天草四郎は忍術を使えた!

加藤 佑一

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第四章

第五話 挟撃を受け絶体絶命

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 今年の冬は比較的、暖かいような気がする。

 冬が暖かかった年の次に迎える夏は長雨続きになることが多い。大蔵はそう言っていた。

 来年の夏は長雨の年となるのだろうか。

 比較的暖かいといっても朝晩はかなり冷えるようになってきている。皆は寒さに耐え忍んではいないだろうか。

 心配である。

 睨み合いが続き、静かな朝を繰り返していた。

 一度目の総攻撃を跳ね返した後の七日間は、幕府軍に目立って大きな動きは見られなかった。
 大筒や鉄砲の音は恒常的に鳴り響いていたが、被害という被害はないように思われる。

 そして迎えた八日目の朝、三之丸の方向、北側から立花勢、松倉勢、板倉勢、有馬勢、鍋島勢と陣形が整えられていた。

 ここ数日とは違った毛色が感じられる。

「今日は攻めて来るかもしれないな」

 大蔵もきな臭い気配を感じ取ったのだろう。ここ数日と何かが違う感じがする。攻め込んで来るかもしれない。そんな様相を呈していた。

「皆の者ー、逆賊が陣形を整えつつある。どうせ直ぐに尻尾を巻いて逃げると思われるが、ゆめゆめ油断されぬように。懲りもせず、でうす様に弓引き続ける逆賊どもに今日こそ引導を渡してやるぞーっ」

「おーっ」

 皆に笑いが広がった。

 いやいや、油断しているのはお主だろ。なんだその言い草は。少し窘めてやろうかと思ったが、大蔵の目は鋭く輝いていた。
 油断しているような者の目には見えなかった。皆を緊張させないように言った言葉なのだろう。窘めるのは思いとどまる事にした。

 東の空に陽の光が登り始めた頃、三之丸方面へ立花、松倉勢が、天草丸方面へ鍋島、有馬勢が移動を始めた。

 三之丸正面に立花勢、三之丸、二之丸の中間に松倉勢、二之丸正面に板倉勢、二之丸、天草丸の中間に有馬勢、天草丸の正面に鍋倉勢が陣を整え出した。

「不味い、挟み撃ちにする気じゃなこれは」

 二之丸の見晴し台から身を乗り出しながら蘆塚殿、宗意殿が声を上げる。

 三方向から同時に攻撃を仕掛け、劣勢になっている箇所へ直ぐに援軍を向かわせることが出来るような配置にしているのだろうか。

 それぞれの守備兵に緊張が走る。

 皆の者、落ち着けー、幕府軍など敵にあらず。今度は我々が撃退し二之丸の奴等に、我々の強さを見せつけるぞー。と、三之丸の方から檄が飛んでいるのが聞こえてきた。

 おそらく三之丸にいる大矢野松右衛門殿の声だろう。ここ最近、前回の戦いで見事幕府軍を撃退した二之丸で指揮を取っていた蘆塚忠右衛門殿、森宗意軒殿の態度が鼻につくとか言っていた。

 手柄を立てて見返してやりたいと強く思っていることだろう。気合十分のようだ。

 立花勢は前回攻め込んで来た鍋島勢より手勢は少ないように見えるが、勇猛果敢な人材が揃っていると聞いている。油断ならない相手だ。松右衛門殿の手腕の見せどころだろう。

『どん、どん、どん』

 陽がさらに登り上がった時、太鼓の音が鳴り響いた。

「来るぞーっ」

 進軍の合図だろう。前回同様、威嚇の意味も込めているのか、大きな音を立てるように強く地面を踏みしめ音を響かせ上げる。

 前回は地鳴りのように響いてくる足音に震え上がってしまったのだが、今回は更に恐怖心を湧き起こさせるためなのか喊声も上げている。

 どんどんどんと太鼓の音に合わせ地面を強く踏みしめ音を響かせ、一歩踏み出すたびに、『おっ、おっ、おっ』と低く唸るような声を上げていた。

「動じるなーっ」

 動じるなと言っている松右衛門殿の声が一番震えているように聞こえた。

 当然だろう。二之丸にいる私もあの足音と喊声には恐怖感を覚える。三之丸にいる者達は尚更だろう。

 見渡す限りいっぱいに広がっている人の群れが大きな音を響かせ、不気味な声を上げ迫って来るのだ。目の前でそんなものと対峙している三之丸にいる人達の恐怖感は半端なものではないだろう。

