【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな

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第54話:心の距離、少しずつ縮まる時間

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 朝の光が村を包み込む中、リリアナは自室の窓から外を眺めていた。夜が明け、村の静かな朝が始まったばかりだったが、彼女の心はまだ昨夜の出来事に囚われていた。セスとの対話、そして彼に対する自分の気持ち――それが、彼女の心を揺さぶっていた。

(私は彼とどう向き合うべきなのか……)

 リリアナは自問自答し続けていた。セスは彼女にとって、これまで誰とも感じたことのない存在になりつつあった。彼との間に生まれた特別な絆は、確かに心地よいものであったが、それが何を意味するのか、まだはっきりとは分からなかった。

 その時、外から誰かがリリアナを呼ぶ声が聞こえた。窓の外を覗くと、そこにはセスが立っていた。彼は穏やかな笑顔を浮かべてリリアナを見上げていた。

「リリアナ様、おはようございます。今日は少し散歩に出ませんか?」

 その提案に、リリアナの胸が高鳴った。彼と過ごす時間が、今は自分にとって特別な意味を持っていることに気づいていたからだ。彼女は少しだけ躊躇したが、やがて静かに頷いた。

「ええ、少し待っていて。すぐに準備するわ」

 リリアナは急いで支度を整え、家を出た。セスが待っているのは、村の広場の近くにある大きな木の下だった。木漏れ日が優しく二人を包み込んでおり、その静けさが彼女の心を落ち着かせてくれた。

「ここに来るのは久しぶりね」

 リリアナは、少し照れくさそうに微笑んで言った。セスは彼女を見つめ、少しだけ肩をすくめた。

「ええ、私もこんなに静かな朝を楽しむのは久しぶりです。最近はいつも戦いの準備で気が張っていましたから……」

 その言葉に、リリアナも頷いた。彼女もまた、村を守ることに全力を注いできたため、こうして穏やかな時間を過ごすことがなかったからだ。

 二人はしばらくの間、言葉少なに歩いていたが、どこかお互いの存在を意識していることは明白だった。セスの隣を歩いていると、リリアナの心は静かに落ち着くのを感じた。彼の存在が、自分の中の空白を埋めてくれるような感覚――それが彼女の胸を温かくしていた。

 やがてセスが、ふと口を開いた。

「リリアナ様、昨夜のことですが……あなたと話して、私もいろいろと考えることがありました」

 彼の真剣な声に、リリアナは少し驚いたが、その言葉を促すように黙って頷いた。

「私はこれまで、自分の過去に囚われて生きてきました。守るべきものを失い、希望を失っていました。でも、あなたと出会って、少しずつ変わり始めている気がします」

 セスの言葉には、深い感情が込められていた。リリアナは彼の横顔を見つめ、彼がどれほどの重荷を背負ってきたのか、改めて感じた。

「私も……同じよ」

 リリアナは静かに口を開いた。セスに自分の気持ちを打ち明けるのは、彼女にとって初めてのことだった。

「私も、追放されてからずっと、自分が何のために生きているのか分からなくて……ただ、村を守ることだけが私の役割だと思っていたわ。でも、あなたと話すうちに、それだけじゃないと感じ始めている」

 その言葉に、セスは驚いたようにリリアナを見つめた。

「それだけじゃない……?」

 リリアナは頷いた。自分でもはっきりとした答えは見つかっていなかったが、彼女の中で何かが変わり始めていることは確かだった。

「あなたと過ごす時間が、私にとって大切なものになってきているの。それが何なのか、まだはっきりとは分からないけれど……」

 その言葉に、セスは静かに微笑んだ。そして、彼は優しくリリアナを見つめ、少しだけ距離を縮めて言った。

「私も同じです、リリアナ様。あなたと一緒にいると、心が少し軽くなるんです。これが何なのか、私もまだはっきりとは分かりませんが……」

 二人はお互いを見つめ合いながら、言葉にできない感情が静かに流れ込んでいくのを感じた。その瞬間、リリアナは彼との距離が少しずつ縮まっていることを実感した。

 村の端に近づく頃、二人は再び言葉を交わさずに歩いていたが、その静けさの中には、どこか安心感があった。お互いが隣にいることで心が癒され、言葉以上の何かが二人の間を満たしていた。

(私は、彼ともっと一緒にいたい)

 リリアナは心の中でその思いを確かめた。彼との時間が、自分にとって特別なものになりつつある――それを自覚するのに、時間は必要なかった。

 やがて二人は村の外れにある丘に到着した。ここはリリアナがよく訪れる場所で、彼女にとって心を落ち着ける大切な場所だった。風が吹き抜け、草がさわさわと音を立てている。リリアナは静かにその場に座り込み、セスも隣に腰を下ろした。

「ここは、私の好きな場所なの」

 リリアナはそう言って、風景を見渡した。丘の上からは、村全体が見渡せる。広がる緑と穏やかな家々――それが彼女にとって守るべき場所であり、今や新しい家でもあった。

「とても美しい場所ですね……リリアナ様がここで心を落ち着ける理由が分かります」

 セスも同じように風景を見渡しながら、静かに呟いた。

 二人はしばらくの間、何も言わずにその場に座っていたが、リリアナの心の中では静かな感情が湧き上がっていた。セスと共にいることで感じる安心感――それが彼女にとって、新しい希望を与えてくれているのだ。

(私は、彼と共にいたい。もっと、彼のことを知りたい……)

 その思いが、リリアナの心の中で徐々に形を取り始めた。彼が自分にとってただの仲間ではなく、特別な存在であることを、彼女は少しずつ確信し始めていた。

 セスがふと、リリアナに視線を向けた。

「リリアナ様、これからも私と共に、この村を守ってくれますか?」

 その問いに、リリアナの心が大きく揺れた。彼と共に村を守る――それは単なる仲間としての言葉ではなく、もっと深い意味が込められているように感じた。

「もちろんよ……私たちは共にこの村を守るわ」

 リリアナの言葉には、これまでとは違う確信が込められていた。それは、彼との特別な絆がこれからも続いていくことを示していた。

 その後、二人はまたしばらくの間、静かな時間を共有した。言葉は少なかったが、お互いの存在が心を満たしているのを感じていた。

(私は彼と……これからどうなるのだろう)

 リリアナはふとそう思いながらも、今はその答えを急ぐ必要はないと感じた。今はただ、彼との時間を大切にし、少しずつお互いを理解していくことが重要だと理解していた。
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