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第二章
第四話 三吉、角内、処刑される
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朝目覚め布団を出ようとすると、全身に痛みが駆け巡った。湯島から戻った後、大蔵と共に天草中を回った。
体力お化けの大蔵に付いて回るのは骨が折れた。お陰で全身が痛い。顔をしかめながら二の腕や太腿を揉みほぐす。
痛みに耐えながら体をゆっくり伸ばし、膝に手を置き、よいしょと掛け声を上げながら立ち上がった。
しばらく手足を左右に動かし続けると痛みが心地良くなってきた。頑張った証だろう。
島原の若者達は皆、聡明で敏捷性が高い。こちらも負けてはいられない。
湯島での談合は大変有意義なものだった。私も多くのことを学ばせてもらった。私などいなくてもあの者達なら、見事な戦いぶりを見せてくれることだろう。
表に出ると曇天模様の空が広がっていた。気合の入った掛け声が響き渡ってくる。大蔵だった。剣の稽古をしているようだ。私と違って体に違和感は全く感じていないようだった。
本当にお化けだなと思い笑みが溢れた。
私達の呼びかけにより、弾圧に屈し切支丹を捨てていた者達が立ち返り出していた。誰もが切支丹信仰を隠そうとはせず、救済を求め祈りを捧げている。
役人共が横暴な取り締まりをしてきたら、皆で囲んで我々の権利を主張する。それを皮切りに一斉に蜂起し城に押し寄せ、今の体制を変えるよう詰め寄る。そういう手筈になっていた。
いつどこで蜂起が勃発してもおかしくない状態だ。
私は一人になりたくて自室に籠った。書物に目を通していると雨粒の音が聞こえてきた。雨が降ってきたのかと思い、襖を開け中庭へ足を向ける。
霧雨が降り注ぎ、葉に溜まり大きくなった雨粒がぽたぽたと地面に落ち音を上げていた。いつ頃から降りだしていたのだろうか。
しばらく眺めていると足音が近づいてきた。急を要しているのだろう。忙しない感じでばたばたと鳴り響いている。忙しない足音、悪報を想起させるような足音だった。
「四郎様、四郎様、大変です。三吉と角内が処刑されました」
言葉を失ってしまった。
茫然自失となり五感が奪われた状態となった。何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
駆け寄ってきた大蔵に身体を揺さぶられ、ようやく焦点が合った。
目の前には霧雨に濡れただけとは思えないほどに、ずぶ濡れとなっている新兵衛が立っていた。大きく肩を動かし荒い呼吸をしている。
「、、しっかりしろ」
隣で声を荒げていた大蔵の声がようやく耳に届いてきた。
私はその報告に愕然としてしまう。私にあれほどの強い心をぶつけてきた二人がこの世に存在しなくなっているなど信じられなかった。
目を閉じれば二人に説得された時の光景が、はっきりと浮かび上がる。
大蔵は私の体に手を添え、ゆっくり腰を下ろさせると屋敷の中に入って行き、手拭いを持ってくると新兵衛の身体を拭いてやる。
「おめぇー、ずぶ濡れでねぇーか。これで拭け」
大蔵から手拭いを取り上げると言葉にならない忙しない声で話し出す。
「何言ってるのか、分かんねーぞ」
大蔵は背中を摩り出し、落ち着くよう促す。
「落ち着いてなんかいられねー、三吉、角内が処刑されたんだ」
「三吉、角内って誰だよ」
「新兵衛、お主は無事だったのか」
事態を察したのか父上が飛び出てきて、大蔵の言葉を遮るように新兵衛に声をかける。
「はい、三吉が機転を利かせ自分を匿ってくれたので、何とか難を逃れる事ができました。しかし三吉と角内は島原城に連れて行かれてしまって、、」
ようやく落ち着きを見せたと思ったら、今度は泣き出してしまった。
無念。一斉蜂起の中核を担う若者が早々に離脱してしまうとは。
父上もその報告に腰砕となり天を仰いだ。
「四郎様、それ以上に急を要する報告があります。島原兵が討って出て、口之津に向かっています」
新兵衛はこぼれ落ちる涙を堪え、振り絞るようにして言葉を発した。
口之津とは三吉、角内が住んでいた村がある場所だ。兵は何用で口之津に向っているというのだろうか。
「三吉、角内を処刑したのであれば何用で兵が動くのだ。見せしめに村を焼き払うつもりとでもいうのか?」
父上は疑問顔をしながらそう問い返す。大蔵は状況が理解できてないようで忙しなく首を動かしていた。
「三吉、角内は村に戻ると直ぐに各村を周り、皆に立ち返るよう促し始めたんです。それに気づいた役人共はすっ飛んできて二人をひっ捕えました。手筈ではここで蜂起するはずだったのですが、村人達の動きを制すると自分を匿って言付けをし島原城に連れて行かれてしまったのです」
「言付けとは?」
申し合わせていた手筈を制して言付けをするとは、何か考えがあってのことなのだろうか。
