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最終章
第五話 大蔵の覚悟
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四郎の死はその日のうちに瞬く間に城内中に広がっていった。皆、悲しみに打ちひしがれ、天の御子様をお守りできなかった自責の念に苛まれていた。
突然訪れた四郎の死。
受け入れることなど出来なかった。
昨日まで希望に満ち溢れ、このまま幕府軍に勝てるのではないかとさえ思っていた。
切支丹の国を造り、飢えや苦しみのない国を造る。
全て上手くいっていた。上手くいっていたはずなのに、急に希望は途切れてなくなってしまった。
だがここで終わる訳にはいかない。
四郎は俺に最後の願いを託して逝った。
「もう終わりにしよう」
切支丹を捨てさせ終わりにさせる。これが最後の願いだ。
幕府側から矢文が届いた時から四郎は妥協案を模索していた。唐津、島原藩の両藩主は我々を人扱いせず、虫けら同然の扱いをしてきていた。
だから信仰が必要だった。
しかし幕府の方々は違っていた。我々に人としての尊厳を認めてくれた。幕府の方々の下でなら人として生きていけると思った。
信仰は心を救うもの。
人として生きていけるのであれば信仰は必要ではないのかもしれないと考え、信仰を捨てさせることを模索していた。
いや、捨てるのではなく心の中に持ち続けたまま、生きていけるようにすることを模索していた。
日ノ本と伴天連が分け隔てなく生きていける世が来るまで、心の中に思いを収め生きていけるようにすることを模索していた。
答えが間に合わなかった。
もう四郎はこの世にはいない。
だが四郎の思いはまだ死んではいない。
俺はまず楓の元へ向かった。自分の身が危険になると分かった上で、救出に向かった人だ。一番救い出したい人だろう。
いきなり平手打ちを喰らった。
何故、すぐ駆け付けなかった。何故、守れなかった。などの責任を問われるものや罵詈雑言が飛んできた。
切支丹を捨てろと言ったらさらに殴られ、声を荒げられた。
帰れと言われ突き飛ばされて、短剣を突きつけられたが引き下がる訳にはいかなかった。
「例えその短剣で突き殺されようとも俺はこの場を引く訳には行かない。何故ならこれは四郎の願いだからだ」
突き刺されて死んでもいいと思った。むしろ四郎の願いが叶えられないのであれば、俺なんか死んだほうがいいと思った。
俺はそれくらいの覚悟で楓と向き合った。
毅然と言い切った俺の態度を見て、楓は突きつけていた短剣を落とし顔を両手で覆い泣き崩れた。
泣き崩れている楓に向かって更に屹然と言い放った。
「これは四郎の願いである。一人でも多くの者を説得しなくてはならない。泣いている場合ではない」
四郎を失い、切支丹まで捨てなくてはならない。身を切り刻まれるような思いだろう。
でも、それでも四郎は生きろと言っている。俺達はその願いに従わなくはならない。
四郎の思いを死なせてはならないのだ。
本丸に戻ると指揮官達が軍議を行なっていた。もう四郎はこの世にいない。天の御子様を救いたいからという大義名分はなくなっている。
もう手打ちにしても良いと思われる。
「我々は四郎、及び同志達の魂が安らかなることを願う。故に和睦はない。一人でも多くの幕府側の人間を討ち取り道連れとする」
父上の甚兵衛殿はそう言い切っていた。そして多くの者達がその言葉に賛同していた。俺は意見しようと思い口を開こうとしたら制された。
「大蔵、お主達百姓は四郎の言いつけ守り、早う城を立ち去れ」
皆に見せていた厳しい表情と違って、俺には穏やかな表情で語りかけてきた。あとは切支丹の問題、切支丹でない者は退城すべきだと言っていた四郎の言葉を思い出す。
甚兵衛殿も同じ思いでいるのだろう。
なんとか説得をしようと試みたが、お主達が無事に退城するには弾除けになる者が必ず必要となる。
我々は切支丹を捨てることなど出来ぬ。四郎がいなくなった今、せめてお主達の弾除けとなり死のう。そう言ってきた。
返す言葉もなかった。
確かに松平伊豆守信綱に手出しするなと命じられていたとしても、俺達は多くの幕府側の兵を討ち取っている。
前線にいる兵の憎悪は相当なものだろう。無事に退城できる保証は無い。弾除けになる者は必ず必要となる。
「ならばせめて、語り部を残していただきたい」
「語り部とな?」
「退城してしまえば、俺は皆様方の最後を知る術がありません。皆様方の最後を後の世に伝える、語り部を残して頂きとうございます」
端座し額が床に付くくらいにまで下げ懇願した。一人でも生き残って欲しい、そう願っての言葉だった。
「なるほど、それは必要かもしれないが、はてどうしたものか」
甚兵衛殿は顎に拳を当て考え込み出す。
「俺に考えがあります。内通者を出してみては如何でしょうか」
「内通者とな?」
ある者に城内の様子を密告させ、敵との内通が露呈したとして監禁する。相手が武士道精神を持つ者であれば、監禁されてしまっている内通者を討ち取るような真似はしないだろう。そう思った。
「遅れて合流してきた旧島原藩主、有馬直純は事を納め手柄を上げるべく画策していると聞きます。話し合いで解決しようと談合を持ちかけてきているそうです。有馬家の家臣だった方であれば、容易に内通できると思われます」
「相変わらずの器量の良さよのう」
大人達は俺の発案に感心した様子だった。
それであれば、語り部には山田右衛門作殿が適任だろうという声が上がった。その声に山田殿はかなり抵抗していた。
拙者も皆と共に最後まで戦うと、かなり抵抗していたようだった。
が、最後は大蔵だって断腸の思いを受け入れているんだ。大人のお主が駄々をこねてどうする。と言われ渋々説得を受け入れていた様子だった。
突然訪れた四郎の死。
受け入れることなど出来なかった。
昨日まで希望に満ち溢れ、このまま幕府軍に勝てるのではないかとさえ思っていた。
切支丹の国を造り、飢えや苦しみのない国を造る。
全て上手くいっていた。上手くいっていたはずなのに、急に希望は途切れてなくなってしまった。
だがここで終わる訳にはいかない。
四郎は俺に最後の願いを託して逝った。
「もう終わりにしよう」
切支丹を捨てさせ終わりにさせる。これが最後の願いだ。
幕府側から矢文が届いた時から四郎は妥協案を模索していた。唐津、島原藩の両藩主は我々を人扱いせず、虫けら同然の扱いをしてきていた。
だから信仰が必要だった。
しかし幕府の方々は違っていた。我々に人としての尊厳を認めてくれた。幕府の方々の下でなら人として生きていけると思った。
信仰は心を救うもの。
人として生きていけるのであれば信仰は必要ではないのかもしれないと考え、信仰を捨てさせることを模索していた。
いや、捨てるのではなく心の中に持ち続けたまま、生きていけるようにすることを模索していた。
日ノ本と伴天連が分け隔てなく生きていける世が来るまで、心の中に思いを収め生きていけるようにすることを模索していた。
答えが間に合わなかった。
もう四郎はこの世にはいない。
だが四郎の思いはまだ死んではいない。
俺はまず楓の元へ向かった。自分の身が危険になると分かった上で、救出に向かった人だ。一番救い出したい人だろう。
いきなり平手打ちを喰らった。
何故、すぐ駆け付けなかった。何故、守れなかった。などの責任を問われるものや罵詈雑言が飛んできた。
切支丹を捨てろと言ったらさらに殴られ、声を荒げられた。
帰れと言われ突き飛ばされて、短剣を突きつけられたが引き下がる訳にはいかなかった。
「例えその短剣で突き殺されようとも俺はこの場を引く訳には行かない。何故ならこれは四郎の願いだからだ」
突き刺されて死んでもいいと思った。むしろ四郎の願いが叶えられないのであれば、俺なんか死んだほうがいいと思った。
俺はそれくらいの覚悟で楓と向き合った。
毅然と言い切った俺の態度を見て、楓は突きつけていた短剣を落とし顔を両手で覆い泣き崩れた。
泣き崩れている楓に向かって更に屹然と言い放った。
「これは四郎の願いである。一人でも多くの者を説得しなくてはならない。泣いている場合ではない」
四郎を失い、切支丹まで捨てなくてはならない。身を切り刻まれるような思いだろう。
でも、それでも四郎は生きろと言っている。俺達はその願いに従わなくはならない。
四郎の思いを死なせてはならないのだ。
本丸に戻ると指揮官達が軍議を行なっていた。もう四郎はこの世にいない。天の御子様を救いたいからという大義名分はなくなっている。
もう手打ちにしても良いと思われる。
「我々は四郎、及び同志達の魂が安らかなることを願う。故に和睦はない。一人でも多くの幕府側の人間を討ち取り道連れとする」
父上の甚兵衛殿はそう言い切っていた。そして多くの者達がその言葉に賛同していた。俺は意見しようと思い口を開こうとしたら制された。
「大蔵、お主達百姓は四郎の言いつけ守り、早う城を立ち去れ」
皆に見せていた厳しい表情と違って、俺には穏やかな表情で語りかけてきた。あとは切支丹の問題、切支丹でない者は退城すべきだと言っていた四郎の言葉を思い出す。
甚兵衛殿も同じ思いでいるのだろう。
なんとか説得をしようと試みたが、お主達が無事に退城するには弾除けになる者が必ず必要となる。
我々は切支丹を捨てることなど出来ぬ。四郎がいなくなった今、せめてお主達の弾除けとなり死のう。そう言ってきた。
返す言葉もなかった。
確かに松平伊豆守信綱に手出しするなと命じられていたとしても、俺達は多くの幕府側の兵を討ち取っている。
前線にいる兵の憎悪は相当なものだろう。無事に退城できる保証は無い。弾除けになる者は必ず必要となる。
「ならばせめて、語り部を残していただきたい」
「語り部とな?」
「退城してしまえば、俺は皆様方の最後を知る術がありません。皆様方の最後を後の世に伝える、語り部を残して頂きとうございます」
端座し額が床に付くくらいにまで下げ懇願した。一人でも生き残って欲しい、そう願っての言葉だった。
「なるほど、それは必要かもしれないが、はてどうしたものか」
甚兵衛殿は顎に拳を当て考え込み出す。
「俺に考えがあります。内通者を出してみては如何でしょうか」
「内通者とな?」
ある者に城内の様子を密告させ、敵との内通が露呈したとして監禁する。相手が武士道精神を持つ者であれば、監禁されてしまっている内通者を討ち取るような真似はしないだろう。そう思った。
「遅れて合流してきた旧島原藩主、有馬直純は事を納め手柄を上げるべく画策していると聞きます。話し合いで解決しようと談合を持ちかけてきているそうです。有馬家の家臣だった方であれば、容易に内通できると思われます」
「相変わらずの器量の良さよのう」
大人達は俺の発案に感心した様子だった。
それであれば、語り部には山田右衛門作殿が適任だろうという声が上がった。その声に山田殿はかなり抵抗していた。
拙者も皆と共に最後まで戦うと、かなり抵抗していたようだった。
が、最後は大蔵だって断腸の思いを受け入れているんだ。大人のお主が駄々をこねてどうする。と言われ渋々説得を受け入れていた様子だった。
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