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第二章

第十二話 大太法師(だいだらぼっち)召喚?

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 一体どのような決断に至ったのだろうか、再び島原兵が進軍を開始した。大蔵の話では隊形を整え銃撃隊を全面に出し、進軍してきているとの事だった。

 父上は島原城に到着したであろうか。到着していれば城の窮状の報せと援軍要請の使者が来るだろう。そうすれば島原兵は城に戻って行くことになる。

 このままこの場に留まるべきか、動くべきか判断に迷うところだ。

「よし、私と大蔵で敵を引き付ける。楓、この者達を連れ原城に向かってくれ」

 私が楓にそう言うと楓は困惑の表情を浮かべた。

「四郎様、私一人では無理です。私が敵を引き付けます故、四郎様が誘導を」

 お腹の大きな女の人、赤子、足の弱いご老人もいる。確かに楓一人で誘導するのは難しいかもしれない。

「四郎、引き付けるのは俺一人で十分だ。二人でやってくれ」

 大蔵はそう提案してきたが私達二人で誘導するより、体力お化けの大蔵が誘導した方が適任と思われる。

「なら私が一人で引き付ける。大蔵と楓で誘導してくれ」

「そんなことできるか」
「そんなことできません」

 大反対を喰らってしまった。私の案が一番の適材適所だと思うのだが二人はどうしても聞き入れてくれなかった。

「分かった。なら皆でこのまま応戦し続けよう。楓、こちらの状況を報告に島原に向かった父上と合流してくれるか?」

「はい。それなら喜んで」

 このまま応戦をし続けていれば、いずれ島原兵は城に戻ることになる。しかし屋敷の壁がいつまで持ちこたえてくれるかは不明だった。せめて楓だけでも逃がそうと思った。

「楓殿、向かう前に一つお伺いしたい。この村に荷車のようなものはありますか?」

 足の悪い方々を荷車に乗せ、馬で引いて行こうと考えたのだろう。やはり大蔵はいつも当意即妙の対応をしてくれる。

「はい。ございます」

 楓がそう言って大蔵を連れ出そうとした時、また激しい銃撃が始まってしまった。無数の破裂音が鳴り響き、屋敷に衝突音が響き渡る。
 しかし不思議だった。屋敷内の者誰一人とて騒ぎだてするような者はいなかったのだ。幼い子供もいるというのにだ。

 これ程の人数が屋敷内に潜んでいたにも関わらず、どうりで屋敷から人の気配が全く感じられなかった訳だ。

 皆、しっかりと前を見据え落ち着き放っている。身を投じることによって死後、天の楽園に行ける。その言葉を信じているからなのだろうか。

 やはり私が導かねば、この者達は無駄に死を選んでしまうかもしれない。そう思った。

 それに銃撃をしている島原兵は、この場にいる者達は守るべき弱き存在であるということを知っているのだろうか。
 きっと知らないことだろう。知ってしまっていたらこれ程、容赦のない銃撃はしてこないだろう。

 銃撃を続けこの場の全員を皆殺しにし、御検分に来た時、真実を知ったらどのような思いになるのだろうか。
 罪悪感に苛まれ平静を保っていられなくなることだろう。この戦、絶対に止めなくてはならない。

「畜生め。四郎、俺が討って出るからその間に逃げてくれ」

 鳴り止むことのない銃声に堪りかねたのか大蔵がそう叫んだ。

「ならん。そんなことさせることなど出来ぬ」

 しばし大蔵と言い争いになってしまう。大蔵は楓殿の銃撃で怯ませた後、俺が討って出て何人か斬り殺して混乱させれば隙ができる。その間に逃げてくれと提案してきた。

「お主がそんなことしなくても大丈夫だ。私は天の御子だぞ。私を信じろ」

 一つ名案を思いつき試してみることにした。引き続き騒ぎ立てている大蔵を何とか説き伏せる。声が人一倍大きい大蔵を黙らせるのは本当に一苦労だった。

「信じろって言ったって、どうするんだよ?」

「いいから任せておけって」

「楓、私が授けた絵像はあるか?」

 私にそう言われると楓は部屋の端へ小走りして行く。向かった先には細やかな祭壇が設けられていて、そこに絵像が祀られていた。

 そっと取り上げ、再び小走りしてこちらに帰ってきて差し出してきた。

「これをどうするんだよ」

「いいから黙って見ておれ」

 不思議そうに覗き込んでくる大蔵を押し退け、絵像を掲げると十字を切った。

 すると、一瞬にして銃声は止んだ。

 ただそれだけではなかった。この周辺全体の音が消えてなくなったような感じがする。
 耳鳴りが響きだし、肌に無数の棘で刺されたような刺激感が広がる。息苦しくなり、視界がぼやけ出したと思った次の瞬間だった。