「凄い迫力だな。あ奴等大丈夫か?」

 大蔵も心配そうに三之丸の方を覗き込む。

 最前列には弾除けの竹束を抱えた者達が隙間無く並べられている。あれだけ隙間なく並べられたら、撃退するのは難しいだろう。

 その時、太鼓の音が止まった。

 最前列の者が竹束を地面に置いたと思ったらそれと同時に破裂音が響き渡った。

 城壁に着弾し衝突音が鳴り響き、煙が次々と上がっていく。そして多数の悲鳴が上がった。

「動じるなー、まだ遠い。当たっても死にはせん」

 銃撃され反撃の為撃ち返す者が出たが、窘め引きつけてから発砲するよう命じる。

 再び松右衛門殿の声だった。同じく声は震えているようだった。蘆塚殿、宗意殿に遅れをとる訳にはいかないと、必死で恐怖心と戦い指揮を取っているのだろう。

 再び太鼓の音が鳴り響いた。

 最前列にいる者達は再び竹束を抱え上げると、喊声を上げ、地面を踏みしめる音を響かせ前進して来る。

 そして、数歩進むと止まり、撃ってくるを繰り返す。

 敵が射程圏内に入ったのを確認し号令が響き渡った。

 三之丸側から無数の破裂音が響き渡る。

 銃弾が立花勢の前衛に襲い掛かった。

「駄目だ。足を止められない」

 竹束が盾となり何の損傷も与えられないようだった。

 三之丸側からいくら銃撃しても立花勢は足を止める事なく同じように喊声を上げ、大きな音を響かせ地面を踏みしめながら進み、太鼓の音が止むと銃撃してくるのを繰り返す。

 銃撃を受けても城壁が銃弾を阻み損害はでてないようだが、三之丸の者達が恐怖で震え上がっているのが風に乗り伝わってくる。

 松右衛門殿が前回の大蔵のような演説をしてみたようだが、皆の恐怖心は拭えてないようだった。

「不味い、不味い、これは不味いぞー。あんな震えた声じゃ、心に響かない」

 隣でその様子を見ている大蔵も心配の声を上げた。

 少しずつ、少しずつだが確実に近付いて来てしまっている立花勢に、迎撃している銃撃隊に焦りが見られるようになり、狙いが乱雑になっているように思われた。

「弓隊、前へー」

 銃弾を完全に防がれてしまっているので、弓矢を使って竹束を持つ者の後を迎撃しようと考えたのだろう。弓隊を前に出し、一斉に放てるよう準備を整えさせる。

 準備が整った隊から射るよう命令が下された。

 矢が雨のようになり立花勢に襲いかかった。

『どどん、どどん、どどん』

 その時、進軍の合図とは別の拍子の太鼓の音が鳴り響いた。その音に合わせ立花勢は背負っていた板を上空に掲げた。

 雨のように降り注いだ矢だったが、掲げられた板により矢が封じられ、弓矢隊の攻撃でも損害を与えることができなかった。

 立花勢の足を止めることができない。

 三之丸から絶望している民達の悲鳴にも似た声が響いてくる。

 この様子を二之丸から見ていた私は、援軍を向かわせるべきか悩んだ。ただ目の前には板倉勢が控えている。不用意に動くのは危険かもしれない。援軍を出し二之丸が手薄になった時を見計らって攻め込んで来るかもしれない。

 私が悩んでいるその時、反対側、天草丸の方角からも太鼓が鳴り響きだした。鍋島勢が前進をはじめたようだ。

 同じように太鼓の音に合わせ、わざとらしいくらいに地面を強く踏みしめ、音を響かせながら前進してくる。

 そしてこちらも立花勢と同じく『おっ、おっ、おっ』と不気味に聞こえる喊声を上げている。

 鉄砲、弓矢で迎撃しようとするが、立花勢と同じく最前列がしっかり防いでしまい隙が見られず、損害を与えることが出来ない。

 天草丸の敵軍も前進を止めることができない。

 鉄砲、弓矢が利かない、このままでは、、。


「四郎、大丈夫だ。俺達はもう一つ別の隊を用意していることを忘れるな」

 絶望感で打ち拉がれていた時、大蔵が余裕の笑みを浮かべながらそう言ってきた。

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