【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな

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第35話:静寂の後に

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 村に平和が戻ってから数日が過ぎた。リリアナは、日常の静けさを取り戻した村を見守りながら、心の中で新たな決意を強めていた。力を発揮し、村を守った夜の出来事がまだ彼女の中に鮮明に残っていたが、それと同時に、これから訪れるであろう新たな試練に備えなければならないという思いも膨らんでいた。

 その朝、リリアナはいつもより少し早めに目を覚ました。窓から差し込む朝日が彼女の顔を照らし、昨日まで感じていた不安が少しずつ和らいでいくのを感じた。窓の外を見ると、村の人々が徐々に目を覚まし、いつものように仕事を始める準備をしている様子が見えた。

 リリアナは静かに深呼吸をし、心を落ち着けた。自分の中で感じる力は、以前とは違い、安定したものとなりつつあった。あの夜に発揮した力が、これからも自分を導いてくれると確信していたが、彼女の中にはまだ自分の力に対する完全な信頼が育ち切っていない部分があった。

(私は、この力を正しく使い続けることができるのだろうか……)

 その問いが、ふと心の中に浮かび上がったが、すぐに彼女は頭を振ってその考えを振り払った。今は考えるべき時ではない。彼女には村を守る使命があり、それを果たすために集中しなければならなかった。

 診療所に向かう途中、リリアナは村人たちと挨拶を交わした。彼らの顔には、先日までの不安や恐怖の色はほとんど見られず、穏やかで平和な日常を取り戻しているようだった。子どもたちの無邪気な笑い声が響き、広場では大人たちが楽しそうに作業をしている姿が見られた。

「リリアナ様、おはようございます! 今日も村を守ってくださるんですよね?」

 一人の少年が元気よくリリアナに話しかけてきた。その無邪気な声に、リリアナは自然と微笑みを浮かべた。

「もちろんよ。この村を守るために、私はいつもここにいるわ」

 少年はその言葉に満足そうに頷き、また走り去っていった。その姿を見送りながら、リリアナの心には温かい感情が広がった。村の人々が自分を信頼してくれていること、その信頼に応えなければならないという思いが、彼女の心をさらに強くしていた。

 午後、リリアナは再び村の広場を歩いていた。エマや他の村人たちがそれぞれの仕事に精を出し、村全体が穏やかな日常を送っている光景が広がっていた。リリアナはその風景を見つめながら、心の中で何かが静かに揺れ動くのを感じていた。

(この平和が続けばいい……でも、きっとまた何かが起こるはず)

 彼女の中で、平和の裏に潜む不安が頭をもたげた。先日の危機を乗り越えた今、村は再び安定を取り戻していたが、それが永遠に続くわけではないことをリリアナは知っていた。村を守るために自分ができることは、常に警戒を怠らず、次に何が起こるかに備えることだった。

 ふと、エマがリリアナに近づいてきた。彼女の顔には少しの緊張が走っていた。

「リリアナ様……ちょっと気になることがあるんです」

 リリアナはエマの言葉に耳を傾けた。

「どうしたの、エマ? 何か気になることがあるの?」

 エマは少しためらったが、やがて口を開いた。

「実は、村の外れにある森の方で、最近変な音が聞こえるんです。まるで何かが動いているような……私も少し気味が悪くて」

 リリアナはその言葉に少し驚き、表情を引き締めた。

「森の方で……? 最近何かが変わったのかしら」

 エマは首を横に振った。

「分かりません。ただ、今までにはなかった音が聞こえるようになったんです。それに、村の外れに住んでいる人たちも、少し不安を感じているみたいで……」

 リリアナはエマの言葉に真剣に耳を傾けながら、心の中で何かが引っかかるのを感じていた。村が平和を取り戻したばかりで、再び何かが起こる予兆があるというのは、彼女にとっても気になることだった。

「ありがとう、エマ。私も少し様子を見に行く必要がありそうね」

 エマはリリアナの言葉に安心したように頷いた。

「はい、リリアナ様がいればきっと大丈夫です」

 夕方、リリアナは村の外れにある森の方へと足を運んだ。エマの話が頭から離れず、彼女自身も何かが近づいているのではないかという不安が湧き上がっていた。森の中は静かで、普段とは変わらない様子だったが、リリアナの心は不安を感じ取っていた。

(本当に何かがここで起こっているのかもしれない……)

 リリアナは森の中を歩きながら、周囲に目を凝らした。木々の間から差し込む夕日が、長い影を作り出している。風が吹き抜け、草木がざわめく音が聞こえるが、それ以外には何の異変も見られなかった。

 しかし、リリアナは確かな違和感を感じていた。村が平穏を取り戻している中で、この森にだけ何かが潜んでいるような感覚が彼女の胸を締め付けていた。

 夜になり、リリアナは再び自室に戻った。森で感じた不安がまだ彼女の心の中でくすぶっていた。窓の外には満月が輝き、村全体が穏やかな夜に包まれている。しかし、リリアナの心は完全には安まらなかった。

(あの森で感じた違和感……何かが近づいているのかもしれない)

 その思いが頭の中で繰り返され、彼女は窓の外を見つめながら考え込んでいた。村を守るために、自分がどう動くべきかを考えながら、彼女の心は次第に静かに決まっていった。

(明日、もう一度森の中を調べてみよう。何が起こっているのか、しっかり確認する必要がある)

 リリアナはその決意を固め、深呼吸をしてベッドに横たわった。彼女の心の中で、次に来るべき試練への準備が静かに進んでいく。

 翌朝、リリアナは再び村の広場へと向かった。エマと会うと、彼女は少し緊張した面持ちでリリアナに話しかけた。

「リリアナ様、昨日の森の様子はどうでしたか?」

 リリアナは少し考えた後、静かに答えた。

「まだ確かなことは分からないわ。でも、何かが動いているのは間違いない。今日はもう一度、しっかりと調べてみるつもりよ」

 エマはその言葉に少しだけ安心したようだったが、彼女の瞳にはまだ不安が残っていた。

「リリアナ様がいれば、きっと大丈夫だと思います。でも、気をつけてくださいね」

 リリアナはエマに優しく微笑みかけた。

「ありがとう、エマ。私もできる限りのことをするつもりよ」

 その日の午後、リリアナは再び森の方へと向かった。村の外れにある森は、昼間でも薄暗く、冷たい空気が漂っている。彼女は慎重に足を進めながら、周囲に目を光らせた。

 森の中は静かで、先日と同じように風が木々を揺らしているだけだった。しかし、リリアナの心の中で感じていた不安はさらに強まっていた。

(やはり、何かがここで動いている……)

 その瞬間、彼女は森の奥から微かな音を聞き取った。まるで誰かが歩いているかのような足音が、彼女の耳に届いたのだ。
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