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第十七章
空き家
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夏海は小雪と出会ってから初めて一年生の教室にやってくる。小雪は嬉しくて堪らない。蝶柄のノートを手渡されて、隅っこでこっそり読むと鞄の中にしまった。水曜日の放課後はデートの約束があるので、一緒にバス停に行く。
「別に帰りのバス一個遅らせて帰ったら良いからこのまま遊びに行くか?制服のままだけど」
「あっ、そうする?夏海君の部屋で二人っきりで話しても良いのだけど…」
「俺の部屋なんか来ても薄汚くて、不味いカフェオレしか出せんぞ?」
「私、あのカフェオレ大好きなのに…」
「あんなもんスーパーで三十本入りが六百円以下で売ってるぞ?」
「それだと一杯二十円くらい?安いね」
「俺は一本だと味が薄いんで二本入れてるから四十円かな」
「そうなんだ?だから夏海君のカフェオレって濃厚だったんだね」
「一本だけだと不味くて飲めんかった」
「今日はね、婚姻届持って来たから判子も捺印して欲しいんだ…」
「そうなのか?判子は家に帰らないとないや…」
「あとね、昨日の夜…夏海君のお母さんと話したんだけど…」
「えっ?なんで俺のオカンと小雪さんが、話してんの…」
「昨日、夜中にお散歩してたら偶然、見つけたの…。スナックじゅん子!」
「おい…夜中に散歩なんかすんな!変態に襲われたらどうすんだよ?」
「この街は治安も良いし、襲われないから大丈夫だよ~」
「小雪さん…。この前、不良に襲われた事は忘れたんか?もしやあまりにも辛過ぎて記憶喪失になったのか…」
「それは忘れてないけど、あのゲームセンターの場所がちょっと治安が悪かっただけだよ…」
「そう言う事を言ってると、また変態に襲われるぞ?君には危機感と言うものが足りない…」
「私ね、スナックじゅん子で働く事にしたの!」
「な、な、な、な、何だって?あかんに決まってるやろ!なんでオカンも小雪さん雇ってんだよ…。あり得ねぇ…」
「ネイルサロンの仕事はあんまり指名が来ないから、たまにしか稼げないけど、スナックだとすぐ指名してもらえたから…」
「エロ親父にセクハラされるかもしれねぇだろが?」
「普通におしゃべりしてカラオケしてただけだよ?」
「スナックじゅん子って何時までやってんだ?」
「閉店は夜十時までみたいだけど、延長で十一時までやってた…」
「そんな時間まで?送迎はあるのか…」
「ううん、送迎なしだけど近いし、歩いて三十分もかかんないよ」
「はぁ…そんなバイト辞めて欲しいんだけど…」
「スナックはダメだけどネイルサロンのバイトはしても良いの?」
「ああ、その事なんだけど、昼休みにちょっとだけ読んだら、なんか男に指名されてるって書いてあって、心配になった…」
「ネイルサロンだから変な事はしないよ?普通に爪の手入れをするだけ。甘皮をふやかして取ったり、爪にヤスリをかけたりするんだよ」
「こんな美人に手を握られて三千五百円なら安いと感じるだろ?変態思考ならな…」
「手を握られるだけで三千五百円は高くない?」
三時半のバスがやって来たが、乗らずに喋っていたので、バスの運転手がクラクションを鳴らして怒鳴った。
「おい?乗るなら早く乗れ!」
「あっ、すいません…。乗ります」
夏海がバスに乗ってから時計を見ると、時刻表より少し早いが、座った途端にバスはさっさと出発してしまった。夏海はヒソヒソ耳元で小雪と話す。
「時刻表よりまだ少し早いのに短気な運転手だな…」
「なんか感じ悪いね…。あのおじさん」
「俺が可愛い女の子とイチャついてるからムカついたのだろうか…」
