天草四郎は忍術を使えた!

加藤 佑一

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第四章

第三話 幕府軍、攻撃開始

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 早朝、稜線に陽の光が広がり明るくなってきた頃、丘の麓が騒めき始めていた。刃が揺れる音、鎧が軋む音、人々の声が綯い交ぜになり風に乗って運ばれてくる。

 横一列に並んだ兵が一列、二列、三列と増えていき、隊列となっていく。そして隊列となった塊が一つ、二つ、三つと増えていき、陣形となる。

 陣形は二之丸に向き合うように整えられつつあった。

 人、人、人、見渡す限り人で溢れている。これほどの数の人が集まっているところなど見たことなどない。

 指揮にあたっている者達が動揺している民達に、落ち着け、落ち着けと仕切りに言って回っている。

 私もそうしなくてはならないのだろうが、体が動かなかった。

 目の前の人の塊が今からこちらに押し寄せてくることになるのだ。

 矢や銃を撃ちまくり、刃を持って殺しにくるのだ。

 防ぐことが出来るのだろうか。そう考えると体が動かなかった。

「四郎様、四郎様、総攻撃が始まるようですって、新兵衛がいたら焦りながら走ってきそうだな」

 体を強張らせて緊張している私を察してなのか、大蔵が冗談を言ってきた。

 新兵衛は上手く立ち回ってくれているだろうか。いや、立ち回ってくれていることだろう。新兵衛の心配はする必要はない。むしろ心配なのはこっちの方だ。

 大蔵が自分の口元を指差している。私の口を見ろと促しているようだった。そこで私は初めて自分の唇を強く噛み締めていることに気が付いた。

 きつく結んでいた口を開くと、大量の空気が体に入り込んでくるような気がした。そこで幾分、体の緊張が和らいだような気がした。

 無意識で自然としてしまっていたようだ。大蔵が新兵衛の口真似をしてきたのは、私の口を開かせようと思っての行動だったのかもしれない。

「四郎がそんなに難しい顔をしていたら民達が動揺してしまうぞ」

 私は旗頭、皆の動揺を誘う訳にはいかない。

「皆の者ー、体が動かなくならないよう、準備されよー」

 寒い朝だった。寒さと緊張で手足が冷たくなっている。大蔵のお陰で少し落ち着いた気がして、ようやく民達に声を掛けることができた。

 私の声に呼応していざとなった時にすぐに動けるよう、悴まないように手足を擦り合わせたり、動かしたりして温めはじめた。

 皆、どことなく動きがぎこちない。緊張からなのだろうか、不安からなのだろうか、それとも恐怖心からなのだろうか。


『どん、どん、どん』

 東の空に陽の光が登り上がった時、けたたましい太鼓の音が鳴り響きだした。進軍の合図なのだろう。遂に総攻撃が始まるようだ。

「皆の者ー、構えーっ」

 指揮官達の檄が飛び、緊張が走る。

 遂に来る。

 幕府軍は二之丸前に横一列になり前進してくる。時々、大筒、鉄砲の音が鳴り響く。音が鳴り響くたびに皆、出どころを探し、辺りを見渡すような仕草をしている。

 指揮にあたっている者達が、相手の威嚇にいちいち動じるな。こちらは壁の内側、向こうは丸裸。撃ち合いになれば負けるはずはない。十分に引きつけてから一斉射撃じゃ。と、繰り返す。

 土手を越えたら一斉射撃。時が来るのを待ち、皆、集中しているようで城内に静けさが広がる。

 太鼓の音と共に幕府軍は一歩、一歩と歩み寄ってくる。こちらを威嚇しているつもりなのだろうか、一歩踏み出すたびにわざとらしいくらいに大きな音を出し地面を踏み締めている。

