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第五章 王族の少女、世の理に触れる

第10話 神の思し召し

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 そんな話をしていると次の者が水晶の前に歩み出て来た。頬がこけた痩せ形で猫背の男性、表情は暗く生前の苦労が滲み出ている感じだった。

「汝、生前どのように生きたか答えよ。そしていかなる世界に進むべき人間か答えよ」

「私は、自分の不注意からまだ幼い女の子を車で轢いて亡くならせてしまいました。当然地獄行きでしょう、、」

 見た目から予想できるようなか細い声で話し始める。

 幼い女の子を亡くならせてしまったと聞いて、水晶からどれ程の叱責がくるのかと思い用心していたが、水晶の反応は意外なものだった。

「汝よもっと詳しく話をしてみよ」

「私は小さな工場を経営していました。経営者といっても裕福な経営状態ではなく家族を養うのが、社員に給料を払うのがやっとの状態でして、会社を潰さないように毎日毎日身を粉にして働いていました」

「しかし、優しい家族と頼りになる社員に恵まれ、厳しい環境ながらもそれなりに幸せを感じ暮らしていました。そんな時、隣国から大量の受注が入りビジネスチャンスとばかりに意気込んで、寝る間も惜しんで働きました。そんな時、運転中に睡魔に襲われてしまい、、」

 ここで猫背の男性は嗚咽し涙をこぼし始めた。じばらく咽び泣いた後、、。

「私は自分の不注意で女の子を撥ねてしまい、その幼い命を奪うという大罪を犯しました。疲れていたなんて言い訳にもなりません。私は、私は、大切な尊い命を奪ってしまいました、身を焼いても切り刻んでも許される事ではありません、、」

 悔しさからなのか、申し訳ない気持ちからなのか、猫背の男性は終始俯き加減で話し、時々膝を拳で打ち付けていた。

「汝よ。事故後どのように人生を送ったか答えよ」

「そ、それは、、遺族に賠償金を支払うため前以上に一生懸命働き、遺族に償いのため誠心誠意努めました。幸い仕事は順調でしたので賠償金以上のお金を払うことが出来ました。しかし、謝罪は全く相手にして貰えず、亡くなってしまった女の子のお墓参りは許して貰えませんでした、、」

 法的な賠償金以上の行為をしても、両親の許しは得られなかったという事か?遺族の感情を思うと致し方ないことなのだろうが、猫背の男性の憔悴ぶりを見ると何とかならなかったのだろうかと思う。

「汝よ。その言葉に嘘偽りはないと認めよう。辛き人生をよく自我を見失うことなく乗りきった。その魂、清き魂と認めよう」

「汝。天国に行かれるがよい」


 ???

 我が耳を疑った。

 猫背の男性はその言葉に驚きの表情を見せる。私も聞き間違えかと思うくらいの驚きを覚えた。

 幼い女の子を轢き殺してしまったこの男性が天国行きとは如何なる審判が下ったということなのだろうか?

 私は事の経緯を固唾を飲んで見守った。


「わ、私がですか?そ、それは出来ません、わ、私は人殺しです、ど、どうか罰をお与えください、どうか厳しく諌めてください、、」

 猫背の男性は天国行きと言われ喜ぶどころか、罰を与えて下さいと両手両膝を地面につけ懇願し出した。

「汝よ。勘違いされるな。汝は神に与えられた厳しき人生を、自我を失わず歩みきった。それだけだ」

 水晶からそう諭されるが猫背の男性はいまいち納得が出来ていないようだった。

「汝は、神から人を轢き殺してしまう人生を与えられたのだ。お主の意思で行った行為ではあるまい。遺族の過度の無理難題の要求にも誠心誠意答えようと努め、他人から蔑まれようとも、陰口を叩かれようとも自分が幼女に与えてしまった苦しみよりは楽だと捉え、家族を守り抜き、強く生き抜いたことは見事だと称賛しよう。罪は十分償っておる。清き魂よ天国へ誘われるがよい」

「あ、ありがとう、有難うございます、有難うございます」

 猫背の男性は煌めく光に包まれ消えていった。

 全身に鳥肌が立った。叱責しているところが続いていたので、水晶が寛容に語る姿は初めてだった。

 人間界で人を殺めてしまうという大罪を犯してしまったというのに、その罪を攻められないというのは意外だった。本当に意外だった。

 人はやり直しが利く、そういうことなのだろうか?

「姫妃よ、不思議に思ったか?」

 私の心の動揺を察したのか、ソフロニアはそう話しかけてきた。

「人にはそれぞれ色々な人生が与えられる。金の斧を与えられる人生もあれば、錆びた古ぼけた斧を与えられる人生もある。要はその人生をどのように生き抜いたかで、死後どの世界に進むかが決められる。例え、人間界で大罪を犯していたとしても、今の男性の魂は清いと判断されたのじゃ」

「姫妃よ、お前の友人とやらも自我を失うことなく、真っ直ぐに生き抜いたのであれば、今頃は天国であろう。そう心を痛めるでないぞ」

 猫背の男性が天国へ誘われた瞬間から熱いものが込み上げていた。止めどなく溢れ胸が苦しくなった。体の震えが止まらない。

 きっとあの子も、これが探していた答えだという事なのだろうか?

 人はこの世を、神に与えられた人生をどう生き抜くか問われているのだ。私は金の斧を与えられた人生を、あの子は錆びた斧を与えられた人生を、、。

 聖地ナハにある石板に刻まれた文字を思い起こす。

『行い一つ一つに正義を問え』

 恰幅のいい男の言葉を思い起こす。

『ドゥーイング・ライト』

 人の世では正しいとされている事をしても、悪いとされている事をしても、神の裁きの前では関係無い。

 人生は神が与えた試練。その試練をどう生き抜いたかを神は問うているのだ。

 神の裁きは魂が澄んでいるかどうかで判断される。

 神の与えた人生を歩むうえで、行い一つ一つに正義かどうかを問い、正しながら生きなければならないのだ。

 あの子は精一杯生きた。

 周りの子が家事などせずとも暖かい料理を食べれる姿を見ても嘆く事なく、一生懸命勉強をし美味しく作った料理を不味いと言われても笑顔を絶やさず生き抜いた。

 次は私の番だ。金の斧を与えられた人生を奢ることなく生き抜く事、それが私の試練。

「人間は隣の家の芝は青く見えてしまうもの。他人より優れていることに優越感を感じてしまうもの。姫妃、お前の試練は誘惑じゃ。与えられた境遇を自欲のために使うかそうでないか、どういう行動を選択するかを神は見ておる」

『行い一つ一つに正義を問え』とは一つ一つの行動を神は見ているので責任もて。

『ドゥーイング・ライト』お互いにその行動は正しいかどうか確かめ合えという事なのだろう。

 人は誘惑に弱いもの、そして他人の裕福には僻みがちになるもの。

 金の斧を沢山欲してはならない。他人の金の斧の方が良いと思ってはならない。自分に与えられた斧を強く振るって生きていかなくてはならない。

 私はその思いをしっかりと受け止め、唇を強く噛み締めた。

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