「そのくらいで怒るの?」
「俺がバスの運転手だったら、イラッとくると思う」
「えっ、そうなんだ?どうしてだろ…」
「この運転手、ちょっと運転も荒いし、山道で転落事故起こしそうで怖いんだが…」
「本当だ…。なんかいつもより揺れが激しいね」
「運転手も何人かいて、感じの良いおっさんもいれば、感じ悪い奴もいるんだよ…」
「そっか…。短気な運転手だと乗ってるだけで怖いよ…」
「バスしか交通手段がない俺は乗らざるを得ないのだが、目が悪いから自動車免許も取れんし…」
「そうなの?夏海君の目って視力どのくらいなのかな…」
「目の検査の一番でっかいランドルト環も見えねぇから…メガネ屋に行ったらレンズ代三万とか言われて諦めたし…」
「そんなに悪かったんだ?と言うかあの輪っかってランドルト環って言うの…」
「作家志望だからわかんない物は名前を調べるからな。でも小説で使う日がくるかはわからん…」
「メガネかけた方が良さそうな視力だけど大丈夫なの?」
「メガネ屋にもこの視力の人が裸眼で外歩くのは自殺行為だと言われたが、道歩いてて足踏み外して死んだ事はないから多分、大丈夫だ」
「ダメだよ…。夏海君がもし事故で死んじゃったら…私も後を追って死ぬからね?」
「パソコン教室で作業に時間がかかった理由も目が悪過ぎて画面に近づかないと文字が見えなかったりしてさ…」
「パソコンも買わなきゃならないし、メガネ買うとお金がたくさん必要だね…」
「まあパソコンは拡大とかできるんで、何とかやれたんだ。キーボードはブラインドタッチできるし、特に問題はなかった」
「ブラインドタッチできるの?すごい!私できないよ…」
小雪は夏海がパソコンのキーボードをブラインドタッチしてるところを妄想して顔がにやけている。ついでにメガネをかけてる夏海も妄想して楽しんでいた。
「小雪さん、次で降りるよ?この次のバス停だから」
「あっ、うん!神社の前だよね?」
神社の前で降りると、オンボロ民家まで歩いてやって来る。裏庭に回り込んでプレハブ小屋に入ると、婚姻届にサインして判子を捺印した。それからカフェオレを作って飲む。
「私の誕生日、もうすぐだから二十歳になったら出しに行く?」
「成人した証人二名にサインしてもらわないとダメなんだろ?」
「竹田さんと後一人は…誰か頼める人いないかな?」
「マスターには反対されてるし、マダムにも反対されると思うから、後一人が難しいんだよな…」
「それなら夏海君のお母さんにサイン頼んでみようか?」
「うちのオカンもあかんって言う予感がする…。親父はもっとあかんやろな…」
「私、夏海君のお母さんと仲良くできそうだし、きっとサインしてくれるよ?」
「オカンは気難しい性格なのに…。小雪さんはオカンと仲良くしてんの?」
「蠍座同士だから気が合ったのかも?」
「いや、その理論だと俺と小雪さんは気が合わんやろ…。俺は蠍座じゃなくて獅子座だし…」
「夏海君のお母さんとは仲良くやれそうな気がするよ?」
「普通は嫁と姑って仲が悪いもんじゃねぇの?オカンは嫁いびりとかしそうな感じのキツい性格してんのに…」
「夏海君のお母さん、今はまだ家にいるのかな?開店時間は夕方五時だったし」
「ああ、この時間ならまだ居るかもな?出勤前だから化粧してんじゃねぇか…」
「それなら直接、会って頼んでみるよ」
「は?今から家の中に行くって事か…」
「やっぱり…ダメかな…」
「親父は寝てると思う。運送業は夜から明け方に働くから、もうそろそろ起きて来る頃だと思うが…」
「夏海君が良いって言うなら…私だけでも会いに行くよ」
「小雪さんだけで会いに行かせるのは…。行くって言うなら俺も行くよ?」
