【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな

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第7話:不穏な兆し

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 村での診療所の仕事が軌道に乗り、リリアナは毎日忙しく過ごしていた。患者たちはリリアナの手厚い世話と、真摯に向き合う姿勢に信頼を寄せ、彼女を頼るようになっていた。彼女がこの村に来た当初の冷たい視線や不信感は次第に薄れ、今ではその多くが彼女を感謝と敬意の眼差しで見つめていた。

 しかし、そんな平和な日常にも、どこか不穏な影が差し込んでいた。診療所での仕事を終え、夜の静かな家に戻ると、リリアナは先日村の男性から聞いた「陰謀」という言葉が頭を離れなかった。

(また陰謀……。私は再び、そんなものに巻き込まれるのかしら)

 彼女は灯りのともる家の中で、静かにため息をついた。かつて、彼女が追放されるきっかけとなった陰謀。あの時の無力感と、裏切られた心の痛みが再び彼女の胸を締め付けた。

 リリアナは自分がまだ完全に過去の出来事を克服できていないことに気づき、苦笑した。村での新しい生活が順調に進んでいるように見えても、心の奥底にはまだ消えない不安が残っている。あの時のように、またすべてを失ってしまうのではないか――そんな恐怖が、彼女をじわじわと支配し始めていた。

(でも、今度は違う。私はもう、ただ守られるだけの存在じゃない)

 リリアナは、自分自身を励ますように心の中でつぶやいた。診療所での仕事や、村の人々との信頼関係を築き上げてきたことが、彼女に少しずつ自信を与えていた。もう一度、自分の力で状況を乗り越えられるはずだと。

 そんな思いを巡らせながら、彼女は外に出て、静かな夜風に当たった。冷たい風が彼女の頬を撫で、星が瞬く夜空が広がっていた。自然の美しさが彼女の心を少しだけ癒やしてくれる。

 翌日、リリアナはいつものように診療所で患者たちの診察をしていた。今日は朝から特に多くの患者が押し寄せており、彼女は一日中忙しく動き回っていた。疲労が体に蓄積していたが、それでも彼女は一人一人に対して真摯に向き合い、手当てを施していった。

 その時、扉が開いて、一人の村人が駆け込んできた。彼の顔は蒼白で、何か緊急の事態が起きたことを知らせているようだった。

「リリアナ様、助けてください! 村の外で、何人かの人が怪我をしているんです!」

 その言葉に、リリアナの心は緊張で締め付けられた。彼女はすぐに立ち上がり、応急処置のための道具を手に取った。

「わかりました。すぐに向かいます」

 リリアナは村人に案内され、急いで村の外へと向かった。村を囲む森の中で何が起きているのか、彼女はわからなかったが、緊迫した状況を感じ取り、足を早めた。

 森の中に入ると、数人の村人たちが倒れているのが見えた。何が原因で怪我をしたのかはわからないが、彼らの表情からは痛みと恐怖が読み取れた。

「リリアナ様、どうか……どうか助けてください!」

 彼女はすぐに膝をつき、一人一人の状態を確認した。彼らの傷は深く、何か鋭利なもので切りつけられたようだった。リリアナは応急処置を施しながら、彼らに何が起きたのかを尋ねた。

「何があったんですか? どうしてこんな傷を……」

 一人の村人が、恐怖に震えながら答えた。

「森の奥で……何かに襲われたんです。人の姿をしているけれど、まるで獣のような……何かが……」

 その言葉を聞いた瞬間、リリアナの背筋に冷たいものが走った。村の外で何か異常な事態が起きている――それは間違いなかった。しかし、それが何なのか、まだ彼女には全く見当がつかなかった。

(この村に何が起きているの?)

 リリアナは傷ついた村人たちを手当てしながら、心の中で不安が広がるのを感じていた。何かが動き出している――それが良い方向ではないことは、すぐにわかった。村で囁かれていた「陰謀」の噂が、現実のものとなりつつあるのだろうか。

 応急処置を終えた後、リリアナは村の長老たちに報告をした。彼らも事態の深刻さを感じ取り、顔を見合わせながら困惑した表情を浮かべていた。

「リリアナ様、あなたの力で村を守っていただけないでしょうか?」

 長老の一人が、リリアナにそう頼んできた。彼女は一瞬、戸惑った。貴族としての地位や力を失い、ただの一人の追放者である彼女に、村を守る責任があるのかと。

 しかし、リリアナはすぐに決意を固めた。村人たちの信頼を得るためにここまで努力してきた今、自分がこの状況から目を背けるわけにはいかない。

「わかりました。できる限りのことをいたします」

 その言葉に、長老たちは安心した表情を浮かべた。リリアナは自分自身に対しても、村人たちに対しても、強い責任感を感じていた。彼女はこれから、村に迫る脅威に立ち向かわなければならないという覚悟を固めた。
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