去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第二章

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「おい! お前達、相手は人間なんだ! 早く戻ってこい!」

 ヒスイが少し声を荒げると、双子は「ちぇっ、つまんないのー」と言ってやっと天野の手を離す。
 目が少し回ってしまい、ふらつく足取りで縁側に戻ると「ここで待ってよ」と言ってヒスイが中に引っ込んでしまう。

「この人間の事も」
「好きなのかな」

 双子の呟きに思わず「えっ?」と天野は二人に視線を向ける。

「ヒスイね」
「幸朗の事――」
「おいっ!!」

 双子の声を遮るように、タオルを片手に戻ってきたヒスイが声を荒げた。

「ヒスイたら」
「こわーい」

 そう言いつつも笑い声を上げ、逃げるように廊下を走り去ってしまった。
 ふと、そういえば着物が全く濡れていなかったと思い至る。廊下も全く濡れた様子がなく、綺麗なままだ。
 笑い声と足音が遠退いていくと、ヒスイがタオルを投げ渡してくる。

「すみません。ありがとうございます」

 タオルを受け取ると、頭から拭いていく。
 ヒスイは黙ったまま、自分の部屋の方へと向かっていってしまう。
 双子の言葉が気になったが初めてヒスイが声を荒げた姿を見て、迂闊には聞けなくなってしまった。
 苦虫を潰したようなヒスイの顔が脳裏に浮かぶ。幸朗という人物が、人間であることは間違いない。ただ、どんな人物でヒスイとの関係は不明のままだ。
 ヒスイの表情から察するに、あまり聞かれたくない相手なのかもしれない。
 天野は黙ったまま、ヒスイの後ろ姿を見送った。



 夕食は双子も交えてだったこともあって、賑やかだった。ヒスイと二人の食事も静かで落ち着いていて好きだが、これはこれで楽しくて良い。
 記憶がない今は分からないが、自分にも家族がいるはずだ。こんな風に賑やかな家庭だと良いのにと思ってしまう。
 そんな気持ちとは裏腹に、体は寒さに震えていた。食欲も少なく、箸が思うように進んでいかない。
 ヒスイはそんな天野の様子に、少しばかし眉を寄せていたが特に何も言ってこなかった。
 食事を終えて片付けや風呂を済ませると、少しふらつく足取りで自分の部屋へと向かう。

「お兄ちゃーん」
「あそぼー」

 ミヨとミコが着物の裾を掴んでくる。

「おい! 大人しくしないなら、出っててもらう」

 ヒスイが双子を牽制してくれたおかげで、なんとか自分の部屋に戻ることが出来た。
 戻ってきて早々に、布団を敷くとすぐに倒れ込む。
 全身が重だるく、熱いのか寒いのか分からない。頭もぼーっとしていて、完全に風邪を引いてしまっていた。
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