「兵が城の外に出るように仕向けるから、その機に乗じて城攻めをしろ。と、言ってました」
元々考えていた事だったのだろうか、それともその場で思いついた事なのだろうか、どちらにしても三吉が考えつきそうな事だなと思った。
その後、二人がどういう運命を辿ったのか詳しくは分からないそうだが、島原城で棄教を迫られ、拒否したところで処刑されたそうだ。それで検分のため代官が口之津に出向き、二人の処刑を聞かされた村人が怒り狂い代官を殺してしまったそうだ。なので事態を収拾させるため兵が動き出したそうだ。
「ならば口之津に援護を出さねば」
父上がそう声を上げた。
「いいえ、口之津に援護はいりません」
新兵衛はその動きを強い口調で止めた。
「どういうことだ?」
「三吉の指示通り兵が動いた機に乗じて皆は城を攻めるつもりです。蘆塚様、山田様が人を集めながら城に向かっています」
遂に始まったか。
「今は椿が中心になって島原城に向かっていると思われます」
確かに椿は男まさりの気性で統率力もあるし、皆から慕われやすい。しかし城攻めは難しいと言って置いたはず。女子の身では荷が重い。
「言ってる意味が分かんねーぞ。蘆塚殿、山田殿が中心になってるんじゃねーのかよ」
大蔵が口を挟んできた。確かに状況が混沌としてしまっている。
詳しく話を聞くと新兵衛の話では、蘆塚殿、山田殿は人を集めながら進軍し、椿は直ぐに向える者を連れ、先に進軍しているとのことだった。
父上は新兵衛の報告を聞き終える前に、動ける者は直ぐに舟に乗り島原に向かうよう声を出し走り出して行った。私も父上の後を追いかけようと立ち上がると新兵衛がしがみ付いてきた。
「四郎様、それともう一つ報告がありまして、深江村で楓が島原兵を迎え討とうとしてます」
深江村とは島原城から口之津に向かう間にある村だ。何を考えての行動なのだろうか。
「島原兵は口之津に向かっています。途中の村で迎え討とうとしている者がいるなど思ってもいないことでしょう。油断しているだろうからそこで罠に嵌めてやると言ってました」
全く何て無謀なことを考えるんだ。
「勝算はあるのか?」
「勝算などありません。勝てなくても他の者達が城に向かうための時間稼ぎが出来ればいいとの考えです」
「囮になるつもりでいるというのか?」
「はい、恐らくは」
三吉といい、楓といい、何故その様な無謀な行動に出てしまったのだろうか。私が絵像を授けたばかりに後先考えず、勇猛果敢になってしまっているのだろうか。
考えていても仕方ない。一刻を争う状況となっている。もう生死を争う戦が始まってしまったようだ。
体力お化けの大蔵に付いて回るのは骨が折れた。お陰で全身が痛い。顔をしかめながら二の腕や太腿を揉みほぐす。
痛みに耐えながら体をゆっくり伸ばし、膝に手を置き、よいしょと掛け声を上げながら立ち上がった。
しばらく手足を左右に動かし続けると痛みが心地良くなってきた。頑張った証だろう。
島原の若者達は皆、聡明で敏捷性が高い。こちらも負けてはいられない。
湯島での談合は大変有意義なものだった。私も多くのことを学ばせてもらった。私などいなくてもあの者達なら、見事な戦いぶりを見せてくれることだろう。
表に出ると曇天模様の空が広がっていた。気合の入った掛け声が響き渡ってくる。大蔵だった。剣の稽古をしているようだ。私と違って体に違和感は全く感じていないようだった。
本当にお化けだなと思い笑みが溢れた。
私達の呼びかけにより、弾圧に屈し切支丹を捨てていた者達が立ち返り出していた。誰もが切支丹信仰を隠そうとはせず、救済を求め祈りを捧げている。
役人共が横暴な取り締まりをしてきたら、皆で囲んで我々の権利を主張する。それを皮切りに一斉に蜂起し城に押し寄せ、今の体制を変えるよう詰め寄る。そういう手筈になっていた。
いつどこで蜂起が勃発してもおかしくない状態だ。
私は一人になりたくて自室に籠った。書物に目を通していると雨粒の音が聞こえてきた。雨が降ってきたのかと思い、襖を開け中庭へ足を向ける。
霧雨が降り注ぎ、葉に溜まり大きくなった雨粒がぽたぽたと地面に落ち音を上げていた。いつ頃から降りだしていたのだろうか。
しばらく眺めていると足音が近づいてきた。急を要しているのだろう。忙しない感じでばたばたと鳴り響いている。忙しない足音、悪報を想起させるような足音だった。
「四郎様、四郎様、大変です。三吉と角内が処刑されました」
言葉を失ってしまった。
茫然自失となり五感が奪われた状態となった。何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
駆け寄ってきた大蔵に身体を揺さぶられ、ようやく焦点が合った。
目の前には霧雨に濡れただけとは思えないほどに、ずぶ濡れとなっている新兵衛が立っていた。大きく肩を動かし荒い呼吸をしている。
