10 / 47
第一章
第十話 甲賀忍者動く
しおりを挟む
「お頭、大収穫ですな」
今年は暑い夏だった。雨は少なく日照り続きだったが、湧水が豊富なこの里は無事に実りの秋を迎えることができた。これでまた一年、平穏な生活を送ることができる。
戦という戦がなくなり二十年余り、忍者として戦働きができなくなったいま、田畑の実りは我々の生命線となっていた。
秋のこの時期は忙しい。食材を天日干しにして自然乾燥させ乾物を作ったり、野菜を塩や米糠、味噌などで漬け込んで漬物を作らなくてはならない。
たわわに実った食材を抱え帰路につきながら作業工程を頭に思い浮かべる。
「お頭ー、終わったのであればこちらも手伝ってくださいよー」
田んぼの脇を通りがかると若い衆が声を掛けてきた。三人掛かりで朝から作業しているのにまだ工程の半分も終わってないようだった。
「何しておる、術を使え、術を」
「さっきからやっとるんですが、上手くいかんのです」
甲賀の里で鍛錬を続けている者は十名ほどで最近は皆、鍛錬に身が入っていない。
特に大きな戦を経験していない若い衆は、農作業の片手間に遊び半分で鍛錬を続けている程度だった。
だが、それで良いと思っている。今は太平の世。今後は人同士が殺し合いをするような世の中にならないで欲しいと切に願う。
拙者等の存在などこれからの世には必要無い。
「仕方のない奴らだ。手本を見せてやるからしかと見とくのだぞ」
胸の前で指を組み、人差し指だけを立てる。念を込め気合いと共に解き放った。
「忍法、かまいたちの術」
「おーっ」
刃と化した拙者の念は稲を根本から切り倒し次々と刈り取っていく。熟練した忍術を見た若い衆は驚きの声を上げ賞賛していた。
「流石お頭」
「憧れるなー、拙者もかまいたちの術を使いこなせるようになりたい」
「でもお頭、田んぼ中に稲撒き散らせてしまったら稲木どこに立てるのですかー?」
刈り取った稲は自然乾燥させなくてはならない。乾燥させるため、稲を束ね棒などに立てかけておかなくてはならないのだが、田んぼ中に稲が散らばってしまいその棒を立てる場所が無くなってると不満げに言ってきた。
「それくらい自分達で致せ。働かざる者は食うべからずじゃぞ」
拙者に怒鳴られると若い衆は田んぼ中に広がった稲を渋々片付け始めた。全く生意気な奴らだ。だがそれもまた良い。
これからの世は全てが平等でなくてはならない。
「お頭は甘すぎます」
年配者の一人、鵜飼がそう進言してきた。十名の中に年配者は拙者も含め六人いる。拙者が甘いから継承者が育たないでいるのかもしれないが、それで良いと思っている。
これからは忍術使いが必要のない世界になる。
「終わるまで放っておけば良いのですよ」
「そう言うな」
「もっと厳しく鍛え上げれば良いのですよ」
「ならお主らも序でに鍛え直そうかの」
若い衆に対し意地悪く言っているので、意地悪く返してやるとどいつもこいつも視線を逸らし目を合わせようとしなくなった。
汗を掻き体を動かす鍛錬は皆毎日欠かさず行なっているが、忍術の鍛錬は精神的な苦痛を伴うので皆真面目に取り組もうとしない。
拙者以外の年配者は、忍術を今でも巧みに操れる状態なのか甚だ怪しいものだった。
だがそれもまた良い。
「お頭」
家に帰り一人になったところで声が聞こえてきた。声の大きさは小さいのに妙に聞き取りやすい声。特徴的なこの声の主は一人しか思いつかなかった。
「夏見か」
「はっ」
夏見は十名いる中で唯一真剣に鍛錬を続けている忍者だった。若い頃、大阪で戦を経験し自分の非力さを知ってから向上心を高く持ち続けている。
高く持ち続けた向上心のお陰で、今では屈指の実力者となり誰にも劣らないとの自信を持っていた。
その自信故、今の実力があれば仕官することも可能なのではと考え、働き場を探し日ノ国中を飛び回っていた。
「島原に不穏な動きがあるようです」
今でも全国に情報網は張り巡らせてあるので聞き及んでいる。島原、唐津藩では切支丹への弾圧は常軌を逸し、民に苛烈な年貢を強いていると聞く。
民の不満はいつ爆発してもおかしくない状態だとか。
仕官を望んでいる夏見としては戦が起こることは願ってもないことだろう。戦が起これば手柄を上げることができる。しかし何故そのようなことを報告に来たのだろうか。
「してどう動く?」
夏見の真意が読みきれなかったので当たり障りのない返事を返した。
「はっ、引き続き動静を探ろうかと。お頭はどうされますか?」
夏見の気配はこの好機を逃すまいと高揚しているように感じられた。
お頭はどうされますか?と問うてはいるが、実際は一緒に行きませんか?と言いたいのだろう。
共に手柄を立てて、仕官しましょうと誘っているのだろうが、拙者には夏見のような若さはもうないし、今更仕官する気もない。里でゆるりと生涯を終えるのも良いと考えている。
「もうしばらくここで様子を見る」
「承知いたしました。他の者には」
「拙者から話しておく」
拙者は里の暮らしに慣れすぎた。今更戦働きで生きていこうとは思っていない。しかし他の者達、特に若い衆は夏見の報告に強い関心を持つことだろう。
鍛錬に身の入っていない若い衆も身を入れ、真剣に取り組んでくれるかもしれない。忍術を若い衆に伝えるのにはうってつけの状況かもしれない。
しかし、戦が起これば大勢の人が亡くなる。
拙者はそれを望まない。
今年は暑い夏だった。雨は少なく日照り続きだったが、湧水が豊富なこの里は無事に実りの秋を迎えることができた。これでまた一年、平穏な生活を送ることができる。
戦という戦がなくなり二十年余り、忍者として戦働きができなくなったいま、田畑の実りは我々の生命線となっていた。
秋のこの時期は忙しい。食材を天日干しにして自然乾燥させ乾物を作ったり、野菜を塩や米糠、味噌などで漬け込んで漬物を作らなくてはならない。
