62 / 80
第62話:揺れる決意、愛の力を信じて
しおりを挟む 見たことの無い銀月の表情に面食らった白狼は、自身の胸をどんと叩いた。
「さっき翠明様が言ってただろ? 茶を飲んだだけだし、ほら俺ぴんぴんしてるぜ?」
「遅効性の毒の可能性だってある。様子がおかしくなったらすぐ言ってくれ」
「大丈夫だって。同じ茶を目の前で皇后も飲んでたしさ」
配られる際に何かを混入される可能性だってある、ということはこの際置いておく。とにかく今は銀月を宥めることが先決だと、白狼は飛び跳ねて見せた。脈絡がなさすぎてどう見えるかなど考えている余裕もない。
案の定、泡を食ったような銀月に白狼は肩から押さえつけられた。
「本当になんともないのだな?」
「おうよ。むしろ血のめぐりが良くなる茶だとかで手足の先まであったけえや」
「……なら、よいが」
な、とぷらぷら手を振り大袈裟に笑ってみせると、銀月もようやく落ち着いたのか肩の力を抜いたようだった。
身代わりを命じられた時の様子といい、どうもおかしい。以前であれば早く着替えろ、様子をしっかり見てこい、代わりはいるくらい言いそうなものだが、さっきから白狼が替え玉になることを良しとしていない風である。
それどころかなにやら過度に心配をしているような、そんな素振りに白狼は首を傾げた。自分がへまをやらかしたせいで疎んじていたのではないのか。
うーん、と白狼の視線が宙を彷徨う。訳が分からないままなのは、やっぱり釈然としない。白黒つけたい性分がむくむくと湧き上がる。
「なあ」
白狼は銀月の顔を見上げた。自分が動かした目線の位置で、ああ、もう「見上げる」ほどに身長差ができてしまったのだ、と気が付いてまた少し胸が痛む。わずかな寂しさと甘さを含んだその痛みには覚えがあった。
だめだ、と白狼は思う。
これは感じてはいけない痛みだ。
白狼がどんっと勢いよく胸に拳を叩きつけると、銀月は目を剥いた。
「なにをしてる」
「いや、なんでもねえ」
「何かつかえているのか? 吐き気は?」
「なんでもねえってば。それよりこっちも聞きたいことがあんだよ」
胸の痛みを強引に物理的な痛みに変換した白狼は、銀月の胸倉をねじり上げた。
そうだ、ここ数日のもやもやした気分を思い出せ。まずはそこからはっきりさせてやるほうがいい。絹の着物を握りしめ乱雑なしわを寄せたまま、白狼はじろりと銀月を睨み上げる。帝姫と目が合うと、その瞳にはあからさまに動揺の色を浮かべていた。
「最近のあれはなんだ? あと、身代わりの仕事を取り上げようとしてんじゃねえよ」
できうる限り思い切り低い声で恫喝する。とはいえ所詮は小柄な白狼の声である。一般的にはやや低い少年の声程度に抑えられたが、それでも普段より気合が乗っていたのだろう。抵抗するかと思っていた銀月はすぐにしおらしい表情になり、小さくすまなかったと呟いた。
華の顔は憂いを帯びてなお美しい。が、その様子に思わず白狼はかっとなった。
「なんだってんだよ、調子狂うだろ!」
襟元を握った拳に力を入れて怒鳴りつけると、さすがの銀月も白狼の手を払いのけた。細い眉とともに切れ長の目が吊り上がる。
「なんだと言われてもこちらが悪いと思って謝っているのだから、素直に謝罪を受け入れればいいだろう」
「謝ってる側の言い方じゃねえぞそれ」
白狼がはんっと吐き捨ててやると銀月もかっとなったのだろう。白い頬が紅潮し、眉がますますつり上がった。しかし数日分の鬱憤が溜まっていたせいで退き時を失った白狼の口も止まらない。
「おまけに妙に気遣う風にしながら辛気くせえ面しやがって。鬱陶しいんだよ」
「鬱陶しいとははなんだ。こっちは心配で胸がつぶれるかと思ったんだぞ」
「何だそれ! こないだからお前の方がこっち無視しといて一体何なんだよ、俺がなんかしたならはっきり言えよ」
「何もしておらんわ」
核心をはぐらかそうとしているように、銀月はぷいっと顔を背けた。納得できない白狼はなおも言い募る。
「なんかしたから怒ってたんだろ? 何? 俺が謝ればいいか? どーもすいませんでしたってな」
おかしい、こういうことを言いたいわけじゃない。とは思うものの、もはや売り言葉に買い言葉の様相を呈している。ここで退いたら何かに負ける気がして、白狼は語気を強めて銀月に食って掛かった。それが悪かった。
銀月の顔色がさっと変わった。
「なんだその言い草は。こっちは心配していたというのに」
「なんだそれ気色悪い」
「心配だったから心配だったと言って何が悪い」
「それが気色悪いって言ってんだ! てめえが勝手に身代わりに雇ったくせに今更妙な気ぃつかってんじゃねえよ!」
「お前の体の事は心配するに決まってるだろうが」
「だからなんだっつーんだよ! 余計なお世話だ!」
「ついこの間倒れたばかりなのだぞ! 当たり前だろう!」
散々言い合いはしたが、雇われてから今まで聞いたことがない程の大声で怒鳴りつけられた白狼は、目を丸くしてぴたりとその口を閉じた。驚きで普段より三割増しで目を見開いて銀月を見上げると、当の帝姫は肩で荒い息を吐いた。
「さっき翠明様が言ってただろ? 茶を飲んだだけだし、ほら俺ぴんぴんしてるぜ?」
