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家に帰ると、珍しくソファの上に寝ている弟の姿があった。相当疲れているのか、僕が帰ってきたことにも気付かずに、腕で目元を覆って眠り込んでいるようだった。
母の姿は見当たらない。一が休んでいる間に、所要を済ませているのかもしれない。
僕は二階に上がると、ブランケットを持ってリビングに戻る。一にかけてやると、僕はその場を静かに離れた。
自室に帰った時、掌にかいた汗をズボンで拭った。たったこれだけのことなのに、なんだか自分がとんでもない事をしたような浮き足立つような感覚になっていた。
息を吐くと、ムッとした空気を払うように、冷房をつける。
僕はベッドに寝っ転がりながら、今日一日を振り返った。
同じ毎日を繰り返していた今までと違って、心身ともに凄く疲れていた。様々な感情が一気に僕の中で入れ替わり立ち替わりしていたのだから当然のことだけど。
冷房が効いてきたのか、徐々に体からも熱が抜けていく。落ち着いたと同時に思い出すのは、なーこや眼鏡くんの思い詰め顔だった。
僕は臍を噛む。自分が大きな失態を犯したことに、胸の奥がざわめき、落ち着かない気持ちで、僕はベッドの上で右に左にと体の位置を変えていた。
「兄ちゃん」
外からノックと共に、声が聞こえてくる。僕はハッとして、動きを止めた。いつもなら階段を上がる音が聞こえてきていたはずなのに、聞き逃していたようだった。
僕が迷っている間にドアが開かれる。寝たフリをするには遅すぎて、僕は渋々体を起こした。
寝癖のついたままで、一がドア越しに立っていた。
「ありがと。かけてくれたんでしょ」
一の手にあるブランケットを見て、僕は失態に気付く。考えなしに僕のブランケットを使っていたからだ。
「……別にいいよ」
僕はベッドから降りて、一からブランケットを受け取る。
「ねぇ、なんか面白い本ない?」
部屋には入らず、一が覗き込むように僕の本棚の方を見る。さすがに無視できず、渋々僕は「入ればいいじゃん」と言って道を開けた。
「なんだか、入るの久しぶりな気がする」
一が恐る恐るといった様子で僕の部屋に足を踏み入れる。
同じ家に住んでいるのに、まるで違う部屋のマンションの住人のようだった。
僕は一の後ろに、居心地に悪さを感じながらついていた。
「小説なんか……読まない癖に」
思わず口から出ていた。漫画を読んでいる姿を見たことはあったけれど、小説を読んでいる姿を見たことがなかったからだ。
「最近は読まなきゃと思ってて。教養って大事じゃん」
ひねくれた僕の言動を気にした様子もなく、一は本棚に目を向ける。
「これ、映画化したやつじゃん。面白かった?」
一冊を指さして、一が僕の方を見る。手に取ればいいのに、それすらしない。その遠慮が余計に僕を神経を逆なでする。
「……まぁ。読むなら、持って行って良いよ」
僕はその本を抜き取ると、一に手渡す。早く出て行って欲しかった。そうじゃなければ、余計な事を口走ってしまいそうだったからだ。
「兄ちゃんさぁ」
顔を曇らせる一に、僕はちょっと乱暴だったかと少しだけ焦っていた。
「俺が俳優やってるから、嫌うの?」
僕は一から目を逸らせないまま、固まった。直接聞かれることはないだろうと思っていただけに、どう答えるかなんて考えていなかった。
「トップ! どこにいるの? 早く準備しなさい」
階下から母の声が聞こえ、一は口を噤む。
「ごめん……借りてくね」
そう言って、一は僕の部屋から出て行く。
なーこが言っていた。言わなきゃ伝わらないと――きっと一も同じなのだ。僕がどうして避けるのか。冷たく当たるのか。僕が言わないから一は聞くしかなかったのだ。
だけど僕は今、それには答えたくなかった。
自分でもどう答えれば良いのか、分からなかったからだ。
母の姿は見当たらない。一が休んでいる間に、所要を済ませているのかもしれない。
僕は二階に上がると、ブランケットを持ってリビングに戻る。一にかけてやると、僕はその場を静かに離れた。
自室に帰った時、掌にかいた汗をズボンで拭った。たったこれだけのことなのに、なんだか自分がとんでもない事をしたような浮き足立つような感覚になっていた。
息を吐くと、ムッとした空気を払うように、冷房をつける。
僕はベッドに寝っ転がりながら、今日一日を振り返った。
同じ毎日を繰り返していた今までと違って、心身ともに凄く疲れていた。様々な感情が一気に僕の中で入れ替わり立ち替わりしていたのだから当然のことだけど。
冷房が効いてきたのか、徐々に体からも熱が抜けていく。落ち着いたと同時に思い出すのは、なーこや眼鏡くんの思い詰め顔だった。
僕は臍を噛む。自分が大きな失態を犯したことに、胸の奥がざわめき、落ち着かない気持ちで、僕はベッドの上で右に左にと体の位置を変えていた。
「兄ちゃん」
外からノックと共に、声が聞こえてくる。僕はハッとして、動きを止めた。いつもなら階段を上がる音が聞こえてきていたはずなのに、聞き逃していたようだった。
僕が迷っている間にドアが開かれる。寝たフリをするには遅すぎて、僕は渋々体を起こした。
寝癖のついたままで、一がドア越しに立っていた。
「ありがと。かけてくれたんでしょ」
一の手にあるブランケットを見て、僕は失態に気付く。考えなしに僕のブランケットを使っていたからだ。
「……別にいいよ」
僕はベッドから降りて、一からブランケットを受け取る。
「ねぇ、なんか面白い本ない?」
部屋には入らず、一が覗き込むように僕の本棚の方を見る。さすがに無視できず、渋々僕は「入ればいいじゃん」と言って道を開けた。
「なんだか、入るの久しぶりな気がする」
一が恐る恐るといった様子で僕の部屋に足を踏み入れる。
同じ家に住んでいるのに、まるで違う部屋のマンションの住人のようだった。
僕は一の後ろに、居心地に悪さを感じながらついていた。
「小説なんか……読まない癖に」
思わず口から出ていた。漫画を読んでいる姿を見たことはあったけれど、小説を読んでいる姿を見たことがなかったからだ。
「最近は読まなきゃと思ってて。教養って大事じゃん」
ひねくれた僕の言動を気にした様子もなく、一は本棚に目を向ける。
「これ、映画化したやつじゃん。面白かった?」
一冊を指さして、一が僕の方を見る。手に取ればいいのに、それすらしない。その遠慮が余計に僕を神経を逆なでする。
「……まぁ。読むなら、持って行って良いよ」
僕はその本を抜き取ると、一に手渡す。早く出て行って欲しかった。そうじゃなければ、余計な事を口走ってしまいそうだったからだ。
「兄ちゃんさぁ」
顔を曇らせる一に、僕はちょっと乱暴だったかと少しだけ焦っていた。
「俺が俳優やってるから、嫌うの?」
僕は一から目を逸らせないまま、固まった。直接聞かれることはないだろうと思っていただけに、どう答えるかなんて考えていなかった。
「トップ! どこにいるの? 早く準備しなさい」
階下から母の声が聞こえ、一は口を噤む。
「ごめん……借りてくね」
そう言って、一は僕の部屋から出て行く。
なーこが言っていた。言わなきゃ伝わらないと――きっと一も同じなのだ。僕がどうして避けるのか。冷たく当たるのか。僕が言わないから一は聞くしかなかったのだ。
だけど僕は今、それには答えたくなかった。
自分でもどう答えれば良いのか、分からなかったからだ。
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