【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

ゆうな

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第5話:新しい生活の始まり

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 エマとの出会いがリリアナにとって大きな支えとなった。村での生活は、彼女がかつて過ごしていた世界とはまるで違う。何もかもが簡素で、豊かさの象徴などどこにも見当たらない。けれども、エマのような温かい存在が、少しずつリリアナの心に安らぎをもたらしていた。

 それでも、村の人々は彼女に対してまだ距離を感じていた。市場を歩くたびに冷たい視線や囁き声がリリアナの背中を追いかける。彼らの多くが、貴族から追放されたリリアナのことをどのように扱っていいか分からず、警戒心を持っているのだ。

 リリアナはその視線に耐えながら、心の中で思った。

(彼らに認めてもらうには、私がこの村で何かを証明しなければならない)

 それは簡単なことではなかった。リリアナは貴族としての誇りを持って育てられたが、それが今の自分にとって何の役にも立たないことを理解していた。彼女はこの村で、何もない状態から自分の居場所を作り出さなければならなかった。

 その日の午後、エマとともに市場を歩いていたリリアナは、ふと周りのざわめきに気づいた。村人たちが広場に集まり、何かを話し合っているようだった。

「何かあったの?」

 リリアナがエマに尋ねると、エマは少し困ったような表情で答えた。

「お医者様が急病で診療所が閉まっているんです。村の人たちがみんな困っていて……誰かが代わりに診療をしてくれないかと話しているところです」

 その言葉を聞いた瞬間、リリアナの心の中で何かが動いた。彼女は幼少期から医療に興味を持ち、薬草学や応急処置を学んできた。その知識が、この村で役立つかもしれないという思いが彼女を突き動かした。

 彼女はエマに小さく頷き、そのまま集まっている村人たちの輪の中に進んでいった。広場の中央では、村長が深刻そうな顔で話をしていた。彼の言葉に耳を傾けながら、リリアナは静かに手を上げた。

「私が……診療所をお手伝いできるかもしれません」

 その声が広場に響き渡ると、村人たちは驚きの表情を浮かべた。追放された貴族の娘が医療を提供すると申し出ることに、誰もが予想外だったのだろう。

 村長が彼女の方に視線を向け、困惑した表情を浮かべた。

「リリアナ様……本当に、できるのですか?」

 リリアナはその言葉に真摯な表情で頷いた。

「ええ。私は幼い頃から医療の勉強をしてきました。村の皆さんのお力になれるなら、喜んでお手伝いしたいと思っています」

 その言葉に、村人たちの表情が少しずつ和らいでいくのをリリアナは感じた。彼女がこの村で本気で生きようとしていることが伝わり始めたのだ。

 その日から、リリアナは村の診療所での手伝いを始めた。最初は簡単な処置から始まり、徐々に彼女の医療知識が村の人々に役立つ場面が増えていった。リリアナの手はまだ不慣れだったが、彼女の真剣さと丁寧な対応が村人たちに安心感を与えていた。

 ある日、母親に抱えられた幼い子供が診療所に運ばれてきた。その子は高熱を出しており、母親は不安で泣きそうになっていた。

「どうか……どうかこの子を助けてください」

 リリアナは母親の手を取り、静かに微笑んだ。

「大丈夫です。私ができる限りのことをします」

 彼女は子供の顔を見て、熱を下げるための薬草を慎重に選び出した。そして、その薬草を煎じて子供に飲ませると、冷やしたタオルで子供の額を優しく覆った。その一連の動作は丁寧で、母親の不安を少しずつ和らげていく。

 リリアナはこの子供の命を救うために、自分の知識と技術を信じ、全力を尽くした。そしてその結果、数時間後には子供の熱が下がり、母親は涙ながらに感謝の言葉を口にした。

「本当に……ありがとうございました」

 その言葉を聞いたとき、リリアナの心に温かなものが広がった。彼女がこの村で何かを成し遂げることができたという実感が、初めて彼女の中に芽生えたのだ。

 診療所を後にし、夕暮れに染まる村を歩くリリアナ。彼女は自分の足で歩き、誰かの役に立てる存在になれたことに、強い満足感を抱いていた。これまでは家族の名誉や地位に守られ、何もかもが与えられる生活だった。しかし今は、自らの手で居場所を作り、誰かのために動ける自分がいる。

(私にも、この村で役に立てる場所がある。ここで私は生きていける)

 その思いが、リリアナの心の中で静かに根を下ろした。

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