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第14話 大阪初上陸?

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「あー、終わった~っ!」

 もう日付が変わってしまいそうな時間帯。ようやく一段落着いた。今日はここまでにしておこう。ふぅ~、頑張ったけど、残業代は出るだろうか。出ないだろうなぁー。

 残業を減らせ、減らせって、じゃあこの作業どうやって終わらせるんだよ。弊社はクリーンな会社だ、という体裁を保ちたいから減らさせたいんだろうけど。好き勝手なこと言いやがって。

 クソ会社がっ!

 毎日1時間ずつの残業なら認められるだろうが、一気に5時間ともなると認められるとは思えない。
 仕方ないでしょうに、先週は推し活のため速攻で退社したんだから、その分をまとめて取って何が悪い。働き方は自由なはずだっ!

 まあ社会人としてはこんなやり方は失格だろうな、推し活のためと考えれば、サービス残業も受け入れるしかない。

 涙ながらに袖に捌けて行った推しの姿が頭から離れない。

 僕も頑張って大阪公演応援に行くから、頑張って切り替えてくれているといいのだが。

 終演後すぐに大阪公演のチケットが残っているか確認する。公演は金曜1公演、土日が昼夜2公演ずつとなっていた。流石に最終公演は売り切れていたが、他はまだ販売していたのですぐに確保することに。

 金曜日は仕事終わりに大阪に行っての観劇は、流石に間に合うとは思えないので諦めるとして、他の3公演の申し込みを済ませる。

 新幹線はこだまを予約した。こだまのグリーン席は3日前までに予約すれば、のぞみの自由席より安上がりですむ。時間は4時間近くかかってしまうが、その分ゆっくり寝れるので寝不足の僕にはピッタリだ。


 大阪に到着するとふと思った。もしかして僕って大阪に来たの初めてか?今まで大阪に来たことあっただろうか?
 握手会は関西会場もあるが今のところ京都で行われている。大阪初上陸かもしれないのだが直ぐに新大阪で乗り換え、公演が行われる会場へ真っ直ぐに向かう。なんとも味気のない初上陸になってしまった。

 オジさん1人の一泊旅行なんて手荷物なんてほとんどない。そのまま直接会場に乗り込み、昼公演の後にホテルにチェックインし夜公演に臨む予定だ。

 明日も終演後すぐの新幹線を予約してしまった。完っ璧に観光する時間を割いてなかった。
 観光とか美味しいもの食べに行こうとか全く考えてなかった。『推しを見に行くことしか考えてないのかよっ!』と突っ込まれてしまいそうだ。

 せめてタコ焼きくらいは買ってホテルで食べることにしよう。

 会場に到着するとファンの方々が集まっているのを発見し、この場所で間違いなさそうだと一安心。どうやら無事に辿り着けたようだ。

 雰囲気は東京会場と同じで、ワクワクしている人に混じって、僕と同じようにソワソワしている人もいる。

 金曜日の公演は人気メンバーと競合してしまい、負けてしまったと聞いている。間を挟んで2回連続の落選。内面は夢見る乙女だからなー、精神状態は大丈夫だろうか。


 公演が始まると推しの名前が早々に呼ばれた。しかも競合者なしの一人選出となった。開演早々、推しが配役決定というなんともめでたいスタートとなった。

 いやー、マジかぁ~、頑張って大阪に来た甲斐があったじゃん!

 顔がニヤけてしまい、抑えられない。必死で周りの人にバレないように両手を頬に当てて誤魔化す。誤魔化しきれていただろうか?
 
 いきなり喜んでいる推しの姿を見ることができて幸先のいいスタートとなり、気分良く1公演目終了。

 退場すると流石に大阪に来たのだから、通天閣とカニの看板は写真に収めて帰らないといけないだろうと思い、場所を検索することに。
 すると、どちらも会場から30分ほどの距離。マジかっ!ぜんっぜん行ってこれそうじゃん。

 大阪城にも行こうか考えたが、きっといつか大阪城ホールでライブができるようなグループになってくれると信じ、それまではやめておくことに。

 ホテルにチェックインしてから観光に行こうか迷ったが、時間が勿体無いので考え事は電車の中でしようと思ったのだが。

 あれ?ていうか最寄駅どこ?

