どんな日だって、いいのよ。

Yuuka

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刻み込まれた記憶。

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時々、ふとした夜がやってくる。

もしかしたら私は、いつかの時代の私の夢を生きていて、このまま微睡んでしまえば、いつかのあの頃の私として目が覚めるかもしれない。

沈み込んだソファに。このまま、ずっとずっと沈み込んでしまえばいいと。
私のことを飲み込んでくれれば良いのにと。
放ってある毛布を頭から被って、目を閉じる。夢現の世界へ、ようこそ。

悲しいね。真っ暗なこの世界では、彼の声が私の脳内を支配する。
「なぁ、俺のこと、好きだろ?」
耳元で吐息多めに、私を煽るように囁いてくるのは、もう悪魔そのもの。
分かってる、このまま、この世界に堕ちてしまいたいと、望んでいるのは私自身。

私の顎を撫でるその手のひらも、悪戯に口内に侵入するその指も。
その冷たさが、私の火照りを際立たせているようで恥ずかしくなる。
骨と骨がぶつかる甘い痛みも、そこに彼がいるという存在の証明でしかない。

全部全部覚えている。悲しいほどに、全部。

初めての日は、心臓のドキドキしている音が部屋中に響き渡っていて、
それでも触れる彼の肌が、嬉しくて嬉しくて。
彼の鎖骨と胸の間に何度も顔を埋めて隠れてた。
すべすべしていた彼の腕や背中も、その日の感触、覚えてる。
最高潮の心音と、全身に響き渡る血流と、快楽と幸福感と。

すべてが未知の世界で。

彼と過ごした10年以上の月日。
私の隣には、彼がいて欲しかった。
彼の隣には、今も私がいたかった。

怖くて何度も逃げ出した。その度に、何度も捕まえて抱き締めてくれていた。
失うことが、怖かった。失くしてしまうなら、捨ててしまう方が良いって。

知ってた。彼じゃない他の男に抱かれたって、快楽と幸福感は満たされるって。
寂しさだって、満たされるって。

それでも、それでも、彼は、私のすべてだったし、
彼が私の隣にいるだけで、最上級の安堵がやってくる。

今なら分かる。

パブロフの犬、って言葉の意味を知ったのは、もっとずっと後だった。
どんどん、はしたなくなっていく。
底の見えない快楽に、心地良さに、堕ちていく。

神様は、意地悪。
そうだね、普段は神様なんて信仰心のひとつも見せないで、こんな時だけ神様のせいにしてみる。

だけど、この身体には、彼の痕跡が染みつき過ぎていて。
脳内中に、彼の声や息づかい、エロチックな手の平や指、体中の骨や筋肉、肌の温かさ。響き渡って、きっと抜け出せない幻覚に囚われている。

むしろ、このまま囚われていたい、とすら願ってしまう。

「ほらほら、ココでしょ。」「ダメだよ、まだ。まだ。」
吐息交じりに煽る彼の声。

「まだまだ、イっちゃダメ。ダメだって。俺の名前、呼んで?」
「ほら、ちゃんと。ちゃんと呼んで?俺の名前。俺のこと見てろって。」

私、どこまで堕ちて、どこまで沈んで、もう、溺れてる。
呼吸の仕方を忘れてしまいそう。

……っ。

真っ暗な部屋の中で、目が覚める。
沈み込んだソファで、くるまった毛布で。
窓に移り込む夜の空。
身体中に刻み込まれた彼の痕跡が、苦しいくらいに私を縛り付ける。
片足で履いたままのグチャグチャに濡れたショーツ。
悲しいくらいに、私は、女だ。

涙が、止まらない。

分かってる。もう10年以上も前の話。
そして、今の私の隣にいる人は、彼じゃない。
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