去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第二章

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「そんな暗い顔されたら、説得力ないんだけど」

 ヒスイの言葉に慌てて、天野は表情を和らげる。

「すみません。考え事をしてたもので」
「ねぇー元気になったなら」
「あそぼーよ」

 天野の腕を掴んだまま、ミヨとミコがクルクルと回り始める。

「お前達の所為なんだから、大人しくしてろ」

 ヒスイが嗜めるような口調で、眉根を寄せた。

「大丈夫です。僕もちゃんと言わなかったのが悪いので」

 二人が責められるのは可哀想だと、天野はクルクルと回りながら笑顔を浮かべる。
 ヒスイは呆れたように溜息を吐き出すと「あいつに似てるな」とポツリと呟くのが微かに聞こえた。
 呆れた顔をしていても、微かに寂しげな目をしているのは先入観だろうか。
 ヒスイが幸郎の事を思い出し、そんな顔をしているだと思うと歯痒い。
 ミヨとミコはヒスイに窘《たしな》められた所為か「ヒスイこわーい」「こわーい」と言って腕を離すと、二人で庭に行ってしまった。

「本当に大丈夫なら、夕飯の支度手伝って」

 そう言い残し、ヒスイまで出て行ってしまう。
 さっきのヒスイの言葉が気になって仕方がなかったが、聞いて良いものなのか分からない。
 もどかしい気持ちを抱えつつ、天野も炊事場へと足を向けた。


 夕飯を食べ終えると、ヒスイに促されて先にお風呂に浸かった。
 浴室の外からは「ミヨがやる」「ミコがやる」と揉めている声が聞こえてくる。

「お前たち入れすぎるなよ!」

 ヒスイの少し語気を荒げた声が聞こえた。
 その様子に天野まで不安になってくる。心なしか、お湯の温度が上がってきているような気がしてきた。
 湯船から出ようと腰をあげると、「お兄ちゃん」「ゆっくり入ってね」と二人の声が聞こえてくる。

「う、うん」

 仕方なく腰を下ろすも、水温が上がる一方でじっとりと汗をかき始める。
 足元から迫りくる熱に、恐怖まで湧き上がってきてしまう。

「おい。茹で上がる前に上がれ」

 浴室の扉が開かれ、ヒスイが少し息を切らして現れた。
 天野は驚きのあまり、呆然と見つめてしまう。

 「アイツらは、いくら言っても聞かないから」

 確かに外からは相変わらず、キャッキャとはしゃぐ声が聞こえてくる。
 ヒスイが視線を俯かせると、「とにかく、早く上がれ」と言い残してそそくさと行ってしまった。
 少し逆上せ気味で重たくなった体で、なんとか浴槽から這い出す。

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