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第四章

第七話 大蔵、お主は退城しろ

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 耳鳴りがする。太鼓の音、大勢の人が地面を踏み締める音、大勢の人の喊声が耳から離れない。
 幕府軍が進軍して来る光景、あれは恐怖でしかない。最前線であの光景を見た者達は尚更だろう。

「はぁー、何言ってんだよ。俺達が勝ったんだぜ。恐怖心なんてねぇーよ。彼奴等の尻尾巻いて、逃げて行く姿が二度も見れて気分爽快よ」

 大蔵はそう言って奇抜な構えをして見せてきた。

 此奴に相談しても無駄のようだ。

 昨日一番の激戦だった三之丸に行ってみると皆、笑顔で挨拶をしてくる。昨夜はゆっくり寝れましたかと問うと、『気分が高揚してしまい寝れませんでした』と、こぞって意気揚々に語ってくる。

 うーん、私の方がおかしいのだろうか。

 取り敢えず、皆が元気そうなので何よりである。

 今日の幕府軍はそれぞれの陣所に籠っているようで大きな動きは見られない。皆が奮戦してくれたお陰で、幕府軍の総攻撃を二度にわたって撃退することができたのだが、そろそろ妥協案を探らねばならない時期だろう。

 皆の奮戦には感謝でしかない。本当に頑張ってくれている。

 次は私が頑張る番だ。

 一度目の攻撃から二度目の攻撃まで七日ほど間が空いている。次の総攻撃まで数日猶予があると想定できる。
 私達の意志の強さは幕府側にも十分伝わっているはず、上手くことが運ぶよう模索しなくてはいけないのだが、如何すべきだろうか。

 新兵衛に託した書状は幕府軍上使、板倉重昌殿に届いているだろうか、板倉殿の元に届いてさえくれれば有益な返答を返してくれると思うのだが。

 今のところ返答はまだ無い。

 板倉殿は九州に到着すると直ぐに軍令を発し、兵士に規律を守るよう厳命を下した。これにより私達は人としての尊厳が守られることが保障された。
 唐津藩主、島原藩主とは全く違った対応だった。この方なら私達の意見を聞いてもらえるのではないかと思った。

 両藩主とも私達を虫けら同然に扱い、容赦なく食糧を取り上げ、容赦なく命を奪ってきた。話し合えるような相手ではなかった。

 しかし、板倉殿は身の安全を保障する故、弱き者を戦いに巻き込むなと言ってきた。

 この提案には驚いた。立派な方だと思った。

 籠城して戦うには多くの食糧が必要になる。普通に考えれば戦えぬ者まで抱え込むのは困難を伴うことになるだろう。
 だから深江村の老婆様は共に籠城することを拒否していた。自分達が足手まといになることが分かっていたからだ。

 だが、私は村に置いていくことなど出来ないと考えた。何故なら今までの経緯が全てを物語っているからだ。
 残して行ってしまったら何をされるか分からない。藩側からどんな酷い仕打ちをされるか分からない。だから共に籠城することを勧めた。

 しかし、板倉殿は身の安全を保障し、弱きものは巻き込むなと言ってきた。板倉殿にとっては何の利益もない提案だろう。ようやく話がわかる常識的な方が来たと思った。

 板倉殿は食糧の全てを奪い取るような非常識的な行動はして来ないだろう。ただ切支丹信仰を認めてくれるかどうかは不透明である。

 長年私達は圧政により雑草や木の根、とても食糧とはいえないものを口にし飢えを凌いできた。心が荒み、生きることを諦める者も多数でた。

 その荒んだ心を救ってくれたのが信仰だ。切支丹を信仰することによって私達は救われていたのだ。
 切支丹を信仰することは私達にとって糧に等しいのだ。だから切支丹信仰を捨てよ。と、言われても捨てる訳にはいかないのだ。それは心を捨てる事に等しいからだ。

 心を捨てる事、それは人にとって死にも等しいことだ。

 そんなことを考え難しい顔をしながら敷地内を散策していると、大蔵が走り寄ってきた。

「四郎、遂に、遂に来たぞ。幕府側からの矢文だ」

「なんだって、そうか、遂に来たか。大蔵、皆を集めてくれ」

 本丸の大広間で書状を開封しようと思い、皆を集めるよう指示を出した。程なくして大広間は大勢の人で溢れかえることとなった。

 集まって来た者達の表情は一様に固く、どのような事が書かれているのだろうかと、固唾を飲んで見守っていた。

 私が代表し書状を読み上げる事になった。

 焦る気持ちを抑えゆっくり開封し、皆の心の準備は良いかどうか皆の顔を見渡してから書状を読み始めた。

 内容は先刻の戦いぶり誠に見事なり。と、こちらに敬意を払った言葉から書き出していた。一文、一文読むたびに大きな反応が返ってくる。
 我々の実力を甘く見るからそうなるんだとか、逆賊の分際で神の使者に手向かうなど百年早いわ、などの声が飛び交う。

「これまでの未納の年貢は全て免除」

「おぉーっ」

 その一文を読み上げた時、周りにいた者達はより一層高揚し大きな声を上げ、歓喜の声となり広がっていった。

「この先も数年にわたり年貢を優遇し」

 その一文に再び大歓声が上がり室内中に広まった。まだ書状を読み終わってもいないのに室内を飛び出していく者までいた。早く外の連中にも知らせてやりたいと思ったのだろうが、勇み足にも程がある。

 私は視線を書状に戻すと先を読み進んだ。

「島原藩主、松倉勝家及び唐津藩主、寺沢堅高は厳罰に処す」

 更に大きな歓声が沸き起こった。この一文を聞いて、飛び上がって喜ぶ者、抱き合って喜びを分かち合う者、感極まって泣き出す者までいた。

 この一文が一番皆の心に響いたようだった。同志の死に何もすることができず、権力に屈しどれだけ辛い思いをしてきたことだろう。
 どれだけ自分の心を押し殺し生きながらえていたことか、その思いがようやく晴れたのだろう。皆の喜び合う姿を見て本当に嬉しくなった。

「これこれ皆の衆、まだ読み終わっておらぬ最後まで黙って聞かぬか」

 皆の振る舞いを制した父上だったが、目からは涙が溢れていた。この中で一番泣いているように思われる。
 決起すると決めてからどれだけの月日が経ったことだろうか、人目につかぬように画策し続け、誰よりも一番気苦労が絶えなかったことだろう。

 その思いが目から溢れているように思えた。

 と、ここまでは私達にとって想像していた以上の提案だった。この上のない提案だった。だがこの先の文章は私達には決して容認できるものではなかった。

「伴天連が我が国を支配下に置こうと模索しているようである。切支丹信仰者を足掛かりに日ノ本を侵略しようと企んでいるのは火を見るより明らかである。故に切支丹信仰を認めることは断じてできない。切支丹を名乗るものは厳罰に処す」

「ただし切支丹を捨てると申すのなら、今回のことは全て不問に処し投降を許す」

「なんだって、ふざけるな。厳罰に処すとか投降を許すとか偉そうに言いやがって。どっちが勝ってると思っているんだ。お前等なんかに上から言われる筋合いはない。勝手なことばかり言ってんなっ」

 その一文に気落ちしている切支丹の者達を察してなのか、大蔵がそう啖呵を切った。

「大蔵、切支丹でない者を連れ退城してくれ」

 百姓達の望みは叶ったのだ。お主達はもう戦う必要はない。

 ここからは切支丹としての戦いだ。

 大蔵はもう関係ない。
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