【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな

文字の大きさ
上 下
52 / 80

第52話:新たな出会い、心の揺れ

しおりを挟む
 リリアナは、黒い存在が森の奥へと消えたあと、しばらくその場に立ち尽くしていた。村を守るために再び力を使い、彼女の体は疲れを感じていたが、心には別の感情が湧き上がっていた。

(この村を守るために、私は何度でもこの力を使わなければならない。それが私の使命……)

 そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかにぽっかりと空いた穴を感じていた。守るべきものがあり、そのために生きる――それは間違いない。だが、その背後にはまだ見つけられていない何かが、彼女の胸の奥で揺らいでいた。

 村に戻る途中、リリアナは少しずつ力を取り戻しつつあった。森の外れから村へと続く道を歩いていると、ふと彼女の視線に何かが引っかかった。少し離れた木の陰から、一人の若い男性がこちらをじっと見つめていたのだ。

(誰……?)

 その瞬間、リリアナは彼の目と目が合った。彼の表情は真剣で、どこか寂しげな印象を与えた。リリアナの心は不意に揺れ動いた。彼女は知らないはずのその男性に、なぜか引き寄せられるような感覚を覚えたのだ。

 彼は静かにこちらに近づいてきた。背は高く、鍛えられた体躯を持ちながらも、その姿勢には穏やかさが漂っていた。黒髪が風に揺れ、彼の鋭い瞳はリリアナを見据えていた。

「……リリアナ様ですか?」

 その声は低く、どこか控えめな響きを持っていたが、しっかりと彼女に届いた。リリアナは驚きながらも、冷静を保とうとし、頷いた。

「ええ、そうです。あなたは?」

 彼はしばらく言葉を選んでいるようだったが、やがて静かに口を開いた。

「私は、セス・ウィンザー。騎士団に属していた者です……いや、今はただの流浪者ですが」

 彼の声には、何かを失った者特有の哀愁が感じられた。リリアナはその響きに強く心を引かれた。

「流浪者……それでは、村にはなぜ……?」

 リリアナが問いかけると、セスは少し微笑んだ。その笑顔にはどこか影があった。

「守るべき場所を失い、行き場を探していたのです。この村を通りかかった時、不思議な力を感じました。それがあなたの力だとすぐにわかりました」

 リリアナは彼の言葉に驚きつつも、どこか理解できる気がした。彼女自身もまた、同じように失われたものを背負っていたからだ。

 リリアナはセスに向かって静かに言葉を返した。

「……あなたも、何かを失ってここに来たのですね。私も同じです。貴族の家から追放され、今はこの村を守るために生きています」

 その言葉に、セスの表情が少し変わった。驚きの色が一瞬浮かび、次第に彼の瞳がリリアナを深く見つめるようになった。

「追放された貴族……」

 彼のつぶやきには、共感の色が混ざっていた。リリアナはその言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。追放という事実は、彼女にとって今でも重くのしかかっている現実だった。だが、それを知る者が目の前にいることで、彼女の中に新たな感情が芽生え始めた。

 セスがふと視線を逸らし、遠くの空を見つめた。

「私もかつて守るべき人々がいました。しかし、彼らを守ることができず、今こうして流浪の身となっています……守るべきものを失った者として、生きる意味を探している最中です」

 その言葉に、リリアナの胸がざわついた。彼もまた、自分と同じように何かを守るために戦い、その道半ばで失ったものがあるのだろう。それが彼をここまで連れてきたのだ。

「セス……あなたはまだ、守るべきものを見つけていないの?」

 リリアナが問いかけると、セスは少しの間黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「そうだ。私は、まだ何を守るべきか見つけられていない。しかし、この村で感じた力――それが、何かを変えるきっかけになるかもしれないと思っている」

 リリアナはその言葉を聞いて、ふと考えた。彼が感じた力、それは自分が手にした新しい力だろうか。もしそうだとすれば、この村を守るために彼が共に戦ってくれる可能性がある――そんな思いが彼女の中で芽生えた。

「……もし、あなたがその力を信じるのなら、私と一緒にこの村を守りませんか?」

 リリアナがそう提案すると、セスは驚いたように彼女を見つめた。その瞳には、深い考えが渦巻いているようだった。しばらくの間、彼は何も言わずにいたが、やがてゆっくりと頷いた。

「……もし、私が役に立つのであれば、喜んでお手伝いさせていただきます。今はまだ、自分の役割を見つけられていないけれど、あなたと共に戦うことで何かを見つけられる気がします」

 その言葉に、リリアナの心は少しだけ安堵した。彼は、同じ失意を抱えた者でありながらも、今こうして新しい目的を見つけようとしている。それが、彼女にとっても希望となった。

 二人はしばらくの間、何も言わずに並んで歩いた。セスの存在がリリアナにとって、これまで感じていた孤独を少し和らげる存在になるのではないか――そんな予感が、彼女の胸に静かに広がっていた。

 彼の隣にいると、リリアナは心が落ち着いていくのを感じた。自分と同じように何かを失い、迷いながらも前に進もうとする彼の姿が、彼女にとってはどこか安心できる存在だった。

 その夜、リリアナは村の広場で夜空を見上げていた。セスとの出会いが、彼女の心に大きな影響を与えていた。彼は、彼女にとってこれまでとは違う存在――心を許せるかもしれない存在であるように感じていた。

(私は、この村を守るために生きる……でも、それだけじゃない)

 リリアナの胸の奥に、新たな感情が芽生え始めていた。それは、これまで感じたことのない温かさと安心感だった。セスという存在が、彼女の中で少しずつ大きくなり始めていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...