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しおりを挟む「またいつでも来てね」
目を赤くしている阿達さんに見送られ、僕達は家を後にした。
「おばさんは、母さんと仲が良いみたいで……俺のレッスンの帰りに、時々一緒にレストランとかに行ったことがあったんだ」
「……知らなかった」
今だに頭の中が真っ白で、僕は上手く考えることが出来なかった。
「ごめん、兄ちゃん。もっと早く気付いていれば良かったんだけど」
「……しょうがないよ。まさか身内だなんて、考えるわけないから」
駅に辿り着く頃には夕焼け空が眩しくて、目が染みるほどだった。電車に乗って家に帰るまで、僕たちは言葉数少ないままだった。
家にギリギリについたことで、母はすでに玄関の前で待っていた。
「遅かったじゃない」と怒られたけれど、時間がなかったのか、僕はすぐに解放される。
一がレッスンに行っている間、僕はずっと部屋のベッドの上で考え込んでいた。
なーこはただの友達ではなく、血のつながりがあった。
そのことをなーこに言ったら、きっと凄く驚くだろう。僕だって今だに、信じられないのだから。
僕の頬に再び滴が滑っていく。僕はそれを袖で拭った。
「星、いるか?」
ノックと共にドアが開く。
「出前取ろうと思ってるんだけど、何がいいんだ?」
「……僕はいいや」
食欲もなけば、こんな顔で下に降りるのは嫌だった。
「じゃあ、父さんが作る。味見してくれ」
「えっ」
僕はびっくりしすぎて体を起こす。父は部屋の入り口に立っていてた。
「料理……出来るの?」
「わからん」
父がそれだけ言い残して下に降りていく。
料理している姿を今まで一度も見たことがなかった。誰もいないときは、コンビニかスーパーの弁当で済ませていたし、時々僕が作ったのを食べていたからだ。
僕は心配になって、ベッドから降りる。階下に降りると、父が台所で腕まくりをして手を洗っているところだった。
「何作るの?」
「まだ分からん」
それから父が冷蔵庫を開けて、中を覗き込む。僕も一緒になって確認する。
ざっと見たところ、ルーさえあればカレーが作れそうだった。僕だってそんなに料理が出来るわけじゃないけど、父よりマシのはずだ。
「カレーは? 簡単だし、ルーさえあれば出来そうだよ」
開けっぱなしになっている冷蔵庫の前で、固まる父に僕はアドバイスする。
「カレーか……そうだな」
父が材料を取り出す。牛も豚もなかったけれど、鶏肉があれば充分だった。
父がタマネギを剥いている間、僕は米を研いで炊飯器にセットする。父がまだタマネギを剥いていて、僕は今度はジャガイモを包丁で剥いていく。
「上手いもんだな」
「普通だよ」
得意とまではいかないけれど、普通に作るぐらいなら出来る。
ジャガイモを水に晒し、やっと剥き終わったタマネギを受け取る。剥きすぎなのか、タマネギが一回り小さくなっているように見えた。
「次はニンジンの皮剥いて」
僕がお願いすると、父が引き出しを開け始める。ピーラーの場所が分からないらしく、「どこだ」と呟く。
「食器棚の引き出しの一番右側だよ」
僕が教えると、「あったあった」と父がピーラーを片手に戻ってくる。
ハラハラしながら、僕は父を横目に見る。真剣な表情でゆっくりとニンジンの皮を剥いている。危なっかしい手つきに、僕は「こうした方が良いよ」と実践してみせる。
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