青空サークル

箕田 はる

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「今日は色々ありがとう。楽しかった」
 駅に向かう道すがら、僕は本心でそう告げる。
「いや、こちこそ。星河の意外な一面が知れたし」
「知っても何の得にもならないよ」
「いや、そんなことないって。だって、俺たちクラスメイトじゃん」
 僕は賀成の横顔を見た。さらっと言った賀成の表情に他意はなかった。
「そうだね……せっかく同じクラスになれたんだから……」
 もっと早くそういう風に思えていたら、僕はきっと屋上に立つことはなかっただろう。だけどそれだと、なーこや眼鏡くんに出会わなかったはずだ。
 どちらが良かったのか、僕には分からない。だけど、今この瞬間だけは、今で良かったと思えているのは確かだった。
 駅で別れた僕は、家へと向かう。
 会社帰りのサラリーマンたちの中に混じって、電車に揺られていた。
 自宅に着くと、僕はいつもと違う緊張感の中で玄関のドアを開ける。ただいまと声をかけながら玄関を上がり、洗面所へと向かった。
 手洗いうがいをしながら、二階に上がるかリビングに顔を出すか僕は迷っていた。
 一応声をかけようと決めて、リビングのドアを開けると、父と一(トツプ)がテレビを見ていて母が洗い物をしている最中だった。
 ただいまと言いかけたところで、「あ、兄ちゃん」と一が気付いて、先に声を出す。
 お風呂に入ったばかりなのか、頭にはタオルが垂れ下がっていた。
 父がこちらをチラリと見て、「帰ったのか」と言って、すぐにテレビへと視線を戻す。
「早くお風呂に入っちゃいなさい」
 母は洗い物をしながら、いつもと変わらない調子で言った。
 僕は「うん」と言いながら、再び洗面所へと向かう。
 受験生がこんな時間まで、どこをフラついていたのかと、もっと責められると思っていた。それだけに、何も言われないというのも、何だか無関心であるみたいで複雑でもあった。
 湯船に浸かりながら、僕は鈍い喉の痛みを感じていた。あんなに声を出したのは久々のことで、歌ったのも学校の授業以来だった。
 楽しかった。そう思う一方で、当初の目的を見失ってしまっていたことに対する罪悪感もある。頬が緩んだり締まったりと忙しく表情筋が動いていた。
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