25 / 47
第三章
第二話 幕府、動く
しおりを挟む『そしたら…………今度は私の番でいい?』
亮人と礼火が手を握りながら二人の元へと帰ってくるなり、氷華は亮人の腕をそっと胸元へと抱き寄せる。その力は普段とは違い、か弱いものだった。
『先にお姉ちゃんがデートしても大丈夫だよ。楽しんできてね』
『ありがと、シャーリー』
普段とは違う氷華の姿に亮人は首を傾げる。そこには明らかに普段とは違う氷華がいるからだ。いつもは姉のような安心感がある彼女だが、今亮人の前にいるのは一人の少女だった。それも気弱な少女。
「うん…………いこっか」
『……………………』
小さく頷く彼女の手を引きながら、亮人は歩き始める。少しでも力を入れて抱きかかえてしまえば壊れてしまいそうな彼女の気持ちが流れ出ているように見える。
「氷華……さっきから調子でも悪いの?」
『……………………………』
亮人の問いかけに対して氷華は顔を横に振るだけ。ただ、そこにはクシャクシャになりかけている綺麗な顔があった。
「そっか…………」
手を引きながら亮人は周りを見渡す。午後三時、周りには人が多い。人気がない場所を探すなり、ゆっくりと歩を進める。
「ちょっとこっち来て?」
俯き続ける彼女は誘導されるがままに歩く。歩いた先は非常階段だった。
「氷華? 午後から調子が変だけど、何かあったの?」
『…………さっき』
「さっき?」
『………………………………』
「大丈夫、ゆっくりでいいから話して?」
『午前中、シャーリーと一緒に買い物に行ったときに他の人に能力を使おうとしたの』
「うん……それで?」
『私、亮人に嫌われるようなことをして……それがずっと引っかかって。それに前は自分が妖魔だって意識してたから町にも行かずに、ずっと一人で過ごしてきて、それが亮人と暮らし始めて自分が人間みたいに思えてきて。なんで私って妖魔なの? 本当は人間で亮人と一緒にいたいのよっ!! あとっ、最近私との進展もないし、心配なのよっ!! シャーリーも礼火はあれだけ素直に亮人にアプローチできてるのに、私はあまりできてない。なんかわかんないけど焦ってるのよっ!! もうっ、頭の中がごちゃごちゃでしんどいのよ!!』
さっきまでの表情はどこに行ったのやら、亮人の前にいるのは普段の氷華だ。ちょっと理不尽でありながらも、亮人を楽しませてくれる女子。亮人にとってかけがえのない大切な存在。彼女との出会いから生活が変わった。
「そんな風に感じてたの?」
『そうよっ!!』
氷華の瞳からは涙が流れる。
ここ二か月間の思い出を思い出している彼女の不安げな顔へと手を触れる。
「人か妖魔かなんて、関係ないでしょ?」
屈託のない亮人の表情と言葉に偽りはなかった。
ただ、その言葉が聞きたかった。
氷華の瞳から流れる涙は地面へと触れれば氷となって割れる。一粒一粒落ちるたびに小さな破砕音が非常階段に響き渡る。
嗚咽している氷華。言葉にはならない、爆発している彼女の感情が亮人の胸も濡らしていく。
静寂が占める空間の中で亮人は氷華の煌びやかな髪を梳く。彼女の頭を自分の胸へと優しく押し当てるように。
少しの時間が経過すれば、氷華の嗚咽はなくなっていた。
『ごめん…………ちょっと自分が怖くなったの……』
「そっか……氷華?」
『…………なに?』
目尻を赤くしながらもクリっとした目の氷華は目の前の亮人へと視線を向ける。ただ、向けるけれど亮人のことが見えなかった。いや、正直に言えば見えていた。ただ、氷華はまた目を閉じたのだ。
氷華の目の前にいた亮人は彼女の口を優しく温かく塞いでいたのだ。
嬉しいな……ずっとこうしてたい……。
心の中で呟く氷華は亮人の体を抱きしめる。亮人も氷華と一緒に強く体を抱きしめた。
数秒、数十秒と時間は流れる。
強く抱きしめられていたお互いの体をゆっくりと離す。
「これが俺の気持ちだよ……ただ、ごめん。他にも大切にしたい子もいるんだ。ちゃんと責任は取る。どんな形になってでも……だから、今はこれだけで我慢してほしい」
『うん…………わかってるよ。これは私の我儘だから……亮人が大切にしたいことは私も大切にしたい。本当にね…………亮人とずっとにいたいから……』
「ごめん……」
『謝らないでよ、私が悪者みたいじゃない』
「そうだね、氷華は悪者だ」
お互いに笑顔を浮かべた。たったの数分の出来事だったが、その時間は濃密で濃厚だった。
『それじゃ、デートの続きするわよ?』
今度は氷華が亮人の手を強く握る。
彼女の冷たい手。
ただ、そのひと時の彼女の手には温もりがあった。確かに彼女の手には温もりがあった。そのことに、その時の亮人は気づかずにいたのであった。
「あと、アプローチは……その、しっかりできてるから大丈夫だと思うよ。毎日、すごくドキドキしてるし、正直あれだけされてたら、我慢できなくなりそうだから……逆にもうちょっと優しくしてほしいな」
照れくさそうに頬を掻く亮人の姿に氷華も照れくさそうに頬を赤らめるのであった。
二人が非常階段から屋内へと入る時、そこにはいるはずもないであろう生物が彼らを見つめていた。そして、それは影の中へと吸い込まれるかのようにその場から消えていく。
『二人も契約しているなんて……私にピッタリですね……』
と、その生物からは小さな声で紡がれたのだった。
亮人と礼火が手を握りながら二人の元へと帰ってくるなり、氷華は亮人の腕をそっと胸元へと抱き寄せる。その力は普段とは違い、か弱いものだった。
『先にお姉ちゃんがデートしても大丈夫だよ。楽しんできてね』
『ありがと、シャーリー』
普段とは違う氷華の姿に亮人は首を傾げる。そこには明らかに普段とは違う氷華がいるからだ。いつもは姉のような安心感がある彼女だが、今亮人の前にいるのは一人の少女だった。それも気弱な少女。
