている泰子に近づく。
「泰子……大丈夫かい?」
天野が優しく声をかけると、泰子は悄然とした表情でゆっくりと体を起こした。
「お兄様……どちらへ行かれてたのです?」
「泰子。その事で話があるんだ……落ち着いて聞くんだよ」
天野はベッドに腰掛けると、泰子もその隣に腰を掛け不安げな表情を浮かべた。
「母さんが療養先で行っていた島を覚えているだろ? 僕はこの二日間、そこに行って恭治に会ってきたんだ」
「……恭治さんに?」
「お前を……嫁に貰ってくれないかと話してきたんだ」
泰子は案の定、驚いた表情で天野を見つめていた。
「恭治も両親にも承諾は貰ってきた。もちろん経緯もちゃんと話した上で、向こうは快く承諾してくれたんだ」
天野は俯いている泰子の背を、宥めるように手を当てた。
「恭治なら必ずやお前を幸せにしてくれるはずだ。でもその為には、僕たちもいろんな物を犠牲にしてここを離れることになる」
天野は一旦言葉を切ると、息を吐き出す。
今までの暮らしを全て捨てて、島に嫁ぐとなれば不便な事も増えるだろう。
都会とは違って買い物にも苦労するだろうし、服装だって着飾ることが難しくなる。そう考えて、天野は複雑な心持ちになった。
父のお蔭で自分たちがいい生活を送れているのだと、改めて思い知らされてしまう。
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