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一と和解したことで、僕の生活はがらりと変わった。
今までは以上に一は僕に構ってくるようになり、部屋に勝手に入ってきてはベッドの上で漫画を読むという図々しさもあった。でもこれが、本来の兄弟の形なのかもしれない。
一のレッスンや仕事がないときは、プールや花火にも行った。
「兄ちゃん、変わったね」
丘の斜面で打ち上げ花火を見上げながら、一が唐突に言ってきた。
「……そうかな」
「うん。急にお祭りに誘ってきたり、自分の気持ちを話してくれたり……なんかあったの?」
嬉しいけど、びっくりしたからさぁと、一が付け足す。
「……友達に言われたんだ。言わなきゃ相手に伝わらないって」
二人の存在があったからこそ、僕は今こうして弟と並んで花火を見上げることが出来ている。二人がいなかったら、僕はきっと暗澹とした気持ちを抱えたまま、人生を終えていたのかもしれない。そう思うと何だか急に怖くなって、僕は膝を抱えた手に力を込めた。
「そうなんだ。良い友達だね」
「うん。僕の事、色々と助けてくれたんだ。感謝してもしきれない」
バンという破裂音の後に、パラパラと花火が弾ける。
「そんな良い友達なんだ。俺も会ってみたい」
「……無理だよ」
思わず口から漏れてしまい、一の「えっ?」という声で僕は我に返る。
「遠くに行っちゃったとか?」
一が悲しそうな目をする。僕は本当の事を話すべきか悩んだ。
口止めされているわけじゃないけれど、言った所で信じて貰えるか分からなかった。
それにもしかすると、僕の妄想だと思われ、頭がおかしくなったと別の意味で心配されるかもしれない。
だけど、僕は一にだけは話すことにした。風化していく二人のことを少しでも知ってもらいたかったからだ。
「今からする話は信じられないかもしれない。だけど、二人が生きていたということだけは、信じて欲しい」
そう前置きすると、真剣な眼差しを向けてくる一に、僕は静かにこれまでの出来事を語った。
全てを話終える頃には花火大会は終わっていて、辺りは街灯の心許ない光だけが残されている。
さっきまでいた家族連れやカップルたちもとっくに引き上げたらしく、僕たち二人だけになっていた。
「帰ろう」
僕は黙り込む一を促して、立ち上がらせる。あまり遅くなると母が心配して、面倒なことになりそうだった。
さっきから黙ったままの一に、僕は先を歩きながら内心で後悔していた。僕の事を疑う分には構わないけれど、二人に関して誤解を招くようなことになったら、それこそ僕は申し訳が立たなかったからだ。
「兄ちゃん」
一がやっと口を開き、僕は緊張した面持ちで振り返る。隣に並んだ一は、思い詰めた顔で僕を見ていた。
「良かった。生きててくれて」
「……うん」
「俺……兄ちゃんが死んだりでもしたら、絶対に立ち直れなかった」
「……うん」
一の声が震えていた。泣いているのだと分かって、僕まで泣きそうになった。
「もう……そんなことしないで」
「……うん」
僕は歩きだしながら頷く。うんとしか言えない僕に、「絶対だよ、約束だよ」と一が追いかけてきて繰り返す。
懇願するように声を震わせている一に、僕はそれでも「うん」としか返せない。
嗚咽を堪えるには、それしかなかったからだ。
今までは以上に一は僕に構ってくるようになり、部屋に勝手に入ってきてはベッドの上で漫画を読むという図々しさもあった。でもこれが、本来の兄弟の形なのかもしれない。
一のレッスンや仕事がないときは、プールや花火にも行った。
「兄ちゃん、変わったね」
丘の斜面で打ち上げ花火を見上げながら、一が唐突に言ってきた。
「……そうかな」
「うん。急にお祭りに誘ってきたり、自分の気持ちを話してくれたり……なんかあったの?」
嬉しいけど、びっくりしたからさぁと、一が付け足す。
「……友達に言われたんだ。言わなきゃ相手に伝わらないって」
二人の存在があったからこそ、僕は今こうして弟と並んで花火を見上げることが出来ている。二人がいなかったら、僕はきっと暗澹とした気持ちを抱えたまま、人生を終えていたのかもしれない。そう思うと何だか急に怖くなって、僕は膝を抱えた手に力を込めた。
「そうなんだ。良い友達だね」
「うん。僕の事、色々と助けてくれたんだ。感謝してもしきれない」
バンという破裂音の後に、パラパラと花火が弾ける。
「そんな良い友達なんだ。俺も会ってみたい」
「……無理だよ」
思わず口から漏れてしまい、一の「えっ?」という声で僕は我に返る。
「遠くに行っちゃったとか?」
一が悲しそうな目をする。僕は本当の事を話すべきか悩んだ。
口止めされているわけじゃないけれど、言った所で信じて貰えるか分からなかった。
それにもしかすると、僕の妄想だと思われ、頭がおかしくなったと別の意味で心配されるかもしれない。
だけど、僕は一にだけは話すことにした。風化していく二人のことを少しでも知ってもらいたかったからだ。
「今からする話は信じられないかもしれない。だけど、二人が生きていたということだけは、信じて欲しい」
そう前置きすると、真剣な眼差しを向けてくる一に、僕は静かにこれまでの出来事を語った。
全てを話終える頃には花火大会は終わっていて、辺りは街灯の心許ない光だけが残されている。
さっきまでいた家族連れやカップルたちもとっくに引き上げたらしく、僕たち二人だけになっていた。
「帰ろう」
僕は黙り込む一を促して、立ち上がらせる。あまり遅くなると母が心配して、面倒なことになりそうだった。
さっきから黙ったままの一に、僕は先を歩きながら内心で後悔していた。僕の事を疑う分には構わないけれど、二人に関して誤解を招くようなことになったら、それこそ僕は申し訳が立たなかったからだ。
「兄ちゃん」
一がやっと口を開き、僕は緊張した面持ちで振り返る。隣に並んだ一は、思い詰めた顔で僕を見ていた。
「良かった。生きててくれて」
「……うん」
「俺……兄ちゃんが死んだりでもしたら、絶対に立ち直れなかった」
「……うん」
一の声が震えていた。泣いているのだと分かって、僕まで泣きそうになった。
「もう……そんなことしないで」
「……うん」
僕は歩きだしながら頷く。うんとしか言えない僕に、「絶対だよ、約束だよ」と一が追いかけてきて繰り返す。
懇願するように声を震わせている一に、僕はそれでも「うん」としか返せない。
嗚咽を堪えるには、それしかなかったからだ。
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