日本異世界召喚

Alice In

文字の大きさ
上 下
18 / 33

憤怒の帝国

しおりを挟む


「お前……馬鹿か!」

 レイゾンは叫ぶように言って立ち上がると、すぐさま白羽の手首を掴む。そのまま外の水辺へ連れ出そうとして——何かを思い出したように舌打ちする。
 直後、

「あっ——」

 白羽の身体がふわりと浮く。レイゾンの腕に抱き上げられたのだ。

「レ……」

 不躾に身体に触れられ、真っ赤になって狼狽える白羽をよそに、レイゾンは白羽を軽々と抱えたまま庭への窓を蹴り開け外へ出ると、普段なら白羽が水浴びに使っている水盤へ足を向ける。
 レイゾンは自身の衣が濡れるのにも構わずその端へ腰を下ろすと、白羽に指を冷やすように促した。だが彼の腕に抱えられているからか、水まで手が届かない。

「……と、届きません……」

 不安定な体勢になりながらも水面へ手を伸ばすが、もう少しというところで届かない。レイゾンが、ふん、と鼻を鳴らした。

「もっと頑張れ。早く冷やさなきゃ意味がないだろう」

「やってます! ですが、もう少し水に近づけてくださらないと……」

「っ……文句の多いやつだな。なら落としてやろうか?」

 揶揄うようなその言い方は、白羽のことなどどうとでもできる、と言わんばかりだ。確かに、レイゾンと比べれば遥かに細く華奢な白羽のことなど、彼は片手でどうとでもできるだろう。先刻、有無を言わさず楽々と抱え上げたように。
 だがそんな扱いを受けて気分がいいわけがない。

「っ——」

 白羽は「落とすなら落とせばいい」とばかりに、レイゾンの腕の中で無理やり身体を伸ばし、手を伸ばし、水に触れようとする。レイゾンが慌てたように白羽の身体を抱え直した。

「おい! 本当に落ちるぞ」

「わたしだって、早く冷やしたいのです。抱えていられないなら、好きになさってください。落ちたところで濡れるだけですし、少し痛いだけです」

「お前な……」

 レイゾンは顔を歪めて何か言いかけたが、なにも言わなかった。
 代わりに、白羽が水に触れやすいように抱え直してくれた。
 彼の膝の上に乗るような格好だ。ようやっと、指が水に触れる。触れたところが冷える感覚に、白羽はほっと息をついた。

「しばらく浸けておけ」

 すぐ側から、レイゾンの声が届く。
 
「お前の軽い身体なんか、俺が『抱えていられない』わけがないだろうが……」

 そして彼は文句のようにブツブツと呟く。レイゾンの対抗心に、白羽は思わず小さく笑った。
 そうしていると、レイゾンは器用に自身の衣をさぐり、符を一枚取り出す。なにをするのかと思っていると、それを水に浸した。途端、水盤の水がますます冷たくなった。何某かの魔術が込められていたようだ。

「……手足は、騏驥の命だぞ」

 彼自身も水面に触れ、その冷たさを確かめながら、レイゾンは言った。
 低い、怒っているような声だった。

「注意力散漫にも程がある。……馬鹿が」

「…………申し訳ありません……」

 白羽は、言い返したい気持ちをグッと堪えて、謝った。
「馬鹿」なんて言われたのはいつ以来だろう? おそらく、まだ踊り子だった頃に聞いたのが最後だ。城に来てからは、そんな下品な、直接的な罵倒はされたことがなかった。

(なのにこの方は……)

 二度も。
 …………二度も!!

(…………)

 憤りが込み上げるが、しかし確かに白羽が馬鹿なのだったから仕方がない。レイゾンのことを気にしすぎるあまり、当然しなければならない注意を忘れていた。
 それに、レイゾンの怒りは闇雲に怒っているのではなく——怒ると言うよりもむしろ「叱る」というような雰囲気だった。言葉遣いは荒いが、こちらの身体を本当に気遣ってくれているような。
 
「…………」

 白羽は、水の中の指先に神経を集中してみる。
 火傷したと言っても、ほんの少し触れただけだ。触れたか触れなかったかわからないほど。だから今はもうさほど違和感はない。
 だが。
 一歩間違えれば大変なことになっていた。騏驥の手足——指先は特に気を使わなければならない場所で、少し爪を削り過ぎたことが原因で走れなくなり、そのまま引退——処分された者もいると聞く。
 もし、二度と走れない火傷を負っていたら……。
 想像すると背筋が冷たくなる。
 ——廃用。しかも何とも間の抜けた理由での廃用だ。そんな理由で廃用になり——処分されることになったら、たとえティエンと再会できるとしても合わせる顔がない。  

「……お前、もしかしてドジか?」

 すると不意に。レイゾンがポツリと零すように言った。
 白羽は、しばらくは彼がなんのことを言っているのかわからなかった。独り言にしては声が大きいなと思っていたぐらいで、もうそろそろ冷やすのを止めていいだろうかと、その頃合いを考えていた。

 しかし数秒後——。

「!? も、もしかして私のことを言ったのですか?」

 まさか、と思いつつ尋ね返す。
 身を捩って勢いよく振り返ると、レイゾンの顔が思っていたよりも近くにあり、一瞬、戸惑ってしまう。レイゾンも驚いたようだ。いつもは鋭い黒灰色の双眸が、今は心なしか丸くなっている。
 間近から見つめ合い、どちらの動きも言葉も止まった途端、白羽は今の自分の状態を改めて理解する。
 そして——混乱した。

 どうしてこんな男に——騎士とは言え決して心を許しているわけでもない男に、自分の身体を自由にさせているのか!
 馬の姿の時ならともかく、今は人の姿だ。
 なのにどうして自分の身体は、彼の身体と、こんなに近いのか(しかも薄着なのに!)。そもそもどうして抱えられているのか。
 布ごしに伝わってくる、彼の腕、胸、その強さや逞しさ、温かさ……。
 それらを改めて感じれば感じるほど、白羽はますます混乱する。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...