夏の雪

アズルド

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第十章

真の理

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 夏海が突然、高校に来なくなった。不真面目なギャルが来ないのはよくある事だが、優等生の夏海が来ないのは珍しい。この高校は大学と同じ単位制なので、授業は最低日数の十日間登校していれば問題はないのだが、奨学金で通っている夏海は成績が落ちると退学になってしまう。二年生の教室を覗きに来た小雪は溜息を漏らす。

「夏海君…どうして来ないんだろ…」

「あのガリ勉君なら退学になったって噂も聞いたけど?」

「えっ!夏海君、退学になったの?知らなかった…」

「なんかね、ゲーセンで不良の男子と揉めてて、ポリ公に連れてかれたんだって~」

「それって…もしかしたら…私のせいかも…?」

「なんで小雪のせいになるん?そんなの気のせいじゃん」

「警察に行ったら夏海君と面会出来るかな?」

「わかんない。不良の男子は病院送りにされたって聞いたけど、あいつあんなチビなのにケンカ強いんだね~」

「普段は優しいからケンカとかするような人じゃないのに…」

「恋は盲目って言うけどさ、あいつはホントにヤバいからやめといた方が良いよ?」

 小雪は高校の帰りに警察署の方へ、行ってみる事にした。警察には嫌な思い出しかないので、なぜか息苦しくなってくる。

「夏海君、警察に連れて行かれたって友達に聞いたんですけど、面会とか出来ますか?」

「ん?面会は家族しか出来ないけど…」

「夏海って、あのちっこい男の事か…」

「ああ、そいつなら措置入院で三ヶ月ぶち込んだから」

「たった三ヶ月か。あんな狂犬は永遠に出て来なくて良いよ?あいつに噛まれた歯形がなかなか消えなくて困った…」

「措置入院…夏海君、怪我してるんですか?」

「いや、あいつよりも…重体なのは不良どもの方だな」

「夏海君が何をしたのか…教えてください…」

「う~ん、障害者の起こした事件だし、あまり大事にはなってないから、ニュースにも流れてないよ」

「ニュースは毎日見てるけど流れてませんでした…」

「不良たちを毒殺しようとしたんだ。でも発見が速くて一命は取り留めた。取調べでも本人は知らばっくれてるし、家宅捜索しても同じ毒物が検出されなくて、犯人の自供がないと逮捕できないんだ…」

「そんな事が…。毒物は検出されてないって事は…夏海君は犯人じゃないかもしれないんですよね?」

「支援団体の連中が冤罪だなんだと騒ぎ立てるもんだから、警察も動きづらくてね。医者も錯乱状態だと言って措置入院と言う形を取り、隔離室に入れたんだが…」

「夏海君に面会したいです…。措置入院なら病院に行けば面会出来ますか?」

「君ってあいつの彼女かなんか?」

「一応、彼女です…」

「じゃあさ、あいつがやったって自供するように説得してくんない?」

「夏海君と会わせてくれるんですか?」

「説得してくれるって言うんなら手続きは取るよ?」

「わかりました。説得するので会わせてください…」

 それからしばらく経って、小雪はパトカーに乗せられて病院まで連れて来られる。警察官と一緒に面会室で待っていると、夏海が看護師に連れて来られた。手にはわんこの表紙のノートを持っている。

「夏海君にこんな可愛い彼女がいたんだ?看護婦さん、ビックリしちゃった!」

「彼女って言うか…友達です…」

「友達だったの?私、彼女だと思ってたのに…」

「前科持ちと付き合っても意味ないから別れた方が良いよ?」

「前科持ちになったの?冤罪だってマダムは怒ってたけど…」

「ああ、証拠もないのに警察が適当な嘘八百をでっち上げて、俺が言ってない事を調書に書いてた」

「やっぱり冤罪なんだ?何があったのか正直に話して…」

「こいつらが聞いてるから話せない。このノートに何があったかは書いてるけど、小雪さんにしか意味がわからないように書いたから解読して…」

 夏海がわんこのノートを小雪に手渡そうとすると、短気な警察官がノートを無理やり引ったくった。パラパラとページを捲るが、特に事件に関する事は書いていない。

「なんだこれは?彼女にしか意味がわからない暗号とか言っていたが…」

「小説ですよ?小雪さんの誕生日に渡すつもりで考えてたやつ」

「推理小説なの?私、推理とか苦手だから、暗号なんて解読できないよ…」

「大丈夫、小雪さんなら意味がわかると思う」

 短気な警察官が小雪にノートを返したので、小雪も目を通すとひらがなだけで、つまらない小説が書いてある。まるで小学生が書いたようなクオリティで、短気な警察官には意味がサッパリわからなかった。

「俺は毒は盛ってない。あいつらが死にかけた時に通報せずに帰っただけだ。携帯電話は持ってなかったし、公衆電話もなかったのにどうやって通報しろと言うんだ?」

「警察署まで言いにくれば良いだろ?」

「あの路線の最終バスは五時五十五分。それ以降のバスはないし、自転車もねぇのに徒歩で三時間かけて警察署に行けとか言う方が、異常だと思わんか?」

「このガキ…。口だけは達者でムカつく!」

「俺の家の周りは辺鄙な田舎村だし、駐在所はあるけど警察官はいつもいねぇし、通報しなかったから未必の故意だとかほざいて、無理やり逮捕する方がおかしい」

「お前の戯言を信じたババアどもが、冤罪だなんだと騒ぎ立てるから、警察も迷惑してんだよ!」

「ゲーセンの監視カメラには、俺が何もせずに帰ったところしか映ってなかったんだろ?実際、何もしてないんだからさ。いい加減に冤罪を認めろよ。無能な警察め…」

「こんな可愛い彼女と別れる事になっても良いのか?さっさと吐いちまえよ~」

「やってもないのにやったと言わされたら余計に会えなくなるやろが?警察はみんなこいつみたいに頭が悪いんですか。こんな知能指数の低い無能な警察はさっさとクビにしろよ…」