夏海は玄関のインター本を押して、施錠されていなかったので、玄関の引き戸を開いた。五年前と変わらない内装に驚く。見事な生け花も飾ってあった。
「何も変わってねぇな。このスズメバチの巣とか、まだ飾ってあったのか」
「なんだか高級そうな置き物があくさん飾ってあるね?」
「ここの観葉植物も前からずっとここに置いてある。この植木鉢も昔と一緒だ」
「幸福の木ってやつだね。結構この植木鉢高いんだよ?」
虎のぬいぐるみが飾ってあるのを見て、小雪は尋ねる。
「このぬいぐるみ…夏海君のお父さんって阪神ファンなの?」
「ああ、阪神が負けると機嫌が悪くて殴られたから俺は野球が嫌いなんだ」
奥から夏海の母親が着物姿で現れる。
「あっ、夏海君のお母さん!お邪魔してます~」
「小雪ちゃんの声がしたから見に来たのだけど…。この生け花、私が生けたのよ?」
「えっ、すごいです!てっきり生け花の先生が生けたやつかと思ってました…」
「ふふ、私は生け花の先生に跡取りになってくれと頼まれた事があるんだから」
「えええっ!すごいじゃないですか?どうして後取りにならなかったの…」
「人に教えるのが苦手だから、生け花の先生にはなりたくなかったの」
「そうなんだ~。こんなに才能があるのにもったいない」
「お店に飾ってる生け花も全~部、私が生けてるのよ?」
「私もママに生け花を習いたいです。今度教えてくださいね!」
夏海が呆然としながら二人のやりとりを見ている。
「すげぇ…。マジでオカンと仲が良いんだな?小雪さんは…」
「小雪ちゃんみたいなお嫁さんが来てくれたら…お母さん、めちゃくちゃ可愛がるわよ?」
「俺はオカンが小雪さんを嫁いびりしそうだと思ってたんだが…」
「なんでこんな可愛い子をいびらなきゃならないのよ?仲良くするに決まってるじゃない!」
「つーかなんでスナックで雇ってんだよ!小雪さんはまだ女子高生なんだが…」
「小雪ちゃんは十八歳以上だからスナックで雇っても問題ないわよ?」
小雪はここぞとばかりに婚姻届を夏海の母親の前に差し出した。
「あの…この婚姻届の証人の欄にサインしてもらえますか?」
「小雪ちゃん!夏海のお嫁さんに来てくれるの?お父さんにも相談しなきゃ…」
「親父は文句言わねぇだろ?むしろ大喜びしそうだ」
「お父さん、寝てるから叩き起こしてくるわ!」
夏海の予想とは違い、母親は協力的だった。その時、インターホンが鳴ったので、振り返るとスキンヘッドの大男が立っている。小雪は夏海の父親だと勘違いして話しかけた。
「夏海君のお父さんですか?シュワちゃんに似てる!」
「シュワちゃん?いや、俺は夏海君の担当の相談員です…」
「あれ?シュワちゃんに似てるお父さんって夏海君に聞いてたからてっきり…」
「この人、こう見えてまだ三十四らしいから、俺の父親だとしたらこの人が中学生で俺が生まれた計算になるな」
「えっ、三十代に見えなかった…」
「老け顔だとよく言われるけど…」
「中山さん、何しに来たんすか?」
中山と呼ばれたスキンヘッドの大男は夏海に用があって来たようだ。
「夏海君が引っ越せる家を探してたんだけどね、何軒かあるから見学に行かないか?と思ってね」
「本当っすか?でも今は小雪さんが来てるからまた別の日に…」
「私も見学に行きたいです!」
「すぐそこだから車で送るけど、部外者は連れて行けないな…」
「部外者ってわけでもないんすけどね」
「都合の良い日があれば連絡をして欲しいのだけど、夏海君は携帯電話持ってないから連絡取れなくて困るんだ」
「そうっすね。携帯電話も何とかせにゃならんけど、貯金は奨学金の返済用だからなぁ」
「その貯金なんだけど…今いくらあるのか教えてくれるかな?」
「今は貯金は四十万ちょいかな…」
「四十万も?そんなに貯金があったのか…ふむ」