「、、しっかりしろ」
隣で声を荒げていた大蔵の声がようやく耳に届いてきた。
私はその報告に愕然としてしまう。私にあれほどの強い心をぶつけてきた二人がこの世に存在しなくなっているなど信じられなかった。
目を閉じれば二人に説得された時の光景が、はっきりと浮かび上がる。
大蔵は私の体に手を添え、ゆっくり腰を下ろさせると屋敷の中に入って行き、手拭いを持ってくると新兵衛の身体を拭いてやる。
「おめぇー、ずぶ濡れでねぇーか。これで拭け」
大蔵から手拭いを取り上げると言葉にならない忙しない声で話し出す。
「何言ってるのか、分かんねーぞ」
大蔵は背中を摩り出し、落ち着くよう促す。
「落ち着いてなんかいられねー、三吉、角内が処刑されたんだ」
「三吉、角内って誰だよ」
「新兵衛、お主は無事だったのか」
事態を察したのか父上が飛び出てきて、大蔵の言葉を遮るように新兵衛に声をかける。
「はい、三吉が機転を利かせ自分を匿ってくれたので、何とか難を逃れる事ができました。しかし三吉と角内は島原城に連れて行かれてしまって、、」
ようやく落ち着きを見せたと思ったら、今度は泣き出してしまった。
無念。一斉蜂起の中核を担う若者が早々に離脱してしまうとは。
父上もその報告に腰砕となり天を仰いだ。
「四郎様、それ以上に急を要する報告があります。島原兵が討って出て、口之津に向かっています」
新兵衛はこぼれ落ちる涙を堪え、振り絞るようにして言葉を発した。
口之津とは三吉、角内が住んでいた村がある場所だ。兵は何用で口之津に向っているというのだろうか。
「三吉、角内を処刑したのであれば何用で兵が動くのだ。見せしめに村を焼き払うつもりとでもいうのか?」
父上は疑問顔をしながらそう問い返す。大蔵は状況が理解できてないようで忙しなく首を動かしていた。
「三吉、角内は村に戻ると直ぐに各村を周り、皆に立ち返るよう促し始めたんです。それに気づいた役人共はすっ飛んできて二人をひっ捕えました。手筈ではここで蜂起するはずだったのですが、村人達の動きを制すると自分を匿って言付けをし島原城に連れて行かれてしまったのです」
「言付けとは?」
申し合わせていた手筈を制して言付けをするとは、何か考えがあってのことなのだろうか。
「兵が城の外に出るように仕向けるから、その機に乗じて城攻めをしろ。と、言ってました」
元々考えていた事だったのだろうか、それともその場で思いついた事なのだろうか、どちらにしても三吉が考えつきそうな事だなと思った。
その後、二人がどういう運命を辿ったのか詳しくは分からないそうだが、島原城で棄教を迫られ、拒否したところで処刑されたそうだ。それで検分のため代官が口之津に出向き、二人の処刑を聞かされた村人が怒り狂い代官を殺してしまったそうだ。なので事態を収拾させるため兵が動き出したそうだ。
「ならば口之津に援護を出さねば」
父上がそう声を上げた。
「いいえ、口之津に援護はいりません」
新兵衛はその動きを強い口調で止めた。
「どういうことだ?」
「三吉の指示通り兵が動いた機に乗じて皆は城を攻めるつもりです。蘆塚様、山田様が人を集めながら城に向かっています」
遂に始まったか。
「今は椿が中心になって島原城に向かっていると思われます」
確かに椿は男まさりの気性で統率力もあるし、皆から慕われやすい。しかし城攻めは難しいと言って置いたはず。女子の身では荷が重い。
「言ってる意味が分かんねーぞ。蘆塚殿、山田殿が中心になってるんじゃねーのかよ」
大蔵が口を挟んできた。確かに状況が混沌としてしまっている。
詳しく話を聞くと新兵衛の話では、蘆塚殿、山田殿は人を集めながら進軍し、椿は直ぐに向える者を連れ、先に進軍しているとのことだった。
父上は新兵衛の報告を聞き終える前に、動ける者は直ぐに舟に乗り島原に向かうよう声を出し走り出して行った。私も父上の後を追いかけようと立ち上がると新兵衛がしがみ付いてきた。
「四郎様、それともう一つ報告がありまして、深江村で楓が島原兵を迎え討とうとしてます」
深江村とは島原城から口之津に向かう間にある村だ。何を考えての行動なのだろうか。
「島原兵は口之津に向かっています。途中の村で迎え討とうとしている者がいるなど思ってもいないことでしょう。油断しているだろうからそこで罠に嵌めてやると言ってました」
全く何て無謀なことを考えるんだ。
「勝算はあるのか?」
「勝算などありません。勝てなくても他の者達が城に向かうための時間稼ぎが出来ればいいとの考えです」
「囮になるつもりでいるというのか?」
「はい、恐らくは」
三吉といい、楓といい、何故その様な無謀な行動に出てしまったのだろうか。私が絵像を授けたばかりに後先考えず、勇猛果敢になってしまっているのだろうか。
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