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第三章

第二話 幕府、動く

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 私達は幕府に反旗を翻すつもりは毛頭ない。ただ切支丹を信仰する自由が欲しいだけだ。
 天草、島原で一斉蜂起し私達の意思表示は十分出来たと思っている。後は原城に籠り向こうの出方を伺っていれば良かったのだが、天草は混沌とした状況になってしまっているようだ。

 新兵衛から聞いた訃報に絶句してしまった。椿が生きたまま埋められるという残忍な方法で処刑されてしまったのだ。
 椿は容姿端麗で人気者だった。村人達の怒りは想像を絶するものであったであろう。その怒りは激しいものとなり唐津藩に向かったはずだ。

 しかし唐津藩の奴等は卑怯にもその怒りを収めるために戦えない者を人質にし、反乱軍と対峙することに協力するよう恫喝しているのだそうだ。

 結果、同じ村の者同士でも城方に協力する者と敵対する者とに別れ、相対することとなってしまっている。

 村人達を同士討ちさせ、唐津藩の奴等は高みの見物状態である。

 私が離れて数日しか経ってないというのに天草の状況は一変していた。

 状況は最悪である。

 天草に到着するとそこには暖かく心地良かった風はなく、血生臭い、死臭の混ざる風となっていた。烏が飛び交い、殺気立っているような感じで鳴き散らしている。

 現状を打開しようと血気盛んになっていた人達の心は荒み、一様に暗い表情をしている。絶望感と諦念に打ちひしがれているような状態となっていた。

「ここは本当に俺達の故郷かよ」

 見るも無惨な姿に、大蔵も同じ印象を抱いているようだった。

 高い志を持って蜂起したにもかかわらず、人質を取られてしまい言うことを聞かざるを得なくなってしまった。

 同志と殺し合いをしなくてはならなくなってしまった。

 何に希望を見出せばいいのか分からなくなってしまうのも、致し方のないことなのだろう。

「四郎様」
「四郎様」

 それでも私の姿を見つけると生き返ったように笑顔を見せ集まってきてくれた。

「松右衛門殿、どのような現状ですか?」

 松右衛門殿、父上と共に数年活動をともにしている同志だ。私が尋ねるとこのような現状になってしまい、誠に申し訳ございませんとまず詫びてきた。そして現状を説明し始める。

 向こう側の城方の兵は千もいないと思われるとの事だった。当初は数で圧倒していたが、唐津藩の姑息な策により状況は一変し、こちらが二千に対し向こうは倍の四千以上の兵数になっているようだとの事だった。

 そしてさらに多くの村人達を加え続け、藩側の兵数は増え続けているとか。

 ただ、数で圧倒され押し込まれてはいるが、向こうも本気で戦っていないようでそれほど大きな被害は出ていないらしい。

 人質が取られてしまい致し方のない状態で、知った顔に刃を向けるのはさぞ心が痛むことだろう。

「ここにいる誰もが戦う理由を無くしている状態でございます」

 松右衛門殿は落胆した表情で語ってくれた。

「四郎、唐津藩の兵が千もいないっていうなら、正面衝突している間に回り込んで敵将を討つってのはどうかな」

「それくらいの策なら拙者等も考えた。しかし後方を守っているのが城方の兵なんじゃ。百姓の集まりの兵では数で上回らん限り勝算は見込めん」

 松右衛門殿は大蔵の提案に即座に反応する。

「となるとこちらの兵の半数を回り込ませないといけないのか」

 千の数ともなると隠密行動にはならないだろう。千もの兵が息を殺し気付かれないように後方に回り込むには無理がある。陣形を変えられて、対応されて終わりだろう。

「それともう一つ、回り込むには厄介な状況ができてしまっていまして」

 そう言って松右衛門殿は地図を出し、我が軍がいる位置と唐津藩がいる位置を指し示し出した。

「川を挟んで対峙しているのですか?」

「はい、そのような状況です」

 なるほど状況はより複雑になってしまっているようだ。回り込むにしても川を渡らなければならず、渡れる箇所は上流、下流ともだいぶ離れた場所に位置しているとのことだった。

「だから正面衝突して押し込んで、主力を回り込ませればいいじゃねーのかよ」

「力押しては無理じゃ。数が違いすぎるし、川の中では足が取られるし、身動きもままならない。その状況で正面から向かって行ったら、狙い撃ちしてくれと言っているようなもんじゃ」

 大蔵は相変わらず力押しを提案するが、松右衛門殿は冷静に分析し反論してきた。

「橋はないのですか?」

「焼き落とされてしまいました」

 橋を落として仕舞えばこちら側の進行を妨げることができる。当然それくらいはするだろう。

「向こうの兵の殆どが少し前までこちら側の人間だったんだろ。四郎が行けばすぐ寝返るんじゃねーのか」

 私が向こうの民を説得できるかどうかは定かではないが、確かに切支丹であれば身を投じて天の楽園に行けると考え、人質の犠牲もやむなしとの考えに至るかもしれない。私に賛同する者は多いかもしれない。

 しかし、私はそれを決して望まない。

「四郎様が来てくださったとなれば、そうかも知れぬがどうやって向こう岸まで行く?」

 私の事を過大評価しないで欲しいものだ。説得できるかどうかは分かりません。と言おうと思ったが、打開案を探ろうとしている真剣な表情を見て、言い出すことができなかった。

「上流か下流に行けば橋があるんだろ」

「橋まで行くには一日以上掛かると言っただろ」

「掛かったっていいだろ。何か急ぎの用事でもある訳じゃないんだから」

「それがあるのだ。松倉が近いうちに帰国するとの噂が立っとる」

 自分に自信が持てなくて気落ちしてしまい、大蔵と松右衛門殿が意見をぶつけ合っている間に入れなくなってしまった。自分の弱さを痛感し情けない気分になり、さらに言葉が出なくなってしまった。

「誰だよ松倉って?」

 押し黙ってしまっていた私を察してなのか、大蔵がこちらに視線を向けてきた。

「江戸に出ていた。島原藩主、松倉勝家だ」

 大蔵はそいつが帰国するのが何で問題あるんだよ。と言わんばかりの目を向けてきていた。私はその視線を流し松右衛門殿の方へ視線を送る。

「江戸にいた松倉が動いたってことは?」

「はい、幕府が動いたのかもしれません」

 鳥肌が全身を駆け巡り、心がざわめきだした。遂にきた。心願成就の為の鍵となる人物が動いたかもしれない。気落ちしている場合ではない。私は皆を煽動し旗頭にならなくてはならない存在だ。

「だからなんなんだよ。俺にも分かるように説明してくれ」

「我々はこの場を一刻も早く納め、原城の防備を固め、迎え討つ準備をせねばならないということだ」

 何度も何度も藩に状況を改善するよう直訴してきた。その都度、撥ね付けられ続けた。もう幕府に直訴するしかないと考えた。

 その幕府が遂に動いたのかもしれないのだ。

 こんなところで手間取っている訳にはいかない。心の中に秘めていた思いを成し遂げるため、皆の思いを成し遂げるため、悲願成就させるために私は邁進せねばならない。

「よし、全力で邁進するぞーっ」

「いや、正面突破は駄目だから。どうしたんだよ。いきなりやる気出しちゃって」
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