上 下
10 / 31
本編

10

しおりを挟む
【ナナエラ・ルーベルトと伯爵夫妻の場合】

ナナエラは、屋敷に戻ると同時に数十枚になる書類の束を片手に、父である伯爵の執務室の扉を叩いた。
名を名乗るとすぐに、父は入室の許可をくれる。そして、タイミングよくそこには母である伯爵夫人もソファに掛けておりお茶を飲んでいるところだった。

ナナエラの両親である伯爵夫妻は大変仲が良い。
貴族では珍しい、恋愛結婚であり今まで口には出さなかったが、ナナエラはいつまでも相思相愛な二人にとても憧れていた。
そして、にこやかに微笑む母が「お帰りなさい」とナナエラを出迎えてくれる。
そんな、二人にこれから嫌な話しをしなければならない。
ナナエラは、一度大きく深呼吸をすると自身を奮い立たせた。

「お話があります」

そう切り出したナナエラに、もう迷いは無かった。

手元にあった書類の束を、父である伯爵の前に差し出すと、はっきりと告げた。

「私は、婚約してから早々にクロード様に身体の関係を強要されました。それも、何度も…。
嫌だとお断りをいれると、ご存じの通りクロード様から一切の連絡をたたれ今に至ります。社交界では、クロード様に伴わない私が悪いと、散々言われ続けました。悔しい思いをするなか、クロード様の娼館通いを知りました。
私は、悔しさと苛立ちを発散するかのように冒険者となりました。
今では、Sランクの冒険者であり仲間と共にSランクパーティに在籍しています。
そして、二日後‥王命のもとダンジョンに潜ります」

一度も止まること無く、最後まで言い切ったナナエラに伯爵夫人である母は状況が追いつかず、ただただ唖然としていた。
ただし、伯爵でもある父は直ぐさま状況を把握したのだろう。
ナナエラが話す合間合間に、差し出された書類に目を通していたのだから。
話し終えた後も、父はひたすら書類を確認していた。そして、最後の一枚に目を通し終わると、ふぅーっと大きな息を吐いた。

「ナナエラ、何点か確認したい」

その言葉に従い、ナナエラは父から出されていく質問に一つ一つ丁寧に答えていった。

まず、始めに…
身体の関係を強要され、身体を許してはいないのだな?

__はい、断固拒否いたしました。

では、次に…

そう言った流れで、様々な質問をした父は、しっかりとその回答を録音し証拠として残していた。
そして、一通りの質問を終えた後、父はナナエラにこう言った。

「クロード殿が娼館に通っている事を知った後、周りの者へ暗示を掛けたことは英断だった」と。

そして、しっかりとライガスト侯爵家へ抗議し、あちらの有責にてこの婚約は破棄させて貰うと…

その瞬間、ナナエラの目から涙がこぼれ落ちた。
その様子を目にした、母である伯爵夫人は「沢山悩ませてしまったわね‥ごめんなさいね」と言ってナナエラを抱きしめた。いくら、貴族同士だからといっても、相手が己より格下の家だからこそ婚約者になった者を無碍に扱ったり暴言を吐く輩も全くいないわけではない。それは、ナナエラの母が一番よく分かっていた。今の旦那様である伯爵と、結婚する前の自分がそうだったからだ。ナナエラの母もまた、元婚約者に暴力を振るわれていたのだ。格下のくせに生意気だと言われて…。

「絶対に、許せない…」

ナナエラを落ち着かせるように、背中をなでながら母がボソリと呟いた。

娘のことを思い、ひしひしと伝わってくる母の怒りがナナエラには嬉しくあり、頼もしく思えた。
そして父が言う。

「後は任せない。お前はしっかりと王命を果たすように!
なに、Sランクなら心配しなくとも大丈夫だ!」と…。


婚約者の非道な行いのお陰で、二人とも"Sランクの冒険者"と言うところにはあまり驚くことも無く受け入れてくれたのだった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

ままごとのような恋だった

弥生
恋愛
貴族学園に通う元平民の男爵令嬢「ライラ」 その初々しさから、男子の受けは良いが、婚約者のいる令息にもお構い無しにちょっかいを出す「クズ令嬢」として女子からは評判が悪かった。 そんな彼女は身の程知らずにも「王太子」にロックオンする、想像以上にアッサリと王太子は落ちたと思われたが、何処か様子がおかしくて…

公爵令嬢の何度も繰り返す断罪

アズやっこ
恋愛
私は第一王子の婚約者の公爵令嬢。 第一王子とは仲が良かったと私は思っていた。それなのに一人の男爵令嬢と出会って第一王子は変わってしまった。 私は嫉妬に狂い男爵令嬢を傷つけた。そして私は断罪された。 修道院へ向かう途中意識が薄れ気が付いた時、また私は過去に戻っていた。 そして繰り返される断罪…。 ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 主人公は乙女ゲームの世界とは知りません。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

婚約破棄裁判

Mr.後困る
恋愛
愛国心溢れる大公令嬢ヴィーナスは 自身の婚約者を誑かしたマーキュリー男爵令嬢を殺害した その裁判が今、行われる・・・

悪役令嬢は勝利する!

リオール
恋愛
「公爵令嬢エルシェイラ、私はそなたとの婚約破棄を今ここに宣言する!!!」 「やりましたわあぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」 婚約破棄するかしないか 悪役令嬢は勝利するのかしないのか はたして勝者は!? ……ちょっと支離滅裂です

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...