去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第二章

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 雨が降りしきる中で外に出て、ずぶ濡れになったのが原因だとすぐに察しがつく。
 寝ればなんとかなるかもしれないと布団を被り、ガタガタと震えていると部屋の襖が静かに開いた。
 熱で潤む視界の中、入り口に目を向けて驚く。
 ヒスイが不機嫌そうな表情で、たらいを持って入ってくるところだった。
 天野が慌てて体を起こそうとすると、「馬鹿。起き上がるな」とヒスイに睨まれる。

「……すみません」

 謝罪の言葉を口にするのも辛いぐらい、熱が上がっていた。
 ヒスイがたらいを天野の傍らに置くと、「動くなよ」と言い残して部屋を出ていく。
 言われなくても、体が動きそうになかった。
 呼吸するのも苦しい。浅く早い呼吸を繰り返していると、再び襖が開かれて盆を持ったヒスイが現れる。

「悪かった……」

 幻聴なのだろうか……ヒスイが今、謝ったような気がした。

「あいつらをちゃんと止めなかった、俺にも責任がある」

 ヒスイは低い声音で言いつつ薬包紙と思わしき包を広げ、粉を湯呑に入れていく。
 ヒスイは悪くないと否定しようにも、唇を思ったように動かせない。
 眉根を寄せて荒い呼吸を繰り返し、ヒスイをぼんやりとした目で見つめた。
 ヒスイは湯呑の中身を箸でかき混ぜると、天野に体を近づける。
 ヒスイに上体を起こされるも、体に力が入らない。思っている以上に、熱が上がっているようだった。
 湯呑を口元に近づけられ、薄っすらと唇を開く。それなのに、どうしても唇の端から溢れてしまう。
 ヒスイが小さく舌打ちすると、湯呑が遠ざけられる。

「飲まないと治らないから……」

 分かっていても、どうしても上手く飲めない。

「す、すみ…ません……」

 震える唇を動かし、目を閉じる。熱にうかされた目元から涙が伝う。その涙ですら、熱いような気がした。

「少し、口開け」

 ヒスイの言葉に僅かに唇を開く。甘い香りが強くなると同時に、少し冷たく柔らかい感触が唇に触れる。

「んっ……」

 ゆっくりと苦い液体が流し込まれ、思わず吐き出しそうになった。
 それを阻止するかのように、ぬるっとした冷たい物が唇を割って差し込まれる。
 薄っすらと目を開くと、ヒスイの顔が間近にあって動揺してしまう。綺麗な目元が薄く開かれていて、翡翠がかった瞳が目の前まで迫っていた。

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