 雷でも落ちたかのような強烈な衝撃音が響き渡った。全員が身を屈め何が起こったのかと思い、音が鳴り響いた方角を見つめ固まる。

 次の瞬間、屋敷が大きく揺さぶられた。

 揺さぶられ天井が剥ぎ取られた。剥ぎ取られた天井から今まで経験したことのないような強さの風が入り込んできた。

「四郎ー、なんだよこれ、何したんだよ」

「分からん」

 強い風は一瞬で収まったが、その場の全員が壁際にまで追いやられてしまった。今の怪現象を説明できる者はおらぬかと首を忙しなく動かし、誰か答えを知らぬかとざわつきだす。

「四郎、外見てみろよ」

 そう言われ屋敷の外に目を向けると驚きの光景が広がっていた。

 島原兵がいたと思われる場所はまっさらな状態となっていて無に帰していたのだ。そこから放射状に兵が散らばっている。

「四郎、本当に何したんだよ?」

「分からんって」

 そう言うしかなかった。

「これは大太法師の仕業じゃな」

 外の様子を見にきた老婆がそう言った。

「大太法師ってなんだ?」

「神様と共に山や湖を造った巨人じゃて、ここに足を付かれどこかに行かれたようじゃの」

「四郎が呼んだのか?」

「分からん」

 私が十字を切ると何か衝撃のようなものを感じ、心が揺さぶられたような感じになると大蔵が言っていたのを思い出したので、聖水で清めた絵像の力を借りれば更に大きな力を生み出せるかもしれないと思いやってみたのだが、まさかこんな結果になるとは。

「大太法師は神様に呼ばれどこかに行かれたのかもしれぬな」

「やっぱり、四郎の仕業なんじゃねーか」

 私が祈ったから大太法師が現れたのだろうか。

「あーぁ、これはいっぱい死んだな。天の御子様がこんなことしていいのかよ。大量虐殺じゃねーか」

「あ、いや、そ、その、、」

「あはははは、心配すんな。兵達は鎧着てるから多少の衝撃では死にやしないって」

 動揺している私を気遣って大蔵はそう言ってくれたようだが、私の耳にはその言葉は全く入ってこなかった。

「それよりこんな好機は二度とないぞ。皆を連れ早くこの場を逃れるぞ」

 放心状態の私に代わり、大蔵は皆に指示を出し脱出の準備を整えてくれた。準備が大方終わったところで、島原兵のいた場所の辺りがざわめきだしてきた。

「ほら、言った通りだったろ」

 敵兵が生き残っているのなら本来なら悲観すべきなのだろうが、何だか安心するような気持ちでいっぱいになった。

「四郎様、良かったですね」

 私の心の中を見透かしての言葉だろう。楓がそう言ってきた。確かに本当に、本当に良かった。

「楓、報告は頼んだぞ。その際、我々は切支丹。切支丹は身を投じることにより天の楽園に行ける。故に、死など恐れない。それ故、戦えぬ者は我々の手で天の楽園に送ってから蜂起したと方々にふれて回れ」

 皆、ここで玉砕する覚悟だった。生きていると敵側に知れたら弱みにつけ込んでくるかも知れないと思った。

「分かりました」

「流石、御子様。気回しが良いことで」

「五月蝿い」

「それより、大蔵助かった」

「おうよ。お膳立てはお手のものよ」

 助かったとの言葉に、私は何もしてないのに逃げる準備を全て整えてくれてありがとう。と言ったのだと思ったのだろう。

 それもあるのだが、大蔵のお陰で本当に助かった。大蔵があの時、深江村に行こうと言ってくれなかったら、この場にいる者達全員を助けることはできなかっただろう。

 改めて言い直し、この場にいる全員を代表して謝意を述べたいと言うと、照れて下を向いてしまった。

「四郎がいたから助けられたんだろ。俺は何もしてねーよ」
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