「でも貯金があると支援受けるのは不味かったんじゃ?」
「ああ、その件は大丈夫だから安心して良いよ」
中山と言うスキンヘッドの大男は、それを聞いてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「別に帰りのバス一個遅らせて帰ったら良いからこのまま遊びに行くか?制服のままだけど」
「あっ、そうする?夏海君の部屋で二人っきりで話しても良いのだけど…」
「俺の部屋なんか来ても薄汚くて、不味いカフェオレしか出せんぞ?」
「私、あのカフェオレ大好きなのに…」
「あんなもんスーパーで三十本入りが六百円以下で売ってるぞ?」
「それだと一杯二十円くらい?安いね」
「俺は一本だと味が薄いんで二本入れてるから四十円かな」
「そうなんだ?だから夏海君のカフェオレって濃厚だったんだね」
「一本だけだと不味くて飲めんかった」
「今日はね、婚姻届持って来たから判子も捺印して欲しいんだ…」
「そうなのか?判子は家に帰らないとないや…」
「あとね、昨日の夜…夏海君のお母さんと話したんだけど…」
「えっ?なんで俺のオカンと小雪さんが、話してんの…」
「昨日、夜中にお散歩してたら偶然、見つけたの…。スナックじゅん子!」
「おい…夜中に散歩なんかすんな!変態に襲われたらどうすんだよ?」
「この街は治安も良いし、襲われないから大丈夫だよ~」
「小雪さん…。この前、不良に襲われた事は忘れたんか?もしやあまりにも辛過ぎて記憶喪失になったのか…」
「それは忘れてないけど、あのゲームセンターの場所がちょっと治安が悪かっただけだよ…」
「そう言う事を言ってると、また変態に襲われるぞ?君には危機感と言うものが足りない…」
「私ね、スナックじゅん子で働く事にしたの!」
「な、な、な、な、何だって?あかんに決まってるやろ!なんでオカンも小雪さん雇ってんだよ…。あり得ねぇ…」
「ネイルサロンの仕事はあんまり指名が来ないから、たまにしか稼げないけど、スナックだとすぐ指名してもらえたから…」
「エロ親父にセクハラされるかもしれねぇだろが?」
「普通におしゃべりしてカラオケしてただけだよ?」
「スナックじゅん子って何時までやってんだ?」
「閉店は夜十時までみたいだけど、延長で十一時までやってた…」
「そんな時間まで?送迎はあるのか…」
「ううん、送迎なしだけど近いし、歩いて三十分もかかんないよ」
「はぁ…そんなバイト辞めて欲しいんだけど…」
「スナックはダメだけどネイルサロンのバイトはしても良いの?」
「ああ、その事なんだけど、昼休みにちょっとだけ読んだら、なんか男に指名されてるって書いてあって、心配になった…」
「ネイルサロンだから変な事はしないよ?普通に爪の手入れをするだけ。甘皮をふやかして取ったり、爪にヤスリをかけたりするんだよ」
「こんな美人に手を握られて三千五百円なら安いと感じるだろ?変態思考ならな…」
「手を握られるだけで三千五百円は高くない?」
三時半のバスがやって来たが、乗らずに喋っていたので、バスの運転手がクラクションを鳴らして怒鳴った。
「おい?乗るなら早く乗れ!」
「あっ、すいません…。乗ります」
夏海がバスに乗ってから時計を見ると、時刻表より少し早いが、座った途端にバスはさっさと出発してしまった。夏海はヒソヒソ耳元で小雪と話す。
「時刻表よりまだ少し早いのに短気な運転手だな…」
「なんか感じ悪いね…。あのおじさん」
「俺が可愛い女の子とイチャついてるからムカついたのだろうか…」
「そのくらいで怒るの?」
「俺がバスの運転手だったら、イラッとくると思う」
「えっ、そうなんだ?どうしてだろ…」
「この運転手、ちょっと運転も荒いし、山道で転落事故起こしそうで怖いんだが…」
