青空サークル

箕田 はる

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 お風呂から上がると、僕は自分の部屋に向かうために階段を上がった。部屋に入ろうとしたところで、トップが階段を駆け上がってくる。
「兄ちゃん。珍しいね、こんな時間まで」
「自分でもこんな時間になるなんて、思わなかったから」
 僕はトップを部屋に入れながら、今日の出来事を話し始める。
「でもまさか、カラオケに行くことになるなんて思わなかった」と、まるで告解するような気分で最後を締めくくった。
「兄ちゃん、歌うまいもんね」
「そんなことないよ」
「俺は歌は全然駄目だから、年中先生に怒られてるし。それに舞台のオーディションも歌が駄目だからって、落とされちゃうし」
「え、そうなの?」
 完璧に俳優業をこなしていると思っていただけに、僕は驚きを隠せなかった。
「それに台本も覚えるの苦手だし。兄ちゃんは暗記力もあれば歌唱力もあるから、羨ましいよ」
 今日一日で何度目かになるか分からない、「そんなことない」という言葉を繰り返す。
 今まで自分が歌が上手いと思ったこともなかったし、それどころか自分に良い所など一つもないと思っていた。
トップは……子役をやってきて良かったと思う?」
 僕がずっと聞きたいと思っていたことだった。聞かなかったのは、お互いに芸能界の話はタブーになっていたからかもしれない。
「うーん。思うけど……友達と遊べないのが嫌だと思うときはあるよ」
「辞めたいと思わないの?」
 僕は逃げている。それで本当に良かったのか、正直分からなかった。もう少し頑張っていれば、何か変わっていたかもしれなかったからだ。
「思うときもあるけど、もう少し頑張りたいって気持ちもあるから」
「……トップは偉いね。僕は逃げたから」
 ずっと感じていた負い目が再び顔を出す。トップは僕と違って、簡単に諦めたりしない。だからこそ、ドラマに出たり仕事が入ったりするのだろう。
「別にいいじゃん。兄ちゃんは兄ちゃんの人生なんだからさ。それに逃げるって、悪い聞こえ方みたいだけど、そんなの一つの技みたいなもんじゃん」
「技?」
「そうそう。RPGでもコマンドであるじゃん。主人公でも勇者でもその選択肢があるんだよ。テレポートだって戦闘中ならある意味、逃げるってことじゃん。それってさぁ、必ず必要だから、備わってるんでしょ」
トップは凄いよ。そんな風に前向きに考えられるんだからさ」
 トップが先に生まれていたら、きっと両親もガッカリすることもなければ、僕も頼りがいのある兄を持って、違う生き方や考え方が出来ていたかもしれない。
 そんな弱音を漏らすと、トップは「やだやだ」と足を揺らす。ベッドの縁に足が当たり、振動が伝わってくる。
「兄ちゃんが兄ちゃんじゃなかったら、俺は子役なんてやってない。兄ちゃんを見て、俺は子役をやってみたいって思えたんだから」
「僕を見て?」
 初めて聞いた動機に驚きながらも、僕は思い当たる節がなかった。
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