「遅効性の毒の可能性だってある。様子がおかしくなったらすぐ言ってくれ」
「大丈夫だって。同じ茶を目の前で皇后も飲んでたしさ」
配られる際に何かを混入される可能性だってある、ということはこの際置いておく。とにかく今は銀月を宥めることが先決だと、白狼は飛び跳ねて見せた。脈絡がなさすぎてどう見えるかなど考えている余裕もない。
案の定、泡を食ったような銀月に白狼は肩から押さえつけられた。
「本当になんともないのだな?」
「おうよ。むしろ血のめぐりが良くなる茶だとかで手足の先まであったけえや」
「……なら、よいが」
な、とぷらぷら手を振り大袈裟に笑ってみせると、銀月もようやく落ち着いたのか肩の力を抜いたようだった。
身代わりを命じられた時の様子といい、どうもおかしい。以前であれば早く着替えろ、様子をしっかり見てこい、代わりはいるくらい言いそうなものだが、さっきから白狼が替え玉になることを良しとしていない風である。
それどころかなにやら過度に心配をしているような、そんな素振りに白狼は首を傾げた。自分がへまをやらかしたせいで疎んじていたのではないのか。
うーん、と白狼の視線が宙を彷徨う。訳が分からないままなのは、やっぱり釈然としない。白黒つけたい性分がむくむくと湧き上がる。
「なあ」
白狼は銀月の顔を見上げた。自分が動かした目線の位置で、ああ、もう「見上げる」ほどに身長差ができてしまったのだ、と気が付いてまた少し胸が痛む。わずかな寂しさと甘さを含んだその痛みには覚えがあった。
だめだ、と白狼は思う。
これは感じてはいけない痛みだ。
白狼がどんっと勢いよく胸に拳を叩きつけると、銀月は目を剥いた。
「なにをしてる」
「いや、なんでもねえ」
「何かつかえているのか? 吐き気は?」
「なんでもねえってば。それよりこっちも聞きたいことがあんだよ」
胸の痛みを強引に物理的な痛みに変換した白狼は、銀月の胸倉をねじり上げた。
そうだ、ここ数日のもやもやした気分を思い出せ。まずはそこからはっきりさせてやるほうがいい。絹の着物を握りしめ乱雑なしわを寄せたまま、白狼はじろりと銀月を睨み上げる。帝姫と目が合うと、その瞳にはあからさまに動揺の色を浮かべていた。
「最近のあれはなんだ? あと、身代わりの仕事を取り上げようとしてんじゃねえよ」
できうる限り思い切り低い声で恫喝する。とはいえ所詮は小柄な白狼の声である。一般的にはやや低い少年の声程度に抑えられたが、それでも普段より気合が乗っていたのだろう。抵抗するかと思っていた銀月はすぐにしおらしい表情になり、小さくすまなかったと呟いた。
華の顔は憂いを帯びてなお美しい。が、その様子に思わず白狼はかっとなった。
「なんだってんだよ、調子狂うだろ!」
襟元を握った拳に力を入れて怒鳴りつけると、さすがの銀月も白狼の手を払いのけた。細い眉とともに切れ長の目が吊り上がる。
「なんだと言われてもこちらが悪いと思って謝っているのだから、素直に謝罪を受け入れればいいだろう」
「謝ってる側の言い方じゃねえぞそれ」
白狼がはんっと吐き捨ててやると銀月もかっとなったのだろう。白い頬が紅潮し、眉がますますつり上がった。しかし数日分の鬱憤が溜まっていたせいで退き時を失った白狼の口も止まらない。
「おまけに妙に気遣う風にしながら辛気くせえ面しやがって。鬱陶しいんだよ」
「鬱陶しいとははなんだ。こっちは心配で胸がつぶれるかと思ったんだぞ」
「何だそれ! こないだからお前の方がこっち無視しといて一体何なんだよ、俺がなんかしたならはっきり言えよ」
「何もしておらんわ」
核心をはぐらかそうとしているように、銀月はぷいっと顔を背けた。納得できない白狼はなおも言い募る。
「なんかしたから怒ってたんだろ? 何? 俺が謝ればいいか? どーもすいませんでしたってな」
おかしい、こういうことを言いたいわけじゃない。とは思うものの、もはや売り言葉に買い言葉の様相を呈している。ここで退いたら何かに負ける気がして、白狼は語気を強めて銀月に食って掛かった。それが悪かった。
銀月の顔色がさっと変わった。
「なんだその言い草は。こっちは心配していたというのに」
「なんだそれ気色悪い」
「心配だったから心配だったと言って何が悪い」
「それが気色悪いって言ってんだ! てめえが勝手に身代わりに雇ったくせに今更妙な気ぃつかってんじゃねえよ!」
「お前の体の事は心配するに決まってるだろうが」
「だからなんだっつーんだよ! 余計なお世話だ!」
「ついこの間倒れたばかりなのだぞ! 当たり前だろう!」
散々言い合いはしたが、雇われてから今まで聞いたことがない程の大声で怒鳴りつけられた白狼は、目を丸くしてぴたりとその口を閉じた。驚きで普段より三割増しで目を見開いて銀月を見上げると、当の帝姫は肩で荒い息を吐いた。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。


お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる