夏の雪

アズルド

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第二十六章

気の毒

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 昼休みはあっと言う間に終わり、放課後になった。小雪は愛奈と一緒に校舎から出てくる。夏海が玄関の前で待っていた。

「補修は無事終わったか?」

「うん。病院で課題は半分終わってたからすぐに終わりそう」

「俺は三ヶ月分だから大変だったが、小雪さんは三週間分だからすぐ終わるだろな」

「愛奈ちゃんはいつも補修受けてるの?夏海君の時も自習室にいたよね…」

「だって…家でやろうとしても誰も教えてくれないし…」

「俺だって家でやる時に誰も教えてくれねぇけど、何とか一人でやってたんだ。甘えんな?」

「なっちゃんが私にだけいじわるする」

「いじわるなんかしてねぇだろ?」

「ゆっきーには優しいじゃん」

「ゆっきーって誰だよ?」

「小雪だから、ゆっきーって呼んでる。可愛いでしょ?」

「お前はいつからそんなに小雪さんと仲良くなったんだよ?」

「ゆっきーは優しいから好きだけど、なっちゃんはいじわるだから嫌い!」

「小雪さんって誰とでも仲良くなれるんだな?」

「そんな事ないよ?嫌われた事もあるし、なぜ嫌われたのかわかんなかった…」

 小雪の袖にしがみついて、愛奈がスーパーまで付いてくる。

「愛奈はバイト行かなくて良いのか?」

「あの喫茶店、潰れたから…」

「えっ!マジか…。何で潰れたんだ?」

「なんかマスターが悪い事してたから、警察が来て逮捕された」

「そっか…。ついに逮捕されたのか…。いつか逮捕されるだろうなとは思ってたんだけど…」

「警察もちゃんと仕事してるんだね?誤認逮捕ばっかりしてるから、税金泥棒だなと思ってたの」

「一人だけまともな刑事がいたから、その人が逮捕したんとちゃう?」

「マスターがマダムに絵を高く売り付けてたって、夏海君が警察に通報した事あったんだよね?」

「あのバカな刑事が話も碌に聞いてくんねぇから、すぐに帰ったけど」

 三人で買い物をしてると、竹田が話しかけて来た。

「夏海君、小雪ちゃん。今日はもう一人、お友達がいるのね」

「あっ、竹田先生。こいつは俺の幼馴染の愛奈です」

「ハロウィンにあげたお菓子は食べてくれた?」

「あっ、あれまだ食べてないんすよ。小雪さんが退院してから食べようと思って…」

「日持ちはするのだけど、生菓子だから早めに食べてね」

「北海道の息子さんに会いに行った時に買った、お土産でしたっけ?お土産は大体、日持ちするけど」

「そうそう、北海道の大学に行ってる息子がいるのよ?」

「こんな良いお母さんだから息子は幸せだろうな…」

「そんな事言ってくれるの夏海君だけよ?息子は言ってくれないわ…」

「親がまともだと子供は親の有り難みがわからないんすよ。優しくされて当たり前になってるから」

「息子は構われると嫌がるけど、夏海君は素直に喜んでくれるから嬉しくて…」

「俺のオカンなんてほったらかしにし過ぎて、心配すらしてないですけどね…。病院にも見舞いに一度も来なかったし…。それで俺の為に気を遣ったとか言うんすよ?」

「入院してたの?知らなかった…」

「パソコン教室を卒業してすぐにそう言う事があって…」

「私も昨日退院したばかりなんです。措置入院って本人の意思は完全に無視して無理やり閉じ込められて面会もさせてくれなくて、本当に嫌になります…」

「私で良かったら力になるから困った時は声をかけて?」

「竹田先生みたいなまともな大人がいてくれて助かりました」

「竹田先生がサインしてくれなかったら、私たち結婚できなかったと思います」

「二人とも入籍できたのね。結婚おめでとう!」

「はい、地味婚パーティーを開くので良かったら竹田先生にも来て欲しいです」

「本当に?いつ頃なの。予定は開けておくけど」

「都合の良い日とかありますか?」

「パソコン教室のシフトが入ってない時なら…。シフト調整は出来るのだけど」

「火曜日と金曜日がダメでしたっけ?」

「夏海君が火曜日と金曜日にくる事が多かったから、その頃はシフトを調整して合わせてたのよ」

「マジっすか?竹田先生がいないとあの男の先生、教えるのが下手だから嫌だったんすよ…」

 愛奈はお菓子のコーナーを見に行ってしまったので、小雪も袖を引っ張られてついて行く。

「あれ?二人ともどこかに行っちゃったけど、夏海君は追い掛けなくて良いの」

「あの二人、いつの間にか仲良くなってたんすけど、愛奈の奴は小雪さんの悪口ばっかり言ってた癖になんで…」

「小雪ちゃん、人に気を遣って話す性格だから精神的に疲れちゃいそう…」

「竹田先生もすげぇ人に気ぃ遣う方だから疲れてませんか?」

「わかる?パソコン教室でストレスが溜まってて…」

「ああ、生徒に団塊の世代多そうだから、パソコン教えるの大変そうでしたね」

「生徒さんは良いの…。同僚の男の先生が圧をかけてきて…」

「わかります。あの圧がキツいんすよ」

「わかってくれるの夏海君だけよ」

 竹田は手を振って買い物の続きに戻ったので、夏海は惣菜コーナーを見ている。小雪と愛奈が合流した。お菓子を買わされている。

「そのお菓子は…愛奈がねだったのか?自分で金払えよ…」

「私が買ったから三人で食べよ?」

「竹田先生の北海道のお土産を先に食べたいんだが?賞味期限が切れたらどうする」

「お惣菜は買わないで。今日は私が料理をするから」

 夏海は手に取っていた煮物を元の棚に戻した。

「昨日は豪遊したから、しばらくは質素な暮らしをせにゃならん」

「あんなご馳走、久しぶりに食べたよ」

「病院の飯は不味いからな。俗に言う臭い飯ってあんな感じのやつか」

「逮捕された人が食べてるごはんと同じやつなのかな?」

「あの病院、逮捕されてる人もたまに入ってるけど、痴漢冤罪で捕まってる人もいたんだよ」

「女子高生がお金目当てで痴漢されたって嘘つくらしいね…」

「それでやってない!ってずっと言ってんのに無能な警察に誤認逮捕されて、職も失って離婚されたらしい。娘からも気持ち悪いと罵倒されたんだってさ。可哀想に…」

「私は夏海君が逮捕されても離婚せずにずっと待ってるからね?」

「いや、俺が今度逮捕されたら待たないで再婚したらええよ」

「何でそんな事言うの?悲しい…」

「小雪さんならもっと良い男捕まえて、幸せになれるからだよ?」

「夏海君より良い男なんて見つからないと思うけど」

 家に帰ると小雪は煮物を作り始めた。なぜか愛奈も遊びに来ている。勝手に家の中を歩き回るので、夏海はイライラしながら自分の部屋に置いてあったピンク色の可愛らしいラッピングの竹田の北海道土産を持って来た。

「なんか気合の入ったラッピングだね」

「こんなちゃんとしたもん、竹田先生にもらえると思ってなくてビックリした」

「夏海君の事がお気に入りなんだね?普通は習い事の先生が生徒にこんなにしてくれないよ」

「俺もそう思ったけど、多分竹田先生の誕生日にスフレチーズケーキのホールを買って渡したからだな。気を遣って奮発してくれたんだと思う…」

「竹田先生の誕生日にホールケーキをあげたの?私の誕生日は病院にいたから、まだお祝いしてもらってないのにズルい…」

「クリスマスにケーキ買ってお祝いするからその時まで楽しみに待っててくれよ?」

「うん!今年のクリスマスは楽しみで仕方ないよ?」

 愛奈が会話に割って入ってくる。

「私もゆっきーと一緒にクリスマスケーキ食べたい」

「お前は自分の事しか考えてねぇから、ちゃんと小雪さんにプレゼント用意してくるんなら来ても良いけど…」

「クリスマスプレゼント用意するから来ても良い?」

「三人でプレゼント交換する?私は夏海君の分と愛奈ちゃんの分、二つ用意するね」

「俺は小雪さんの分と竹田先生の分の二つ用意するか…」

「あれ…愛奈ちゃんの分は?」

「愛奈は俺の分用意しないだろ?」

「なっちゃんの分も用意するもん」

「しゃあねぇなぁ…。三人分も用意するのメンドイ」

「私の分は無理しないで?と言うか面会室で言ってた、ご褒美が欲しいんだけど…」

「あの約束まだ覚えてたのか…。そのご褒美は…クリスマスでも良いん?」

「クリスマスまで待てないから…今夜して欲しい…」

「ちょ…今はその話…無理だから…愛奈が帰ってから…ゆっくり話そう?」

 愛奈はご褒美の意味がわかっておらず、キョトンとしている。小雪のおねだりがとんでもない要求だと言う事は、夏海にしかわかっていない。夫婦になったので、子供が出来ても問題はないが、まだ学生なので妊娠すると休学届を出さなくてはならない為、小雪が高校を卒業してからが良いと考えていた。

「肉じゃが出来たよ~。安いお肉だけど美味しく作れたかな?」

「あの悪魔の肉を食べて以来、安い肉が美味いと感じない体にされたからな…」

「スーパーのお肉だけど、アメリカ産は避けたから。アメリカ産のはなんか臭いんだよね…」

「小雪さんの作った肉じゃが食うまではアメリカ産の肉を臭いと感じた事はなかったのに、この前自分で作って食べたら腐ってんの?って思うくらいに、変な味がして不味かった…」

「アメリカ産のお肉は良くないってみんな言ってるよね…。お母さんにも国産以外食べたくないって言われてたから…」

 夏海は小雪の作った肉じゃがを口に運んだ。愛奈も一緒に肉じゃがを食べている。

「うん、普通に美味い。やっぱり小雪さんの味付けが俺は一番好きだな。居酒屋でも食べたけど、肉は良くても味付けは美味しくなかったから…」

「夏海君のお口に合って良かったよ~。愛奈ちゃんも美味しい?」

「お母さんの作ったのよりおいしい!」

「だよな?なんかハイカラな味がするけど何か入れてんのか」

「魔法のハーブ入れてるからね!」

「魔法のハーブ?ファンタジーみたいなアイテム名だな」

「料理に入れると美味しくなるハーブがあるの」

「この味なら店をやっても評判になる予感がする…」

「地味婚パーティーの料理も私が作るからみんなにも感想聞かせてもらおっと」

「竹田先生も来てくれるらしいから、俺もなんか作ろうかな?」

「夏海君が作った手料理も食べたい!どんなものが作れるの?」

「喫茶店で出してたオムライスとか?ケチャップで猫の絵を描いて猫カフェで出す予定のメニューなのだが…」

「そのアイデア良いね?私も食べてみたいし、地味婚パーティーが楽しみだよ」
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