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第10話「エピローグ・助手の秘密」
しおりを挟む婚姻届を出しに行き、同性婚はまだ無理ですよ、と注意を受けた。
身分証明書を凝視した窓口さんは
メガネを直しながら、皐月くんを何度も見た。
なんとか受理され
カフェで一息ついた所で、霜降は湧き上がる疑問を口にする。
「私達って周りにどう見えるの?」
鈴を鳴らしてサービスマンを呼んだ皐月は
今日は記念日だから何かサービスして欲しいと告げる。
「かしこまりました。何のお祝いかお聞きしてもよろしいですか」
「なんだと思います?」
皐月は無理難題を投げかけたが、プロのサービスマンは穏やかに微笑んだ。
「お美しいご姉妹ですね、どちらかのお誕生日でしょうか」
「流石ですね、わたしです」
「お姉様、おめでとうございます。
ケーキをお持ちいたします」
サービスマンは恭しく礼をしてキッチンへと下がって行く。妹と間違われた霜降はテーブルにうなだれた。
「ああ、だからか。
復讐者の彼があっさり引き下がったのは。
女の子同士の恋だと思ったんだ」
自分が進めなかった道を、代わりに歩んでくれ。
そういう意味だったのだ。
「いつの間にそんな事になっていたの。
入社した時はまだ髪も短かったし、学ランだったし」
「ここまで来るの大変でした。
ダイエットにジム通い、プチ整形も何回か。やっと違和感なく女物を着られるようになりました」
アイスココアの氷がカランと鳴る。
皐月は『男』である自分が嫌だった。変わりたいと願っていた。
「クラスメイトの事は男女関係なく嫌いでした。
みんな酷かったですから」
「それで、中退して働き始めたんだ」
事務所の経営は豊かでなかったが、やって来た皐月を拒む事が出来ず
そのまま五年間一緒に働いてきた。
「それなら、君は女の子なの?
生まれつきの体の事は置いておいて、気持ちの面で」
「そう思ってました。あなたに会うまでは」
周りと自分の感覚の違い。
行き場の無い気持ちを抱えて、生まれ直そうと立った駅のホーム。
ずっと着たかった服を身につけた。
指を刺されて笑われながら。次こそは女の子になれるように。
(あの、すみません)
小柄のスーツの女性が声をかけてきた。
目線が合わない事から盲目の人かと思ったが、スムーズにベンチに座らされて
自販機からアイスココアを差し出された。
(水分と糖分が不足すると、人間は参ってしまうんです。まずは飲んで落ち着いて)
若き霜降は、皐月の辛い気持ちを真剣に聞いた。
自分の目が不自由な事も話した。
顔だけが見えない人がいるなんて夢にも思わなかった皐月は、強く惹かれた。
(わたしの事、どう見えますか?)
(繊細で可愛い女の子だと思う)
この人しか居ないと、確信した。
自分がどれだけ変わっても、または戻っても、加齢と共にあらがえない〝 オジサン〝 になっていっても。
ずっと内面だけを見てくれる人。
情に厚くて危なっかしい、守ってあげないといけない
自分だけのお姫様。
ウィッグを外して、男の格好で会いに行った時、霜降は皐月に気が付かなかった。
それに傷つかない訳ではなかったが
出会い直せばいい。
今度は男と女として。初めましてから始よう。
「お誕生日おめでとうございます」
運ばれてきたケーキには、ハート形のチョコレートが乗っていた。
「あなたを好きになって、自分の性を初めて喜べました。
ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ケーキを分け合って食べる。
披露宴なんて大々的な事は出来ないけれど、新しい関係に至れた記念日を、誰かに祝って貰えるのは嬉しい。
「新婚旅行も行きたいですね」
窓辺から差し込む光が、皐月の栗色の髪を照らしている。
霜降にその表情は見られない。
それでも確かに、綺麗だと感じた。
「君と一緒なら、どこでもいいな」
「勝手に決めちゃいますよ?」
二人の薬指には同じ指輪が、光を浴びて煌めいている。
「鮮血のカマイタチ事件」完
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