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第78話:迫り来る過去の影、選ばれる未来

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 黒い煙が立ち込める村の空を見上げ、リリアナは深い決意を胸に秘めていた。この異常な光景は、ただの自然災害ではないことを彼女はすぐに察していた。心の奥底で感じる不吉な予感――それは、過去との再会を意味しているようだった。

(あの国が……再び私に関わろうとしているの?)

 追放された故国の影が再び彼女に迫っているのだろうか。その考えが頭をよぎった瞬間、リリアナはすぐに気持ちを切り替えた。彼女はもう過去に囚われないと決めていた。セスや村の人々と共に、この村を守り抜くことこそが今の彼女にとって最も大切な使命だった。

 リリアナは村の広場に集まった村人たちに向けて、冷静に指示を出し始めた。彼女の表情には迷いがなく、村人たちもまた、彼女の落ち着いた態度に安心感を抱いていた。

「皆さん、心配しないでください。この村は私とセスが守ります。あなたたちは私たちを信じて、できる限り安全な場所に避難してください」

 その言葉に村人たちは少しずつ動き始め、各自の家族や大切な者たちを連れて安全な場所へと移動していった。リリアナはその様子を見届けながら、セスと共に村の防衛準備を進めていた。

 セスはリリアナの横に立ちながら、彼女の指示に従って行動をしていたが、彼女の表情に一瞬の不安が過ぎるのを見逃さなかった。リリアナが強い決意を持っていることは分かっているが、それでも彼女が内心では何かを恐れていることを感じ取っていたのだ。

「リリアナ様、あなたが感じていることを僕に教えてください。何か心配なことがあるのでしょうか?」

 セスの問いかけに、リリアナは一瞬言葉を詰まらせた。彼に心配をかけたくはなかったが、今の状況では隠し事をしている余裕はなかった。

「セス、私は……おそらく、この煙の向こうに私の過去が関わっていると思うの。追放されたあの国が、何かを企んでいる可能性が高いわ」

 リリアナの言葉を聞いたセスは、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情に変わった。

「リリアナ様、過去がどれほど強くあなたに影響を与えたとしても、今のあなたはそれに立ち向かえるだけの力を持っています。そして、僕はあなたのそばにいます」

 セスの言葉は、リリアナの心を少しずつ落ち着かせていった。彼がそばにいるという確かな安心感が、彼女に勇気を与えてくれるのを感じた。

 その時、遠くの地平線から一団の影が村に向かって近づいてくるのが見えた。リリアナはすぐにその正体を確認しようと目を凝らしたが、すぐに分かった。それは彼女が追放された国からの使節団だった。

(やはり……あの国が関わっている)

 リリアナは心の中で静かに気持ちを引き締めた。彼らが何を目的にこの村に来たのかはまだ分からない。しかし、彼女には彼らが平和的な意図を持っているとは思えなかった。

「セス、私は彼らと話をしに行くわ。このままでは、村の皆が危険にさらされるかもしれない」

 セスは一瞬ためらったが、リリアナの決意を感じ取り、すぐに頷いた。

「分かりました、リリアナ様。ですが、僕もあなたと共に行きます。あなた一人に危険を背負わせるわけにはいきません」

 リリアナはセスの申し出を一瞬考えたが、すぐに了承した。彼がそばにいることで、彼女の心はさらに強くなれるのだから。

 リリアナとセスは村の入り口に向かい、使節団を待ち受けた。やがて彼らが近づいてくると、その中に見覚えのある顔があった。それは彼女を追放した裁判の場で、彼女を冷たく見下ろしていた貴族の一人だった。

「リリアナ・フォン・シュタイン……久しぶりだな」

 その声には、嘲笑と冷たさが混ざり合っていた。リリアナはその声を聞いた瞬間、かつての裁判の光景が頭をよぎった。家族からも、貴族たちからも裏切られ、何の罪もないまま追放されてしまったあの日のことを――。

 しかし、リリアナはすぐに気持ちを切り替えた。彼女はもう過去に囚われないと決めている。そして、この村とセスを守るために、今の自分がどれほど強くなったかを証明する時が来たのだ。

「何のためにここに来たのですか?」

 リリアナの声は冷静で、少しも揺らぐことはなかった。彼女の強い態度に、使節団の中にいる貴族たちは一瞬たじろいだように見えたが、すぐに態度を取り戻した。

「我々は、ただお前に伝えに来ただけだ。我々の国が、再びお前の力を必要としている。あの時の誤解はすでに解けている。お前の無実は証明されたのだ」

 その言葉に、リリアナの胸に一瞬の違和感が走った。無実が証明された――それが事実ならば、彼女を追い出した家族や貴族たちは、今になって後悔しているということなのだろうか。

(今さら、私に戻って来いと言っているの?)

 彼女は信じられなかった。あれほど冷酷に彼女を切り捨てた人々が、今になって彼女を必要としていると言っているのだ。しかし、リリアナはもう迷わなかった。彼女はこの村を守ると決めた。セスと共に新しい未来を築くことを誓ったのだ。

「お断りします。私はもう、あなたたちの国に戻るつもりはありません」

 リリアナの言葉に、貴族たちは一瞬驚いたような表情を浮かべた。しかし、すぐにその表情は不機嫌そうに変わった。

「どうしてだ? お前には元々、この国の貴族としての立場があるのだぞ。我々の国が危機に瀕している今、お前の力が必要なのだ」

 その言葉に、リリアナは冷静に答えた。

「私はもう、あなたたちにとっての駒ではありません。私には守るべきものがここにあります。私を裏切ったあなたたちの国に戻るつもりはない」

 リリアナの強い言葉に、使節団の中の貴族たちは明らかに動揺していた。彼女がこれほど強い意志を持っていることを予想していなかったのだろう。彼らにとって、リリアナは単なる駒であり、再び手元に戻ってくると信じていたのかもしれない。

 その時、セスが静かに前に出た。彼の表情には、リリアナへの信頼と愛情が溢れていた。

「リリアナ様は、もうあなたたちに縛られることはありません。彼女はこの村で、僕たちと共に新しい未来を築いています。彼女の力を必要としているのは、あなたたちではなく、ここにいる村の人々なんです」

 セスの言葉に、リリアナは胸が熱くなった。彼がこれほどまでに自分を信じ、支えてくれていることが、何よりも嬉しかった。

「セス……ありがとう」

 リリアナは静かに彼に感謝の言葉を伝えた。彼の存在が、彼女にとってどれだけ大きな力になっているかを改めて感じた。

 最終的に、使節団の貴族たちはリリアナを説得できないことを悟り、不満そうな表情を浮かべながら村を後にした。彼らが去った後、リリアナは深く息をついた。彼女はもう、過去に囚われることはなかった。今の彼女にとって大切なのは、この村とセス、そしてこれから訪れる未来だった。

 その夜、リリアナはセスと共に静かな夜空を見上げていた。彼女の心はこれまで以上に穏やかで、そして満ち足りていた。

「セス、私はもう迷わない。あなたと共に、この村で新しい未来を築いていくわ」

 リリアナの言葉に、セスは優しく微笑んで答えた。

「僕もそう思います、リリアナ様。これからもずっと、あなたと共に歩んでいきます」
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