青空サークル

箕田 悠

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 卒業式を待つばかりになり、何だかずっと通っていた校舎がよそよそしく感じられた。
 前期の試験が終わっても、落ちた時の為に後期の試験も対策しなくちゃいけない。とにかく、合格発表の日までは気が抜けない状況には変わりなかった。
 それでも、僕にとっては二人と会える時間が出来ただけでも心に余裕が生まれていた。
 後期の試験に向けての対策をするという名目をつけては、僕は学校へ行き、屋上へと通っていた。
 そこで息抜き、という名目で、残り少ない日々を三人で過ごした。
「なーこと眼鏡くんは、どんな学校生活を送ってたの?」
 僕は生前の話を二人に尋ねる。もっと詳しい話を聞きたかったからだ。
「……あたし達の話は良いから。それより、ホッシーの話をしてよ」
 一瞬の間があった後、なーこがいつもの調子に戻る。
「僕はなーこや眼鏡くんの話が聞きたい。少しでも多くの二人の思い出を留めておきたいから」
 なーこが珍しく困ったように、眼鏡くんに目で訴えかける。眼鏡くんが「実はな」と口を開く。
「だんだん、生前の記憶が思い出せなくなってきているんだ」
「え、それって……」
 もしかしたら、解放への兆候ではないのか。僕は期待と不安で眼鏡くんの次の言葉を待つ。
「分からない。でも、そんな気がするんだ」
 眼鏡くんが自分の両手を見下ろす。その手がいつになく透けて見えた。
「そっか……良かったよ」
 寂しい、と思ったけれど、僕は無理やり笑顔を作る。二人にとって、良い方向に繋がるのであれば、僕はそれを受け入れないといけなかった。
「せめて卒業までは持てばいいんだが……」
「だいじょーぶだよ。あたし、そんな気がするから」
 神妙な顔をする眼鏡くんに、なーこが励ます。
「しようよ。ここで卒業式」
 二人の視線が僕に集まる。
「だって、二人とも卒業式してないんでしょ? だったら僕と一緒に卒業すればいいと思う」
 一日でも長く、三人の時間を延ばしたかった。そんな僕のわがままに、二人は快く賛成してくれる。
 僕はその日から、毎日のように屋上へと通った。
 なーこや眼鏡くんが過去の話を嫌がるのであれば、未来に繋がる話をしよう。僕はそう決めていた。
 だからなーこや眼鏡くんに将来は何になりたいかとか、どんなことをしたいのかを尋ねた。
 なーこは、動物が好きだからブリーダーになりたいと言い、眼鏡くんは教師と変わらないようだった。
「ホッシーはどんなキャンパスライフを送りたいの?」
 なーこの質問に僕は、「平穏無実かな」と返す。つまらない返事だけど、想像出来なかったのだ。
「彼女作りなよぉ。ホッシーイケメンだからいけるって」
「無理だよ……女性が苦手だし……」
 僕が両手を振ると、眼鏡くんがニヤリと笑う。
「やはりな。なーこは女性ではなかったということか」
 そんなつもりはないと否定するも、「ひどーい」となーこが膨れる。
「こんな美少女が女の子じゃないわけないじゃん。眼鏡くんは一回、眼鏡洗った方がいいんじゃない?」
「そうやってすぐ感情的になるところが、品がない証拠だ」
「挑発してくる眼鏡くんが悪いんだし。だからモテないのよぉ」
「モテないわけじゃない。そんな時間がないだけだ。そういう君こそ、男に相手にされないだろ」
 二人が顔を突き合わせて言い争いを始める。だけどよくよく見ていると、普段は知的な雰囲気の眼鏡くんがこの時だけは悪戯っ子のようだった。
「眼鏡くんって、なーこの事が好きとか?」
 僕が思った事を口にすると、二人の言い争いが止まる。
「なるほどねぇ。好きな子ほど、いじめたくなるってやつかぁ」
 今度はなーこがしたり顔で、眼鏡くんを見る。
「そ、そんなわけないだろ。俺は……清楚な女性が好きなんだ」
 そう言いながらも、心なしか顔が赤い。それに動揺が隠せないのか、僕たちから目を逸らしている。
「照れちゃってさぁ。素直に言えばいいのに」
 なーこが眼鏡くんの腕を突っつく。
「ば、馬鹿言うなっ」
 珍しく向きになる眼鏡くんに、なーこと僕は声を上げて笑った。
 冗談を言い合い、これからの話をする。毎日が楽しかった。そんな日々を送りながらも、刻一刻と別れが近づいていることも、僕は気付いていた。
「じゃあね、ホッシーっ」
「またな」
 二人に見送られながら、僕は「また明日」と返す。屋上のドアを締めながら、僕は二人を見た。
 二人の向こう側にある夕日が二人の体を通り抜けて、僕の視界に広がっている。
 日に日に薄れていく二人の姿。きっとも二人も気付いているはずだ。
 だけど、誰もそのことには触れたりしない。気付いてしまったら、そのまま消えてしまいそうだから。
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