たわわに実った食材を抱え帰路につきながら作業工程を頭に思い浮かべる。
「お頭ー、終わったのであればこちらも手伝ってくださいよー」
田んぼの脇を通りがかると若い衆が声を掛けてきた。三人掛かりで朝から作業しているのにまだ工程の半分も終わってないようだった。
「何しておる、術を使え、術を」
「さっきからやっとるんですが、上手くいかんのです」
甲賀の里で鍛錬を続けている者は十名ほどで最近は皆、鍛錬に身が入っていない。
特に大きな戦を経験していない若い衆は、農作業の片手間に遊び半分で鍛錬を続けている程度だった。
だが、それで良いと思っている。今は太平の世。今後は人同士が殺し合いをするような世の中にならないで欲しいと切に願う。
拙者等の存在などこれからの世には必要無い。
「仕方のない奴らだ。手本を見せてやるからしかと見とくのだぞ」
胸の前で指を組み、人差し指だけを立てる。念を込め気合いと共に解き放った。
「忍法、かまいたちの術」
「おーっ」
刃と化した拙者の念は稲を根本から切り倒し次々と刈り取っていく。熟練した忍術を見た若い衆は驚きの声を上げ賞賛していた。
「流石お頭」
「憧れるなー、拙者もかまいたちの術を使いこなせるようになりたい」
「でもお頭、田んぼ中に稲撒き散らせてしまったら稲木どこに立てるのですかー?」
刈り取った稲は自然乾燥させなくてはならない。乾燥させるため、稲を束ね棒などに立てかけておかなくてはならないのだが、田んぼ中に稲が散らばってしまいその棒を立てる場所が無くなってると不満げに言ってきた。
「それくらい自分達で致せ。働かざる者は食うべからずじゃぞ」
拙者に怒鳴られると若い衆は田んぼ中に広がった稲を渋々片付け始めた。全く生意気な奴らだ。だがそれもまた良い。
これからの世は全てが平等でなくてはならない。
「お頭は甘すぎます」
年配者の一人、鵜飼がそう進言してきた。十名の中に年配者は拙者も含め六人いる。拙者が甘いから継承者が育たないでいるのかもしれないが、それで良いと思っている。
これからは忍術使いが必要のない世界になる。
「終わるまで放っておけば良いのですよ」
「そう言うな」
「もっと厳しく鍛え上げれば良いのですよ」
「ならお主らも序でに鍛え直そうかの」
若い衆に対し意地悪く言っているので、意地悪く返してやるとどいつもこいつも視線を逸らし目を合わせようとしなくなった。
汗を掻き体を動かす鍛錬は皆毎日欠かさず行なっているが、忍術の鍛錬は精神的な苦痛を伴うので皆真面目に取り組もうとしない。
拙者以外の年配者は、忍術を今でも巧みに操れる状態なのか甚だ怪しいものだった。
だがそれもまた良い。
「お頭」
家に帰り一人になったところで声が聞こえてきた。声の大きさは小さいのに妙に聞き取りやすい声。特徴的なこの声の主は一人しか思いつかなかった。
「夏見か」
「はっ」
夏見は十名いる中で唯一真剣に鍛錬を続けている忍者だった。若い頃、大阪で戦を経験し自分の非力さを知ってから向上心を高く持ち続けている。
高く持ち続けた向上心のお陰で、今では屈指の実力者となり誰にも劣らないとの自信を持っていた。
その自信故、今の実力があれば仕官することも可能なのではと考え、働き場を探し日ノ国中を飛び回っていた。
「島原に不穏な動きがあるようです」
今でも全国に情報網は張り巡らせてあるので聞き及んでいる。島原、唐津藩では切支丹への弾圧は常軌を逸し、民に苛烈な年貢を強いていると聞く。
民の不満はいつ爆発してもおかしくない状態だとか。
仕官を望んでいる夏見としては戦が起こることは願ってもないことだろう。戦が起これば手柄を上げることができる。しかし何故そのようなことを報告に来たのだろうか。
「してどう動く?」
夏見の真意が読みきれなかったので当たり障りのない返事を返した。
「はっ、引き続き動静を探ろうかと。お頭はどうされますか?」
夏見の気配はこの好機を逃すまいと高揚しているように感じられた。
お頭はどうされますか?と問うてはいるが、実際は一緒に行きませんか?と言いたいのだろう。
共に手柄を立てて、仕官しましょうと誘っているのだろうが、拙者には夏見のような若さはもうないし、今更仕官する気もない。里でゆるりと生涯を終えるのも良いと考えている。
「もうしばらくここで様子を見る」
「承知いたしました。他の者には」
「拙者から話しておく」
拙者は里の暮らしに慣れすぎた。今更戦働きで生きていこうとは思っていない。しかし他の者達、特に若い衆は夏見の報告に強い関心を持つことだろう。
鍛錬に身の入っていない若い衆も身を入れ、真剣に取り組んでくれるかもしれない。忍術を若い衆に伝えるのにはうってつけの状況かもしれない。
しかし、戦が起これば大勢の人が亡くなる。
拙者はそれを望まない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
youtubeチャンネル名:heroher agency
insta:herohero agency
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
わが友ヒトラー
名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー
そんな彼にも青春を共にする者がいた
一九〇〇年代のドイツ
二人の青春物語
youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng
参考・引用
彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch)
アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる