【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな

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第6話:信頼の芽生え

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 村の診療所での手伝いが始まり、リリアナは次第に村人たちからの信頼を得るようになった。彼女が診療に取り組む姿勢は真剣そのもので、村人たちの間で彼女の評判が少しずつ広がっていた。

 ある日の夕方、リリアナは疲れた体を癒すために、村の小さな川沿いを歩いていた。川のせせらぎと共に、彼女の心は少しずつ落ち着きを取り戻していく。村の中では感じられない静けさが、ここにはあった。

(この村での生活にも、少しずつ慣れてきたかもしれない)

 そう自分に言い聞かせるものの、まだ完全に馴染んだわけではなかった。心の奥には、今も貴族としての自分に対する複雑な感情が残っていた。かつての豪華な生活が懐かしいという思いはないが、失った名誉と地位は彼女の中で未だに大きな存在感を持っていた。

(私がここでやっていることは、正しいのだろうか)

 リリアナは立ち止まり、ゆっくりと川の水面を見つめた。自分がこの村に追放された理由――それを完全に受け入れることができているのか、時折自問自答することがあった。

 その時、後ろから足音が近づいてきた。

「リリアナ様、ここにいらしたんですね」

 振り返ると、エマが立っていた。彼女はリリアナに微笑みながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「エマ……どうしてここに?」

「お疲れだろうと思って、少し話でもしようかと。私もこの川沿いが好きで、よく来るんですよ」

 エマはリリアナの隣に立ち、川の流れをじっと見つめた。二人の間にしばしの沈黙が流れたが、その静けさが心地よかった。

「リリアナ様、この村での生活、どうですか?」

 ふとエマが口を開いた。その言葉には、単なる興味以上に、リリアナの心情を理解しようとする思いやりが感じられた。

「最初は大変でした。でも……少しずつ、この村で自分の居場所を見つけられるようになってきたと思います」

 リリアナは素直な気持ちを口にした。彼女が感じている不安や迷いは、まだ完全には解消されていなかったが、少しずつ前向きに進んでいることをエマに伝えたかった。

「そうですか。それを聞いて安心しました。リリアナ様はとても強い方だと思います。追放されて、この村に来て、普通の人なら心が折れてしまうでしょう。でも、リリアナ様はそうじゃない」

 エマの言葉に、リリアナは驚いた。そして、少し照れくさそうに微笑んだ。

「そんなことはないわ。私だって、心が折れそうなときは何度もあった。でも、今はここでできることをやっていくしかないから」

 エマはその言葉を聞いて、満足そうに頷いた。

「そうですね。それがリリアナ様の強さなんだと思います」

 エマはそう言って、リリアナの手を軽く握った。その手の温かさが、リリアナの心にじんわりと染み込んでいく。

 翌日、リリアナは再び診療所に足を運んだ。朝早くから、患者たちが集まっている。彼女がここに来てからというもの、診療所はますます忙しくなっていた。それは、リリアナが自ら進んで医療を提供し、村人たちがその真摯な姿勢に心を開き始めたからだった。

 その日も、リリアナは多くの患者を診察し、処置を施していった。村人たちの信頼は少しずつ深まり、彼女を頼りにする者も増えてきた。

 診療所の窓から外を眺めると、まだ太陽が高く輝いていた。だが、彼女の体には疲労が蓄積していた。リリアナは椅子に座り、しばしの休息を取ることにした。

 ふと、扉が開いて一人の男性が入ってきた。彼はリリアナを見るなり、軽く頭を下げて話しかけてきた。

「リリアナ様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 その声にはどこか緊張感があった。リリアナは姿勢を正し、彼に向かって穏やかに答えた。

「どうぞ、何かご用ですか?」

 男性は深く息を吸い込み、ゆっくりと話し始めた。

「実は……この村で最近、少し不穏な動きがあるという話を耳にしました。私自身、詳しいことはわからないのですが、何か大きな陰謀が動いているのではないかと……」

 その言葉に、リリアナの心は大きく揺れた。陰謀――その言葉は、彼女にとってあまりにも深い意味を持っていた。彼女が追放される原因となったものも、陰謀であったからだ。

「それは……どのような話ですか?」

 リリアナは慎重に問いかけた。村での生活が少しずつ安定し始めた今、何か新たな問題が起きているというのは気がかりだった。

 男性はさらに口を開こうとしたが、言葉を飲み込むようにして、首を振った。

「すみません。まだ噂程度ですので、詳しいことは分かりません。ただ、何か気をつけていただければと思いまして……」

 その言葉に、リリアナは頷いた。彼がどれだけ正確な情報を持っているかはわからないが、何かが起きつつあるという直感が彼女の中で強まっていた。

(私がここに来てから、何かが動き始めているのかもしれない)

 彼女は再び村の診療所の窓から外を見つめた。村の風景は穏やかで、何事も起きていないように見える。しかし、その静けさの裏に隠された何かがあるのだろうか――彼女の心に、一抹の不安が広がっていった。
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