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第一章
第一話 爺様の餓死
しおりを挟む爺様が床に臥すようになり幾許の月日が経っただろうか、母上も過労がたたり床に臥す時間が多くなっていた。
原因ははっきりしている。とにかく食べれる食糧が無い。
食糧が全く無い訳ではない。大人達は食べることをしないのだ。食べることをしないのでどんどん体力が落ちてきている。痩せ細ってしまっている。
大凶作が二年続いていた。一年前は前年の残り物や雑草、木の根などを食べ、なんとか命を繋ぐ事ができた。
今年はもう何も無い、冬は越せないだろう。
それでも食糧はある。宣教師と呼ばれる異国の者が村に食糧を運んできてくれているのだ。そのお陰で俺たち若者は十分に食事を摂ることができた。が、大人達は何故か口にしない。
「そったらことできねー」
「そんな罰当たりなことできるわけねー」
口々にそう言って宣教師が村の人達で分けてくださいと言って置いていった食糧を摂ることを頑なに拒んでいた。
聞くところによると昔はこの村にも宣教師と呼ばれる者が住んでいたそうだ。共に暮らし、苦楽を共にしていたそうだ。が、禁教令の御触れが出ると、村を追放してしまったそうだ。
大人達は悔やんでいる。
自分達の過ちが天災を招き、飢えという天罰を下してきている。そう考えている。宣教師の施しを受ける訳にはいかないと食事を拒んでいた。
罰当たりな自分達は飢えて死ぬべきだと考えていた。
俺は山に入った。自分達で採った食糧であれば食べられるだろう。食糧を確保すべく山に入った。大人達を救うべく山に入った。
しかし、雑草は採り尽くされ、獣に会うこともない。大人達どころか自分の家族、母上、爺様の分すら確保することも出来ないでいた。
新しい年を迎えた頃、遂に爺様は動かなくなってしまった。
「たいぞう、お主には侍の血が流れておる。人の道を違うではないぞ」
大蔵、爺様が俺に付けてくれた名だ。全てを包み込むような大きな人間になれ、という意味を込め名付けたそうだ。
爺様は昔、大きな戦にも参戦した事がある大侍だったそうだ。よく自慢していた。大きな体躯で豪腕を振るい、次々と手柄を上げたものだと自慢していた。
主君が戦に敗れ改易により領地を没収されてしまい、爺様はこの地に流れ着いたとのことだった。
主君を失い、領地を失い途方に暮れていた時、切支丹の教えに救われたという。しかし権力に屈し切支丹を捨て生きながらえようとした。
その結果がこの様だ。
村一の力持ちで村一の切れ者だった爺様が息も絶え絶えになり、目は窪み頬骨は大きく浮き出ている。あれほど太かった腕は今は骨と皮だけ、骨の上に黒ずんだ皮が一枚乗っているような状態だった。
無念の思いを抱えたまま、静かに目を閉じた。
村中の者に慕われていた爺様の死。村中が悲しみに包まれ、次は自分の番だと大人達は覚悟を決めているようだった。
村全体が重苦しい空気に包まれていた。
日に日に弱っていく己と向き合いながら、飢えに苦しみながら息絶えなくてはならないのだろうか。何故、そこまでしなくてはいけないのだろうか。
食べればいいじゃないか。施しを受ければいいじゃないか。俺には大人達の考えがまるで分からなかった。
でも何とかしたかった。何とかしたかったから山に入った。食糧になる物がないか探して回った。
村周辺には雑草一本、小虫一匹すらもいなくなってしまっていた。食べられる物を探していたのでは皆、爺様のようになってしまう。なりふり構わず、口に出来そうな物は全て持ち帰った。
村の人達を救うべく、山々を必死で駆け回った。
もう本当に何も無いぞと思った時、父上が帰ってきた。長崎に奉公に行っていた父上が帰ってきたのだ。多くの食糧を携え帰ってきた。
父上は分け隔てなく村人達に食糧を配る。『おめぇー達の分が無くなってしまうではねぇーか』と言われても、『今年は豊作になるから大丈夫だ、遠慮せず食えっ』と言って村中の飢えている人達に食糧を分け与えていった。
「お前にも苦労かけたな。大丈夫だ、今年は必ず豊作になる」
父上はそう言って俺を抱き寄せた。父の寛大な心の温かみが伝わってくる。山にはもう何もない。もし今年も凶作だったら俺も長崎に奉公に行こう、と思った。
ただ一つ分かった事がある。日照り続きの年に実った稲の種は日照りに強く、日照り続きの年でもよく育つ。
逆に長雨続きの年に実った稲の種は長雨の続く年でもよく育ってくれる。
日照りに強い作物と長雨続きでもよく育つ作物とがある。種付けする前に日照りの年になるか、長雨続きの年になるか分れば豊作を見込める。そう思った。
俺は山に入った。
山に行くのは食糧を確保しに行くだけの理由ではない。静かな山道を歩いていると色々な考えが浮かんでくる。考え事をするのには適していた。
大地を蹴るたびに、腰のあたりからかしゃかしゃと音がしている。
爺様の太刀を受け継いだ。爺様の魂を受け継いだ。
俺には村一の切れ者と言われた爺様の血が流れている。
鞘はところどころ漆が剥げていて、柄糸もほつれが目立つ。しかし、刃は鋭く輝いていた。侍の魂を忘れずにいた爺様は、手入れを怠ることはなかった。
斬れない物など無いと思わせる程、光り輝いていた。
一定の間隔でかしゃかしゃとなる音は頭を刺激し何か名案を思いつかせてくれるような気がした。爺様の形見の太刀は俺に力と知恵を与えてくれるような気がした。
それに山登りは日課だった。足腰を鍛えるためだと父上に言われ、日課にしていた。いつもは日の出とともに登り、朝飯前には降りてきていた。
始めた頃は帰るのは昼過ぎになっていたが、今は一刻ほどで登って降りてこれる。頂上付近にある泉の畔でひと時を過ごすので戻るのが朝飯前ほどになるが、もっと早く戻って来ることも可能だ。
畔ではもっと色々熟考する事ができる。今日は父上の手伝いをしていて遅くなってしまったが、夕飯前には帰れるだろう。
まさか泉であのような出会いがあるとは思ってもいなかった。
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