「こいつ!マジでムカつくガキだ…」

 短気な警察官が掴みかかりそうになったので、まともそうな警察官がそれを取り押さえている。

「お前はこの可愛い彼女がレイプされて、逆上して不良どもに毒を盛った…。そうだろう?」

「レイプされたのがわかってんなら、あの不良どもを逮捕しろよ?俺を冤罪逮捕してる暇があったら、いくらでも調べられるのに、こうしてる間に真犯人はせせら笑ってんだぜ」

「お前はなぜ現場からペットボトルのキャップだけ持ち帰ったんだ?」

「欲しいキャラの絵が付いてたから。不良どもが苦しんでたけど、別にどうでも良いから気にせず家に帰った。でも押収したペットボトルのキャップからは毒が検出されなかったようだな?ジュースに毒が入ってたんじゃないんとちゃう」

「何百個もペットボトルのキャップ集めてるとか、こいつは異常だ!」

「ペットボトルのキャップを集めたら逮捕されるって言う法律でもあるんすか?ないですよね~。未開封のペットボトルが置いてあるからって不良どもが飲み始めた。急に苦しみ始めてキャップが転がって来て、欲しいやつだったから拾って、代わりにいらないキャップ置いて帰った。何度、同じ説明したらわかる?」

「こいつの言ってる事、ほとんど意味がわからん…」

 小雪は恐る恐る口を開いて説明する。

「あの…そのペットボトルのキャップ…私も集めてるんです…。アニメキャラが付いてて…。だんだん集めるのが楽しくなって来て…。刑事さんにはわかんないと思いますが…」

「不良どもと口論していたのは他の客が証言してるし、お前が働いてた喫茶店のウェイトレスもお前が連続殺人を仄めかしていたと証言してるんだ!」

「それで、実際には何もやってないのに認めろって言うんっすか。俺を逮捕して解決したってドヤ顔してるのを、真犯人はほくそ笑んで見てると思うけど、それで満足なん?馬鹿過ぎてこれ以上、話す気にもなれんわ」

 話は堂々巡りなので、面会時間が終わってしまい、小雪はわんこのノートを大事そうに抱えて、パトカーに乗り込む。

「一応、あのノートのコピーを取っておけ?」

「でもガキの書いたつまんねぇ小説っすよ?」

「暗号があるとホシは言ってただろ?鑑識に回して解読させる…」

 警察署に着いてノートを無理やりコピーされると、やっと返してもらえた。二人だけの秘密を覗かれたようで少し気分が悪い。小雪は家に帰ってから、わんこのノートにゆっくり目を通した。ひらがなだけなので非常に読みづらい。冒頭部分はこんな感じである。

“ちょうがらのせいなるころもを、みにまといし、いとうつくしき、てんかいのししゃが、ゆうしゃのすんでいるこやのまえにおりたった。しかし、じゃあくなまものどもにおそわれて、かのじょはまんしんそういであった。”

「蝶柄の聖なる衣って…私の勝負下着の事かな?こんなの警察にわかるわけないし、鑑識に回しても意味がわかる人、絶対にいないよ…」

 小雪の予想通り、鑑識はありとあらゆる暗号解読法で読もうとしていたが、誰にも解読できなかったのである。しかし小雪はほとんど意味を理解できていた。三ヶ月が経って証拠不十分で夏海は病院から出て来る。バス停で待っていると夏海が降りて来たので、小雪は並んで横を歩いた。

「小説は読んでくれた?」

「うん。大体、意味はわかったよ」

「看護師にも読ませろって言われるから、わざとわかりづらく書いたんだよ…。あと知的障害がある友達が病院にいて、ひらがなで書いて欲しいって頼まれたのもあるけど」

「夏海君って天才だね?あの後、警察にもしつこくなんて書いてあるのか教えろって聞かれたけど、そのままの意味です。刑事さんに説明してもわからないと思います。って、答えておいたよ」

「俺が死刑にされても真実は君に伝えておきたかったから…」

「毒殺はしてないけど、毒で苦しんでるのはわかってて帰っちゃったんだね…」

「ああ、俺の推理では多分、ゲーセンの店員が真犯人だと思う…」

「警察にはその事、言わなかったの?」

「言っても真面目に話を聞こうとしてくれなかったんだ。それで黙秘する事にした」

「マダムが署名活動とかしてて、私も冤罪反対ってサインしたからね」

「障害者の場合、罪が軽くなる事も多いんだけど、俺は知的障害が全くないから、責任能力はあるって事になるんで、ヤバかった…」

「試験前に出て来られて良かったね」

「もし試験前に出られなかったとしても、試験を病院で受けられるように手配されてたっぽいけどね」

「そうなんだ。マダムに感謝しなきゃ!」

「課題は病院でやってたけど、俺は夜の方が頭が冴えるんで、夜九時消灯だから、あんまり進んでない…」

「課題、一緒にやろっか?図書館とかで」

「いや、小雪さんが隣にいると気が散りそうだし、図書館は喋るとキレるマダムがいる」
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