「うん…………いこっか」
『……………………』
小さく頷く彼女の手を引きながら、亮人は歩き始める。少しでも力を入れて抱きかかえてしまえば壊れてしまいそうな彼女の気持ちが流れ出ているように見える。
「氷華……さっきから調子でも悪いの?」
『……………………………』
亮人の問いかけに対して氷華は顔を横に振るだけ。ただ、そこにはクシャクシャになりかけている綺麗な顔があった。
「そっか…………」
手を引きながら亮人は周りを見渡す。午後三時、周りには人が多い。人気がない場所を探すなり、ゆっくりと歩を進める。
「ちょっとこっち来て?」
俯き続ける彼女は誘導されるがままに歩く。歩いた先は非常階段だった。
「氷華? 午後から調子が変だけど、何かあったの?」
『…………さっき』
「さっき?」
『………………………………』
「大丈夫、ゆっくりでいいから話して?」
『午前中、シャーリーと一緒に買い物に行ったときに他の人に能力を使おうとしたの』
「うん……それで?」
『私、亮人に嫌われるようなことをして……それがずっと引っかかって。それに前は自分が妖魔だって意識してたから町にも行かずに、ずっと一人で過ごしてきて、それが亮人と暮らし始めて自分が人間みたいに思えてきて。なんで私って妖魔なの? 本当は人間で亮人と一緒にいたいのよっ!! あとっ、最近私との進展もないし、心配なのよっ!! シャーリーも礼火はあれだけ素直に亮人にアプローチできてるのに、私はあまりできてない。なんかわかんないけど焦ってるのよっ!! もうっ、頭の中がごちゃごちゃでしんどいのよ!!』
さっきまでの表情はどこに行ったのやら、亮人の前にいるのは普段の氷華だ。ちょっと理不尽でありながらも、亮人を楽しませてくれる女子。亮人にとってかけがえのない大切な存在。彼女との出会いから生活が変わった。
「そんな風に感じてたの?」
『そうよっ!!』
氷華の瞳からは涙が流れる。
ここ二か月間の思い出を思い出している彼女の不安げな顔へと手を触れる。
「人か妖魔かなんて、関係ないでしょ?」
屈託のない亮人の表情と言葉に偽りはなかった。
ただ、その言葉が聞きたかった。
氷華の瞳から流れる涙は地面へと触れれば氷となって割れる。一粒一粒落ちるたびに小さな破砕音が非常階段に響き渡る。
嗚咽している氷華。言葉にはならない、爆発している彼女の感情が亮人の胸も濡らしていく。
静寂が占める空間の中で亮人は氷華の煌びやかな髪を梳く。彼女の頭を自分の胸へと優しく押し当てるように。
少しの時間が経過すれば、氷華の嗚咽はなくなっていた。
『ごめん…………ちょっと自分が怖くなったの……』
「そっか……氷華?」
『…………なに?』
目尻を赤くしながらもクリっとした目の氷華は目の前の亮人へと視線を向ける。ただ、向けるけれど亮人のことが見えなかった。いや、正直に言えば見えていた。ただ、氷華はまた目を閉じたのだ。
氷華の目の前にいた亮人は彼女の口を優しく温かく塞いでいたのだ。
嬉しいな……ずっとこうしてたい……。
心の中で呟く氷華は亮人の体を抱きしめる。亮人も氷華と一緒に強く体を抱きしめた。
数秒、数十秒と時間は流れる。
強く抱きしめられていたお互いの体をゆっくりと離す。
「これが俺の気持ちだよ……ただ、ごめん。他にも大切にしたい子もいるんだ。ちゃんと責任は取る。どんな形になってでも……だから、今はこれだけで我慢してほしい」
『うん…………わかってるよ。これは私の我儘だから……亮人が大切にしたいことは私も大切にしたい。本当にね…………亮人とずっとにいたいから……』
「ごめん……」
『謝らないでよ、私が悪者みたいじゃない』
「そうだね、氷華は悪者だ」
お互いに笑顔を浮かべた。たったの数分の出来事だったが、その時間は濃密で濃厚だった。
『それじゃ、デートの続きするわよ?』
今度は氷華が亮人の手を強く握る。
彼女の冷たい手。
ただ、そのひと時の彼女の手には温もりがあった。確かに彼女の手には温もりがあった。そのことに、その時の亮人は気づかずにいたのであった。
「あと、アプローチは……その、しっかりできてるから大丈夫だと思うよ。毎日、すごくドキドキしてるし、正直あれだけされてたら、我慢できなくなりそうだから……逆にもうちょっと優しくしてほしいな」
照れくさそうに頬を掻く亮人の姿に氷華も照れくさそうに頬を赤らめるのであった。
二人が非常階段から屋内へと入る時、そこにはいるはずもないであろう生物が彼らを見つめていた。そして、それは影の中へと吸い込まれるかのようにその場から消えていく。
『二人も契約しているなんて……私にピッタリですね……』
と、その生物からは小さな声で紡がれたのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
youtubeチャンネル名:heroher agency
insta:herohero agency
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
わが友ヒトラー
名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー
そんな彼にも青春を共にする者がいた
一九〇〇年代のドイツ
二人の青春物語
youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng
参考・引用
彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch)
アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる