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第三章

第五話 相手を出し抜く奇策

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「四郎、あれは使えないのか?」

 大蔵の言う『あれ』とは深江村で私が巻き起こした、大つむじ風のことを言っているのだろう。私の意に反して兵の身体ごと吹き飛ばしてしまう結果を生んでしまった『あれ』だ。

「分からぬ。人気のないところで何度か試してみたが、あのような現象は二度と起こせてない」

 そうか。と言って大蔵は黙り込んでしまった。私自身どのようにして発動させたのか分からないし、だいたいこの場には絵像も無い。

「あれは絵像があったから成せたことなのだ。絵像を持っていない今では出来ぬ」

「そうなのか?」

 急に大蔵の目の色が変わった。

「そうなのかも何もないだろ。お主の前で楓から受け取った絵像を掲げていただろ」

 大蔵は何を考えているのだろうか、私がそう答えると熟考に入ったのか拳を口元に当て俯き加減になった。

 大人達が到着し始め私を中心に集まり出してくる。大蔵は熟考に入っているようなので先程言っていた策の適否を尋ねてみることにした。

「うむ。どちらもよく考えられているが、やはり手勢が足りぬ分こちらが不利だな。説得に手間取って仕舞えば反撃に出る前にこちらが全滅してしまう」

「密かに内通し衝突する前にこちら側に取り込めんかの」

 なるほど、その方が初めからこちらが有利な状態で戦えるというわけか。戦は事前準備で決まるというやつだな。

「皆、四郎様に奇跡を見せられ一様に士気が高揚しております」

「士気の高い今こそ動く好機です」

 川の上を歩いて渡られているのを見て、天の御子様に生涯従う所存にございます。そう申している者が多いらしい。
 士気が高いのは良いことだが、皆、無謀ともいえる行動を起こしてしまう。精神論だけでは駄目なのだ、何か策を見つけなければならない。

「弁が立つ者を敵陣営に紛れ込ませ、方々に吹聴させて回らせるのはどうかの」

「今見た四郎様の奇跡を語れば寝返る者が大勢出る。大勢出たところで一気に攻め上がり、富岡城まで攻め入れば人質も助けられるだろう」

「今までは城代、三宅重利の姑息な策により我々は翻弄されてしまいました。四郎様の奇跡により我々は絶好の好機にあります。村人は勝算の有る方に従います。事を優位に進めれば流れは必ずこちらにきます」

 皆、沢山の案や策を出してくれた。しかしどれも願望が入ってしまっていて、決め手に欠けているように感じる。

「それならもういっそのこと、敵陣営に加わってしまいましょうか?」

 大蔵がいきなり声を上げた。その見込み違いとも思えるような提案に、何を言っているんだとその場の全員が言葉を失った。

「大蔵殿?我々の志を忘れてしまわれたのか?」

 全員が落胆した表情を向ける。

「そうではない。松右衛門殿、貴方が言われていたことではないですか。城方の兵は千ほどだが、村人達を加え四千を超えさらに増え続けているって」

 何を言いたいのかさっぱりわからなかった。だが大蔵は自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべている。こういう時は何か妙案が浮かんだときだ。私は黙って先を聞こうと思っていたのだが。

「大蔵殿は志を忘れ、我々を殺そうとしているようだ」

「何だってーっ、此奴に殺されるくらいなら魚の糞になる方がましだー」

「そうだーっ。こんなのに殺されるくらいなら、肥溜めに落ちて溺死する方がましだー」

「貴様等いい加減にしろーっ」

 またいつもの戯れが始まったようだ。

 ふと見上げると陽は完全に落ち、紫色の空が広がってきていた。直に空は紫色で覆われることだろう。大蔵の怒りで真っ赤になっている顔も視認しづらくなってきている。
 
 民の様子を窺うと、まだ半分ほどしかこちらの岸に渡ってきていないようだった。寒空の中、着物を脱ぎ頭の上に縛りつけ、縄梯子を頼りに歩いて来ている。

 暗闇に包まれて仕舞えば、縄だけを頼りに渡るのは困難を増すことだろう。無事に全員渡ってくれると良いのだが。
 心配に思い見ていると、中にはお調子者もいるようで私の真似のつもりなのだろう。水面の上に足を置こうとして沈んでしまい、周りの者から笑われている者がいた。向こうは向こうで楽しそうにやっているようだ。

 民が全員渡り切るまでもうしばらく掛かるだろう。もうしばらく戯れさせておいても問題ないようだ。

 私が十字を切ると心に衝撃のようなものを感じると言っていたので、絵像の力を借りればさらに大きな衝撃を与えることができるのではないかと思い、深江村ではやってみた。

 結果、予想を超えた現象を起こしてしまい、体が吹き飛んでしまうほどの衝撃を与えてしまった。
 絵像がなければ、もしかしたら私が当初想定した程度の衝撃を与えることができるかもしれない。

 大蔵はもしかしたらそれを踏まえた上で、『あれ』をやってみたら良いのではないかと言ったのかもしれない。

「何が天の楽園だ。貴様等など地獄に落ちてしまえ」

「何だとーっ」

 大蔵達の方に目を戻すとまだ続けているようだった。これこれ、程々にしておきなさい。

「絵像が無くとも心に衝撃を与えるくらいなら出来るかもしれない」

 私がそう言葉を発するとようやく戯れは終わったようだ。

「村人達を加え続けて頭数を増やしているなら、俺達も加えて貰いましょう。敵の懐に入り込めれば、内通しやすいし、敵大将に近付ける機会もあるかもしれない」

 やっぱり大蔵だった。抜かりない策だと思った。

 元々は同じ村の者同士なのだ。身元の保証人にもなってくれるだろう。容易に入り込めるだろう。大蔵の言うように敵側に入り込んで仕舞えば、説得もしやすいだろう。

 現状は、二千対四千で私達の側が頭数で圧倒的に不利な状況だ。説得に成功すれば五千対一千という圧倒的に有利な状態で戦えることになる。

 敵の裏をかく、奇策。

 敵の作戦の穴を突く、まさに奇策。

 頭数が増え続けているなら、知らない顔が増えていても不思議がられる事はない。頭数さえ多ければ有利に戦えると考えている、敵の策を逆手に取った策だった。

「大蔵殿も人が悪い。それならそうと早く言ってくれれば良いのに」

「言おうとしたら貴様等が遮って、揶揄し始めたんだろっ」

 また戯れが始まりそうだったので私は口を挟んだ。

「私は祈るだけで良いのだな」

 大規模な奇跡は起こさなくてもいい。軽く驚く程度のもので十分。何か私の存在が分かるようなことをすれば、向こう側にいる者達は猜疑心を持つことなく戦えるようになる。と付け加えてきた。

 こちら側にいる民達は、私が川を歩いて渡っている姿を見ているので士気が一様に高い。

 向こう側にいる者達は言葉だけで説得されても、いくらでも言いようはあるので容易に信用することはできず、半信半疑の状態だろう。
 私の存在を感じられるような奇跡を起こして仕舞えば、こちらの言葉の信憑性が高まる。信憑性が高まれば完全にこちら側に取り込む事ができるだろう。

 寝返らせたところで一気に唐津藩の兵を一網打尽にし、富岡城に押し寄せ人質を解放させる。

「大蔵、最後は私だのみの策ではないか。もっと何か妙案はないのか?」

「四郎がいればこその我が軍だ。四郎が中心になるような策を考えるのは当たり前だろ。四郎には先陣を切ってもらわねば困るからな」

 私も揶揄してやろうと意地悪く言ってみたのだが、上手いこと言いくるめられてしまった。
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