【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな

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第65話:疑念の闇、迫りくる試練

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 森の異変を一旦鎮めたものの、リリアナの胸にはまだ重たい不安が残っていた。森は一見、静寂を取り戻したかのように見えたが、彼女の直感はこの平穏がただの一時的なものであり、本当の危機はこれからやってくるのではないかという警告を発していた。

(本当にこれで終わったのかしら……)

 リリアナは森の奥へと視線を向けた。影の存在を打ち破ったものの、その消滅はあまりにも簡単で、まるで本当の脅威がその影に隠れているかのような感覚を覚えた。

 セスもまた、リリアナの隣で同じように森を見つめていた。彼も彼女と同様、何かがまだ潜んでいるような違和感を感じ取っていた。

「リリアナ様、これで終わったとは思えません。何かがまだ、この森に影響を与えているような気がします」

 セスの声には慎重さが混じっていた。二人は互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。

「そうね。今は一旦村に戻って、様子を見ましょう。何か分かるかもしれないわ」

 リリアナはそう言いながら、森の奥に広がる暗闇に向かって小さく息を吐いた。彼女はすでに次の戦いの気配を感じ取っていた。

 二人は村に戻る途中、言葉少なに歩き続けた。村へ近づくにつれ、少しずつ普段の日常の音が耳に戻ってきたが、それでもリリアナの心はまだ完全に落ち着いていなかった。

(セスと一緒にいると安心できるけれど、この村の平和を守るためにはもっと大きな力が必要なのかもしれない……)

 その思いが、彼女の心に静かに広がり始めていた。彼と共にいることで自分が強くなれる――それは確かな事実だ。しかし、これから訪れるであろう大きな危機に対して、彼女は自分が果たして十分な力を持っているのか疑問を抱き始めていた。

 村に到着すると、リーダーとエマが待っていた。二人は心配そうな表情を浮かべながら、リリアナとセスを出迎えた。

「リリアナ様、セス様、無事に戻られて良かったです。森の異変について何か分かりましたか?」

 リーダーの問いかけに、リリアナは一度深く息を吸い込んでから答えた。

「森の中で奇妙な現象が起こっていました。影のような存在を打ち破ったけれど、それが本当に原因なのかはまだ分からないわ。森にはまだ何かが潜んでいるかもしれない」

 リーダーとエマはその言葉に眉をひそめ、不安そうな表情を見せた。エマが小さく口を開き、慎重に言葉を選びながら話した。

「リリアナ様、その影が本当に脅威のすべてだったのでしょうか。私も村の周囲で何か悪い気配を感じ取っていました。まだ油断できないかもしれませんね」

 リリアナはエマの言葉に頷いた。自分の感じた違和感がエマにも伝わっていることに、少し安心しながらも、さらなる不安が募っていた。

「そうね、エマ。まだ何かが起こるかもしれない。私たちはもう少しこの森のことを調べる必要があるわ」

 セスも同意するように頷き、リーダーに向かって話した。

「僕たちができる限り警戒して、何か異変があればすぐに行動します。村の皆さんには警戒を怠らないよう伝えてください」

 リーダーは真剣な表情で頷き、村の安全を確保するための準備に取りかかることを約束した。リリアナはその姿を見ながら、これから起こるであろう脅威に向けて、ますます心を引き締めた。

 その日の夜、リリアナはベッドに横たわりながら、目を閉じても眠れない自分に気づいた。頭の中には、森の中で見た異様な光景と、セスとの対話が交互に浮かんでいた。彼女は心の奥底で何かが変わり始めているのを感じていた。

(私はもっと強くならなくては……でも、それはどうすればいいのか)

 セスと共に過ごすことで、自分が力を発揮できると感じている――しかし、それがどこまで通用するのか。彼と共に戦っていく覚悟は決まっているが、二人だけで本当にこの村を守りきれるのか、まだ確信が持てなかった。

(セスのことは信じている……でも、それだけでは足りない気がする)

 彼と過ごす時間が心を支え、彼との絆がリリアナに力を与えてくれることは確かだった。だが、彼女の心の中で小さな不安の種が芽を出し始めていた。それは、自分が本当にこの村を守り抜けるほどの力を持っているのかという疑念だった。

 その翌日、リリアナは一人で村を見回ることにした。セスと共に行動することは心強いが、今は一人で自分自身と向き合う時間が必要だと感じていた。彼女の胸の中には、まだ答えの見えない不安と疑問が渦巻いていた。

 村の端にある丘の上に立ち、リリアナは風に髪をなびかせながら静かに周囲を見渡した。村の平和な景色が広がっているが、それは一時的なものに過ぎないという予感が彼女の心を覆っていた。

(私はこの村を守り抜く覚悟がある……だけど、本当にそれだけでいいのかしら)

 リリアナの胸には、さらなる力を求める欲求が芽生え始めていた。自分だけではなく、村全体を守るためには、もっと強い力が必要なのではないか――そんな思いが彼女の中で大きくなりつつあった。

 その時、リリアナの耳にかすかな音が聞こえた。振り向くと、そこにはセスの姿があった。彼はリリアナを見つけて静かに近づいてきた。

「リリアナ様、ここにいたんですね」

 セスの声は優しかったが、その表情には心配の色が浮かんでいた。彼はリリアナの側に立ち、村の景色を一緒に見つめながら話を続けた。

「何か悩んでいることがあるなら、僕に話してください。僕もリリアナ様の力になりたいんです」

 リリアナはしばらくの間、セスの言葉を胸の中で反芻していた。彼が自分を支えようとしてくれることは、心から嬉しかった。しかし、同時に彼女の中で芽生えた新たな不安――それを言葉にすることができなかった。

「ありがとう、セス。あなたがそばにいてくれることが、私にとって一番の支えよ」

 リリアナは微笑みながらそう言ったが、その微笑みにはどこか寂しさが漂っていた。セスはそれを感じ取ったのか、少しだけ眉をひそめた。

「リリアナ様、本当にそれだけですか? あなたの目には、何か別の不安が映っているように見えます」

 その言葉に、リリアナは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。セスは彼女の中にある不安を見抜いていた。しかし、彼にそのすべてを打ち明けるには、まだ自分の気持ちが整理できていない――そんな感情が彼女を押し留めていた。

「セス、私は……ただ、もっと強くなりたいの。それが何を意味するのか、私自身まだ分からないけれど」

 リリアナはその言葉を口にすることで、自分の中で感じている疑念を少しだけ吐き出すことができた。しかし、それがセスにどれだけ伝わったかは分からなかった。

 セスは静かに頷き、リリアナの手を優しく握った。

「リリアナ様、僕はあなたのそばで共に戦います。あなたが強くなるために、僕ができることは何でもします。だから、何も恐れないでください」

 その言葉に、リリアナの心は少しだけ安らいだ。セスが自分のそばにいてくれる――それは、彼女にとって何よりも心強い事実だった。しかし、彼女の中で新たに芽生えた疑念は、まだ完全には消えていなかった。

(私がもっと強くなるためには、何かが足りない……それが何か、見つけなければ)

 リリアナはその思いを胸に抱きながら、セスと共に村を見守る決意を新たにした。そして、彼女はこれから訪れるであろう試練に備え、さらに自分を鍛えていくことを誓った。
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