「本当だ…。なんかいつもより揺れが激しいね」
「運転手も何人かいて、感じの良いおっさんもいれば、感じ悪い奴もいるんだよ…」
「そっか…。短気な運転手だと乗ってるだけで怖いよ…」
「バスしか交通手段がない俺は乗らざるを得ないのだが、目が悪いから自動車免許も取れんし…」
「そうなの?夏海君の目って視力どのくらいなのかな…」
「目の検査の一番でっかいランドルト環も見えねぇから…メガネ屋に行ったらレンズ代三万とか言われて諦めたし…」
「そんなに悪かったんだ?と言うかあの輪っかってランドルト環って言うの…」
「作家志望だからわかんない物は名前を調べるからな。でも小説で使う日がくるかはわからん…」
「メガネかけた方が良さそうな視力だけど大丈夫なの?」
「メガネ屋にもこの視力の人が裸眼で外歩くのは自殺行為だと言われたが、道歩いてて足踏み外して死んだ事はないから多分、大丈夫だ」
「ダメだよ…。夏海君がもし事故で死んじゃったら…私も後を追って死ぬからね?」
「パソコン教室で作業に時間がかかった理由も目が悪過ぎて画面に近づかないと文字が見えなかったりしてさ…」
「パソコンも買わなきゃならないし、メガネ買うとお金がたくさん必要だね…」
「まあパソコンは拡大とかできるんで、何とかやれたんだ。キーボードはブラインドタッチできるし、特に問題はなかった」
「ブラインドタッチできるの?すごい!私できないよ…」
小雪は夏海がパソコンのキーボードをブラインドタッチしてるところを妄想して顔がにやけている。ついでにメガネをかけてる夏海も妄想して楽しんでいた。
「小雪さん、次で降りるよ?この次のバス停だから」
「あっ、うん!神社の前だよね?」
神社の前で降りると、オンボロ民家まで歩いてやって来る。裏庭に回り込んでプレハブ小屋に入ると、婚姻届にサインして判子を捺印した。それからカフェオレを作って飲む。
「私の誕生日、もうすぐだから二十歳になったら出しに行く?」
「成人した証人二名にサインしてもらわないとダメなんだろ?」
「竹田さんと後一人は…誰か頼める人いないかな?」
「マスターには反対されてるし、マダムにも反対されると思うから、後一人が難しいんだよな…」
「それなら夏海君のお母さんにサイン頼んでみようか?」
「うちのオカンもあかんって言う予感がする…。親父はもっとあかんやろな…」
「私、夏海君のお母さんと仲良くできそうだし、きっとサインしてくれるよ?」
「オカンは気難しい性格なのに…。小雪さんはオカンと仲良くしてんの?」
「蠍座同士だから気が合ったのかも?」
「いや、その理論だと俺と小雪さんは気が合わんやろ…。俺は蠍座じゃなくて獅子座だし…」
「夏海君のお母さんとは仲良くやれそうな気がするよ?」
「普通は嫁と姑って仲が悪いもんじゃねぇの?オカンは嫁いびりとかしそうな感じのキツい性格してんのに…」
「夏海君のお母さん、今はまだ家にいるのかな?開店時間は夕方五時だったし」
「ああ、この時間ならまだ居るかもな?出勤前だから化粧してんじゃねぇか…」
「それなら直接、会って頼んでみるよ」
「は?今から家の中に行くって事か…」
「やっぱり…ダメかな…」
「親父は寝てると思う。運送業は夜から明け方に働くから、もうそろそろ起きて来る頃だと思うが…」
「夏海君が良いって言うなら…私だけでも会いに行くよ」
「小雪さんだけで会いに行かせるのは…。行くって言うなら俺も行くよ?」
夏海は玄関のインター本を押して、施錠されていなかったので、玄関の引き戸を開いた。五年前と変わらない内装に驚く。見事な生け花も飾ってあった。
「何も変わってねぇな。このスズメバチの巣とか、まだ飾ってあったのか」
