去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第二章

23

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「おい、大丈夫か?」

 体が激しく揺さぶられた振動に、ゆっくりと瞼を開いていく。
 眩しい視界の中、不安げな表情の三つの顔が天野を見下ろしていた。

「……どうしたのですか?」

 異様な光景だったが、頭がぼんやりと靄がかかったようで何が起きているのか理解出来ない。 
 呆気にとられた顔で見つめ返すと、ヒスイは青ざめた顔で眉を顰めていた。

「お兄ちゃんが泣いてるから」
「ヒスイを呼んできたの」

 ミヨとミコも何処か不安げな様子で、天野までもが不安になってしまう。ヒスイに怒られても負けじと騒ぎ立てる二人が、今は妙に大人しかった。
 ゆっくりと体を起こすと、その違和感を確かめるべく天野は頬に手をやる。しっとりと濡れている感触に、ミヨとミコに指摘された意味を理解した。

「僕……泣いてたの?」
「泣いてたから、起こしたの」
「でも、起きなかったの」

 どこか悪いの?と二人の声が重なる。大丈夫だよと声をかけて、二人の頭を優しく撫でた。
 柔らかい黒髪が手に触れている感触に、さっきのは全て夢でこれが現実なのだと少しだけ安堵する。それでも妙に生々しい夢だったせいか、心臓はまだ早鐘を打っていた。

「元気になった」
「いつものお兄ちゃんだ」

 二人の顔が一気に満面の笑みへと変わっていたが、ヒスイは何処か浮かない表情をしていた。そのことに不安が押し寄せてくる。

「ごめんね。後で遊んであげるから、ヒスイさんと二人にしてもらっても良い?」

 ヒスイはきっと、悪夢の原因が昨晩の行為によるものだと思っているのだろうか。何か考え込むような、険しい顔つきで、視線を俯かせていた。

「約束だよ」
「嘘ついたら針千本だからね」

 ミヨとミコは妖しげに笑うと、手を取り合って部屋を出ていった。本当に遊ばなかったら針千本飲まされてしまいそうな気迫に、思わず苦笑いを零す。

「……いい機会だから言っておく。簡単に約束なんてするな」
「えっ……」

 昨日とは打って変わった、少し冷めたヒスイの声音に心が凍りついていく。

「いいか、あいつらも俺も妖怪。お前から全てを奪おうと思えば一瞬だ。人間なんて赤子の手を捻るほど簡単にねじ伏せられる。そうしないのは、俺もあいつらも少なからず、まだお前に情があるからだ」

 一線を引くような物言いに、血の気が引いていく。何故それを今になって言うのか、ヒスイの意図が分からない。

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