去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第二章

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 ふらつく足取りで浴衣を羽織ると、屋敷の裏側に回り込む。そこにはミヨとミコが焚き口を覗き込んでいた。

「二人共ありがとうね。でも、もう大丈夫だから。戻ろう」

 天野が優しく声をかける。
 二人は顔を見合わせて「喜んでもらえたね」「嬉しいね」と言って、スキップしながら天野に近づいた。天野は二人の手を取ると、ゆっくりと歩き出す。
 ジメッとした空気が全身を纏って、湯上がりの体には少し暑く感じた。
 その分、体温の低い二人の手が体温を奪ってくれるようで気持ちがいい。でも、冬場は寒くなるだろうなと考えて自然と頬が緩んだ。

「お兄ちゃんって」
「幸朗より優しいね」

 緩んでいた頬が、瞬時に引きつる。

「その幸朗さんって――」

 思わず足を止めると、二人が揃って不思議そうな顔で見上げてきた。
 ヒスイが居ない今しか、幸朗との関係について聞けないかもしれない。でも、聞いてしまって良いものだろうか。

「お兄ちゃん?」
「幸朗がどうしたの?」

 黙っている天野に、二人して不安げな声で腕を揺らす。

「……幸朗さんって、どんな人なの?」

 言ってから心臓が一気に早くなり、手にじっとりと汗をかいてしまう。
 思わず周囲を見渡して、ヒスイが聞いているんじゃないかと不安になった。

「お兄ちゃんと同じ歳ぐらいで」
「優しいんだけど、たまに怖い」

 二人が細い目をより一段と細めて笑う。

「優しいのに怖いの?」

「うん。怒ると怖いの」
「ヒスイとも、よく喧嘩してた」

 妖怪と言い争えるほどに、肝が座っているのは凄い。かく言う天野も、妖怪と一緒に一年も暮らしているが……。
 でも、さすがに挑発するような真似はしようと思ったことはなかった。

「けどね、二人は仲良しだったよ」
「だって、幸朗。ヒスイの部屋に入ったもん」
「……部屋に?」

 唇が微かに震えてしまう。部屋に入った、それが何を示すのか薄々だが、予想がついた。

「私達は部屋に入れてくれないのに」
「幸朗だけは入れた」

 二人は少し不満そうに唇を尖らされている。そんな表情まで同じで、いつもの天野だったら可愛いなと思って自然に笑みが溢れていただろう。
 でも今は、そんな余裕がないぐらいに心が底冷えしていた。

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