「なんだか高級そうな置き物があくさん飾ってあるね?」
「ここの観葉植物も前からずっとここに置いてある。この植木鉢も昔と一緒だ」
「幸福の木ってやつだね。結構この植木鉢高いんだよ?」
虎のぬいぐるみが飾ってあるのを見て、小雪は尋ねる。
「このぬいぐるみ…夏海君のお父さんって阪神ファンなの?」
「ああ、阪神が負けると機嫌が悪くて殴られたから俺は野球が嫌いなんだ」
奥から夏海の母親が着物姿で現れる。
「あっ、夏海君のお母さん!お邪魔してます~」
「小雪ちゃんの声がしたから見に来たのだけど…。この生け花、私が生けたのよ?」
「えっ、すごいです!てっきり生け花の先生が生けたやつかと思ってました…」
「ふふ、私は生け花の先生に跡取りになってくれと頼まれた事があるんだから」
「えええっ!すごいじゃないですか?どうして後取りにならなかったの…」
「人に教えるのが苦手だから、生け花の先生にはなりたくなかったの」
「そうなんだ~。こんなに才能があるのにもったいない」
「お店に飾ってる生け花も全~部、私が生けてるのよ?」
「私もママに生け花を習いたいです。今度教えてくださいね!」
夏海が呆然としながら二人のやりとりを見ている。
「すげぇ…。マジでオカンと仲が良いんだな?小雪さんは…」
「小雪ちゃんみたいなお嫁さんが来てくれたら…お母さん、めちゃくちゃ可愛がるわよ?」
「俺はオカンが小雪さんを嫁いびりしそうだと思ってたんだが…」
「なんでこんな可愛い子をいびらなきゃならないのよ?仲良くするに決まってるじゃない!」
「つーかなんでスナックで雇ってんだよ!小雪さんはまだ女子高生なんだが…」
「小雪ちゃんは十八歳以上だからスナックで雇っても問題ないわよ?」
小雪はここぞとばかりに婚姻届を夏海の母親の前に差し出した。
「あの…この婚姻届の証人の欄にサインしてもらえますか?」
「小雪ちゃん!夏海のお嫁さんに来てくれるの?お父さんにも相談しなきゃ…」
「親父は文句言わねぇだろ?むしろ大喜びしそうだ」
「お父さん、寝てるから叩き起こしてくるわ!」
夏海の予想とは違い、母親は協力的だった。その時、インターホンが鳴ったので、振り返るとスキンヘッドの大男が立っている。小雪は夏海の父親だと勘違いして話しかけた。
「夏海君のお父さんですか?シュワちゃんに似てる!」
「シュワちゃん?いや、俺は夏海君の担当の相談員です…」
「あれ?シュワちゃんに似てるお父さんって夏海君に聞いてたからてっきり…」
「この人、こう見えてまだ三十四らしいから、俺の父親だとしたらこの人が中学生で俺が生まれた計算になるな」
「えっ、三十代に見えなかった…」
「老け顔だとよく言われるけど…」
「中山さん、何しに来たんすか?」
中山と呼ばれたスキンヘッドの大男は夏海に用があって来たようだ。
「夏海君が引っ越せる家を探してたんだけどね、何軒かあるから見学に行かないか?と思ってね」
「本当っすか?でも今は小雪さんが来てるからまた別の日に…」
「私も見学に行きたいです!」
「すぐそこだから車で送るけど、部外者は連れて行けないな…」
「部外者ってわけでもないんすけどね」
「都合の良い日があれば連絡をして欲しいのだけど、夏海君は携帯電話持ってないから連絡取れなくて困るんだ」
「そうっすね。携帯電話も何とかせにゃならんけど、貯金は奨学金の返済用だからなぁ」
「その貯金なんだけど…今いくらあるのか教えてくれるかな?」
「今は貯金は四十万ちょいかな…」
「四十万も?そんなに貯金があったのか…ふむ」
「でも貯金があると支援受けるのは不味かったんじゃ?」
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