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Chapter 2
91*隣国デロイト
しおりを挟む「大丈夫かい?ナタリー」
「ええ…」
そう短く答えれば、彼は優しく守るようにしてナタリーを抱きしめた。
まるで、泣きじゃくる子供を宥めるかのようにそっと背中を撫でる。
ナタリーは、そっと背中に手をまわすと彼の胸に顔を埋め深呼吸をした。
そして、胸の内を苦しげに吐き出した。
「どうして、これだけ探しているのに見つからないの…?」と。
セザールは、ナタリーの震える肩を支えるようにギュッと抱きしめる。
ハラハラと涙を流すナタリーは、今にも崩れ落ちそうなほど憔悴していた。
それもそのはず…
アシュリーが消えてから、既に3ヶ月が経とうとしていたのだから。
*
辺境伯騎士団を始め、王宮騎士団やダニエル率いる近衛までもがアシュリーの捜索に関わっていた。
1人の令嬢を探すためだけに、王族直属の兵を動かすなど異例中の異例なことに違いない。
しかし、他の貴族からの反対を押し切ってまでアレキサンダーが強行したのだ。
『何が何でもアシュリーを見つけ出せ!!』と…
そして、その判断は間違っていなかった。
迅速な捜査の甲斐あって、早々にアシュリーの居場所が特定されたのだ。
誰もが、すぐに助け出せると思っていた。
すぐに会えると…
しかし、残念なことにそれはあと一歩のところで叶わなかった。
闇夜に紛れて開催させることから、名付けられた“闇市”
名の通り、そこで取引されるものは全て違法なものばかりだ。怪しげな薬をはじめ、他国の金貨や現在では取引が禁止されている動物まで…そして、1番問題とされていたのが人間の売買だった。
ダニエルが、闇市が開催される日や場所を抑えた時には、すでに販売リストの希少品欄には"アシュリー"と記載されており、最悪なことにその名前には、赤い字で売約済みと書かれていた。
闇市を開いた者達を、片っ端から捕まえたところで、出品者も購入者も当然偽名を使っているため後を追うのは難しかった。
むしろ、完全に途絶えたと言ってもいいだろう。
しかし、唯一ひとつだけ分かったこともある。
それは、アシュリーを購入した者が話していた言葉が隣国デロイトの言葉だったということだ。
それが分かって、真っ先に動いたのはアレキサンダーだった。
彼の国には、兼ねてより交友のある人物がいる。アレキサンダーと同じ歳でいて、王弟という同じ立場の人物が…
しかし、希望はそれはそれは呆気なく散っていった。
『悪いが、こちらでは調べようがない』
そう、簡潔に述べたのはアレキサンダーの友人であり、デロイトの王弟であるイプリスだった。
『その令嬢が、我が国へ入国したのかどうかも定かではないのだろう?
残念ながら、我が国の奴隷廃止制度は立ち上がったばかりだ…未だ、裏では今までと変わらない程に奴隷売買が横行している。
廃止前であれば、堂々と売買を行なっていた為、逆に情報も得られやすかったのだが…
今は、表立って売買できない為、それらの情報が全く入ってこない。
一応、こちらでも探りは入れてみるが…あまり期待はしないでくれ』
"すまない"
"力になれなくて"
イプリスは、悲壮感を漂わせながら帰っていく友人の背に心の中で謝罪を繰り返した。
アシュリーを見つけ出すのは至難の業かもしれない。
しかし、諦めることなど無い!
アレキサンダーは、すぐさま頭も心も切り替え、アシュリーを探すべくデロイトへの滞在を決めた。
そして、イプリスの協力も得ながら情報収集に努めたのだった。
しかし、そんな必死の努力をまるで嘲笑うかのように、デロイトでの情報は全くといっていい程集まらなかった。
そもそも、この"デロイト"という国は近隣諸国の中でも犯罪率が異様に高く、謂わば奴隷文化の聖地とも言われた国なのだ。
もちろん、取締りなども強化されてはいるのだが…犯罪が多すぎる為、命を奪わない犯罪行為であれば、それを受けた被害者本人からの申告でのみ裁かれる仕組みなのだ。
その為、暴行・レイプ・盗み・脅迫などの犯罪ぐらいでは治安部隊は基本的に動かない。
要するに、「娘が誘拐された!助けて!」といったところで、「それぐらい自分達で探しな」と、言われるような国なのだ。
それでも近年、隣国との安定した友好関係を築くことにより、これでも治安は良くなってきたとイプリスは話していた。
だが未だ、以前のように見回り中に好みの女を見つけては平然とレイプをする騎士や、"刃物を持ち襲われている"と通報があり駆けつけたさきで、襲った男の身につけていた金品を奪い、襲われていた女を助けずにそのまま襲いかかる騎士なんかも、少数は残っているという。
そんな国なのだ。
そして、そんな国にアシュリーは奴隷としているかもしれないのだ。
アレキサンダーは、心が張り裂けそうだった。
昼夜問わず、寝る間も惜しんでアレキサンダーはアシュリーを探し続けた。
そして…
とうとう彼女に出会った。
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