 全く下調べをしていなかったので、現地でも右往左往してしまい、結局ワタワタとした時間を過ごしてしまい、ホテルにチェックインすることもできず、写真だけ撮ってそのまま公演会場へ引き返すことになってしまった。

 間に合わないかもと焦ったがなんとか無事に到着し、着席し気持ちを落ち着かせるために水を口へと運ぶ。

 推しのことばかり考えているから、行き当たりばったりになっちゃうんだよ。いい歳なんだしもう少し落ち着きをもたなくてはいけないなと反省。

 公演が始まるとまた推しの名前が早めの段階で呼ばれることに。今度は競合相手が出てしまった。うーん、残念。二度も奇跡は起こらなかったか。

 競合したメンバーは人気は高いが、今回の公演ではいまいち結果が出せていないメンバーだった。よほどのことがない限り大丈夫だろうとは思うが、応援する身としては気が気でない。

「呼ばれたーっ!」

 昼夜連続の選出にホッとする。推しの演技姿に感涙し1日目終了。

 今日は本当にワタワタしてしまった1日だったが、少し観光もできたし、二度も推しの可愛い姿を見ることができたので良かったと思う。

 そして運命の最終日、終わりよければ全て良しだ。夜公演も残されているがチケットを入手できなかったので、これが僕にとっての最終公演。

 無事に推しの笑顔が見れて終われますように。

 そう思いながら応援していたのだが、役柄と競合メンバーが発表された瞬間、目の前が真っ暗になってしまった。

 推しも含め人気メンバーが4人も揃う、本日最大の激戦区に選出してしまっていたのだ。

 死のグループじゃん!という声が聞こえてきた。

 まさにそうだろう。くわぁー、マジか!テンションだだ下がりである。

 演技審査が始まると全員、気合が入っている感じがヒシヒシと伝わってきた。誰も一歩も引く様子など微塵も感じさせない甲乙つけ難い激戦っぷり。

 一人が気迫に満ちた演技を見せれば、一人が感情が籠った演技をする。セリフのない部分の動作も気を抜くことはない。

 誰に転ぶか全く分からない状況だったが、推しが動いた。

「男前、男前って言われているけどっ、内面は乙女なんだよっ」

 会場に笑いが広がる。

 他のメンバーのアドリブにうまく切り返して見せた。流石の頭の回転の速さである。流石、僕の推しだ。
 握手会の時も僕の訳の分からない言葉にも、常に即座に対応してくれる。僕が推そうと思った最大の取り柄、それがこの大事な場面で発揮された。

 おーっ!これはきたんじゃないか!?

 それに前回の敗戦を教訓にしたのだろう。ブッ込みも入ってるじゃないかっ!

 発表前、祈る気持ちでいっぱいだった。会場の盛り上がり方からしても大丈夫だとは思うが、心臓は張り裂けそうなくらい高鳴っている。

 主催者も分かっているのだろう。焦らしてなかなか発表しようとしない。会場中が死のグループと呼ばれていた箇所に誰が選出されるのかと固唾を呑んで見守っている。

「呼ばれた~」

 大歓声が巻き起こり、会場中が大拍手で包まれる。指笛の音も響き渡った。

 会場中が推しに賞賛を送っている。僕は完全に感極まってしまった。

 本当に、本当に頑張った。間違いなく今日一番輝いているメンバーだった。

 推しは見事、本日最大の大激戦区を実力で勝ち取って見せたのだ。

 会場中の割れんばかりの拍手はしばらく鳴り止むことはなかった。推してて良かったよ。本当におめでとう。


 気分上々のまま大阪3公演を終えて帰路につくこととなったのだが、帰りの新幹線の中で最終公演の結果を確認すると推しは落選していた。

 何やってんだよー、まったくー。昼公演で燃え尽きてしまったのだろうか。

 最終公演は見れなかったので推しがどんな過程を辿ったのか分からなかったが、十分やりきっていたと思うので、泣いていないといいのだが。

 
 後日の握手会。

「あっ!ミドリムシ!」

 何だその平凡な対応、あの時の感動を返せ。それにさっきまで笑顔で対応していたくせに、僕の時だけ表情筋緩めるんじゃないよ。

「おはよう。舞台よかったよー」

「ホントにぃ~、ちゃんと応援してくれたー?」

「大阪公演の最終日の昼公演に行ったよ。あの激戦区を勝ち抜いた時は痺れたよ」

「あはは、まあねー、あれは出来過ぎだった」

「ノリに乗ってると思ってたのに、何で夜公演は負けたの?」

「あー、あれねー、天然にやられたのよー」

 渋い顔でそう言ってきた。あー、なるほど、最後の競合相手はある意味天然キャラのメンバーだった。
 天性の才能には努力しても敵わないってことか。何だか理不尽さを覚える。まあでもそれならそれで諦めもつくか。

 今日の推しは三つ編みを両脇に跳ね上げているのでいつも以上に若く見える。

「なんか今日は、いつも以上に赤ちゃんぽい顔になってるね」

 舞台上にいる推しはいつも以上に大きく輝いて見えていたのだが、今日は赤ちゃんにしか見えなかった。

「誰がっ、赤ちゃんだっ!最近大人の色気が出てきているって有名なんだゾッ!」

 そういうこと言うから赤ちゃんなんだよ。


 しかしまあ、10公演もよく行ったものだ、金額のことを考えると恐ろしくなるので考えないことにしておこう。
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