朝、君におやすみ

真白兎

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お経とぼんやり君の顔

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蝉の声がうるさい。
そして暑すぎる。

仏間には、たくさんの親戚が集まり、布団に横になっている死んだ父を囲んでいる。
クーラーが付いていても、異常気象のこの夏は、喪服をさらに暑苦しくさせた。

県外に住む私は片道4時間かけて、やっと父の顔を見ることが出来た。
ガン宣告から5年、やっと痛みから解放されて本当に眠っているようだった。

「…3日前までメールしてたのに」

父からの最後のメールは、たわいもない日常会話でまさか、最後になるなんて思ってもいなかった。
ぼんやり父を見ていると、2歳になる娘がぐずりだしたのでお通夜をいったん離れることにした。

キッチンでお茶を飲ませていると、母の大きな声が聞こえている。
母は、親戚や来てくれる近所の人に丁寧に挨拶していたと思えば、のちに葬儀屋さんが来て打ち合わせをしている。

母は、父が病気になってから、みるみる痩せていった。
いつもは元気な母が、私はそっちが心配だった。
今日も周りに気を使い、痛々しく声を張って話している。

夜は、夜通し線香を絶やさないように、私と母と弟と変わりながら一晩を過ごした。
主人に子供を寝かしつけてもらい、仏間に戻り弟と代わる。

弟とは3つ離れていて、専門学校を卒業して働きだしたばっかりだった。
結婚して、家を出てからは会う機会も少なくなり会話は少なくなったけど。

「あ、もう交代の時間?」
「うん、ゆっくり寝ておいでー」
「ん…」

大きく背伸びをして、寝室にむかう弟を見送ると、横になっているお父さんをしばらく眺め、何か言葉を送りたくなり、日頃伝えたかった事を手紙に書くことにした。
生きている間に、伝えていれば…
といっても仲が悪い方ではなかったので、日頃からよく話はしていた。
ギターが好きで、よく教えてもらった。
中学2年生の時に、クリスマスに買ってもらったギターは今でもメンテナンスをしながら使っている。
仲がいいからこそ、入院中もまだ父は生きるんだという願望があり、今までありがとうなんていえなかった。


感傷的に思い出される記憶の中に、ぼんやりと元彼がいた。

「いや、あんたじゃないわ」

そう言いながらも、書き始めてから5分後には、手紙に彼の名前を書いていた。


なぜ元彼が浮かんだのか…

父は、よく彼の家まで送り迎えをしてくれていた。
私が泣いたあの日も知っている。

多くは語らないけど、見守ってくれていて、いつもありがたかったのを覚えている。

そんな父が、闘病中に突然彼の話をしだしておどろいたのを思い出した。

「あの高校の時に付き合ってたアイツは、本当にイイやつだったと俺は思ってる」

あまりに突然すぎて、笑ってごまかしたけど、その言葉は泣くほど嬉しくて、今すぐ彼に伝えたいほどだった。

父は、私が結婚するときもしつこかった。

「男関係の身辺整理はちゃんとできてるんだろうな?」
「はぁ?他に誰もおらんって」
「諦めはついとるんか?」
「いつの話をしとるん?忘れたわ!」

まぁ、忘れるはずもなく、美化された思い出を大事に生きていた。
父にはバレていたというわけで。

高校生の時、夜中にこっそり家を抜け出して、彼に会っていたのがバレた日は、しばらく口を聞いてくれなかった。

親になった今ならわかる。
とんでもない事をしてたんだなぁと。

その謝罪文が8年の時を越えていま手紙に書かれている。

ずっと、謝りたかった。
そして、彼を覚えていてくれた事がなぜか嬉しかった。


次の日、お葬式の際に棺に手紙をいれて見送った。

朝から蝉がうるさく鳴き、夏空はどこまでも青く暑かった。
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