 大勢で踏み締めている為、地鳴りとなって響き渡る。

 その響きが体に伝わってきて震えとなった。

 恐怖心が広がる。あんなもの止められるのだろうか。逃げ出したい気持ちを必死で抑える。その場にいる全員が同じ事を思っていたのではないだろうか。

「皆の者ー、聞いてくれーっ」

 その時、城内中に響き渡るような声が聞こえてきた。大蔵だった。

「目の前にいるのは人にあらず。でうす様に弓引く、逆賊なり。逆賊の手により多くの同志が無念の死を遂げてしまったことを忘れるなーっ」

「恐れることなど何もない。今が同志の仇を討つ絶好の好機。同志の魂は我々と共にある。同志の魂と共に勝利を掴み取るべく、全力で戦うぞーっ」

「おおぉーっ」

 大蔵の掛け声一つでその場の全員が奮い立った。不安そうにしていた者達の目に力が宿り、ぎこちない動きをしていた者達が機敏に動き出す。

 見事な演説だった。私も鳥肌が立ち、震えなど吹き飛んでしまった。

「大蔵、まーた格好つけやがって、お主は切支丹では無いだろ。でうす様とか逆賊とかどこで覚えたんだよ。すーぐ、覚えたての難しい言葉使いたがるんだから」

「五月蝿い」

 大蔵、有り難う。本来なら私がしなくてはならないことを、いとも簡単にこなしてしまう。私にとってお主の存在は本当に大きい。

 圧倒的な数の幕府軍に、簡単に蹴散らされてしまうのではないかと恐怖心が優っていたが、何だか勝てるような気がしてきた。

 角内、三吉、椿、見ていてくれ。


 幕府軍の進軍に、恐怖する者はいない。大蔵の言葉で皆、やる気で満ち溢れている。一斉射撃の時はまだかと待ちわびている。

 同志の仇を討つべく待ちわびている。

 幕府軍の最前列は銃の弾避けの為の竹の束を抱え、盾にして前進している。

 土手を登り、下ろうとした時、不安定な足場と竹束の重さで竹束から手を離してしまう者がでた。

 一発、破裂音が響き渡った。

 一発の破裂音をきっかけにして無数の破裂音が響き渡る。

 破裂音に驚き竹束から手を離してしまう者、竹束に隠れようと身を屈めた瞬間、土手が不安定なため、竹束が転がり落ちてしまって剥き出しになってしまった者などが続出した。

 弾除けが無くなってしまった場所を当然見逃すことはない。無数の銃弾が飛んでくることとなる。

 幕府軍は身を隠すように土手裏に移動する。だがそんなことは想定していた。

 こちら側から幕府軍の前衛が見えなくなる。でもそれは幕府軍からもこちら側の動きが見えないということになる。

「弓隊、前へー」

 指揮官の合図で弓隊が前に出る。

 弓矢は弧を描いて飛んで行く。人力で造った小さな土手など遮蔽物になりようがない。土手裏にいると思われる敵兵に向かって一斉に射られた。

 土手裏に隠れこちらの動きがまったく見えておらず、一息ついていた幕府軍の頭上に矢が降り注いだ。

 敵兵は混乱状態に陥る。熊の襲撃を受けた蜂の巣にいた蜂のように四方八方に散らばって行った。
 中には後退するより前進した方が良いのではと考える者もいたようだが、それも想定していた。そこへ向かって銃弾が次々と襲いかかった。

 敵兵は後退せざるを得なくなる。

「第二弓隊、前へ」

 弓矢は扱う者によって飛距離が変わる。第二弓隊はより遠くに飛ばせる者が集まっている隊だ。

 射程の外に出たと思って安心している敵兵の頭上へ、矢が再び雨のように降り注いだ。

『ど、どどん、ど、どどん、ど、どどん』

 再び太鼓の音が鳴り響いた。

 その音が鳴り響いた途端、幕府軍は踵を返し陣形を整えた位置へ我先に走り出した。

 後退の合図だったようだ。

 幕府軍は城壁に近づくどころか、簡易に作った土手すら越えることができずに後退して行った。

「うおぉー、うおぉー、うおおぉーー」

 城内の者達から大歓喜の雄叫びが各所から上がった。雄叫びは止むことなく幾重にも響き渡る。

 喜びを分かち合い、互いを賞賛する言葉が飛び交う。抱き合って飛び跳ねている者、円陣を組んで飛び跳ねて喜び合う者などが続出した。

 大勝利だった。

 大蔵、有り難う。お主が提案した通り、城の防御力を利用することによってこちら側が終始優位な状況で戦うことができた。

 角内、三吉、椿、見てたか、圧勝したぞ。

 幕府軍など敵にあらず。
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