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第三章 愛情に感化した修羅界の少年

第4話 母親の真実

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 岡野先生の運転で一緒に病院へ向かう。向かっている車の中でも僕は気が気ではなかった。

 そわそわしている僕を見て「きっと、大丈夫だよ」と岡野先生が言ってきたが、僕の耳にその言葉は入ってこなかった。

 父さんが亡くなったときはまだ小学1年生、人の死というものがどういうものかよく分かっていなかった。

 だからあまり悲しくはなかった。

 でも今は五年生。もし母さんが死んだら、僕のせいだ、その時は僕も、そんな思いでいた。

「はぁー、はぁー、はぁー」

 病院に到着し勢いよく病室に駆け込むと、母さんは比較的元気そうに同僚の女性、優子さんと談笑していた。

「あれ?倒れたと聞いて慌ててきたのですが、、?」

 その姿を見た世話好きの岡野先生が、すっとんきょうな声を上げ目をパチクリさせる。

「あら岡野先生!いつもお世話になってます」

 そう言って起き上がろうとする母を岡野先生は制した。

「ごめんなさい。優子が大げさに電話してしまったようで」

 少し咳き込みながら母はそう言った。

「いえいえ。元気そうで良かったです」

 手を振りながら遠慮ぎみに答えていた。

「軽い貧血だそうです」

「そうですか!軽いなら体は大丈夫何ですか?」

「はい。大丈夫です」

「そうですか。それは安心しました!」

 安堵の表情を浮かべる岡野先生だったが、隣にいる優子さんがぜんぜん笑ってないような気がする。

「拓海くん。今日は休んで大丈夫だからお母さんについててあげなさい」

 そう言って僕の肩を叩いてきた。

「そんな、ゲホゲホ、、」

 咳き込みながら遠慮がちにそう返す。

「大丈夫です。勉強が遅れたら私が責任もって補習を手伝いますので」

 そう言って岡野先生は僕に「じゃあな」と言って母に会釈し帰って行った。

 いつも陽気で明るく色々なことを解りやすく教えてくれる岡野先生は、生徒から慕われていて学校一の人気者の教師である。

 僕の病気の一番の理解者でもあって、いつも気にかけてくれている。

 特別扱いされたらまたいじめられそうだな、、。

「花の水入れ替えるね」

 そう言って優子さんが花瓶を持ち上げ、病室を出て行こうとしている。

 優子さんは二十代半ばで、細身で目鼻立ちの綺麗な色白の女性。

 母のダンスに憧れを抱き、この世界に入ったそうだ。

 今回も一緒の劇場で公演する事になっていたとのことだ。開演前の打ち合わせ中に倒れた母をここまで運んでくれたらしい。

「うん、ありがとう」

「いいえ、私に出来る事といったらこれくらいだから」

 そう言って優子さんは病室から出て行った。なぜさっき暗い顔をしていたのか聞きたかったが、その気配を察したからなのかその場から逃げるように出て行ってしまった。

「母さん、ホントに大丈夫?」

「大丈夫よ」

 心配そうにしている僕を母は優しく抱き寄せた。

 しばらく談笑していると、中々帰って来ない優子さんに気付き、僕は探しに出る事にした。

 花瓶の水を変えるだけなのに何しているんだろう?病室を出て、周りをキョロキョロと見渡す。

 奥の方に日差しが差し込んで来ている明るい場所が見える。

 入って来た時は急いでいたので気が付かなかったが、ガラス張りにでもなっているのだろうか?自然とそちらに足が向いた。

 病室の前を通り過ぎるたびに色々な話し声が聞こえ、消毒液の臭いが鼻につく。

 行き交うスタッフや人々に目をやりながら歩いていると、ふと聞き覚えがある声に気付き足を止めた。

 優子さんと藤森のようだ。向こうはこちらには気付いていない、何を話しているのだろうか?こっそり近づき聞き耳を立てる。

「乳がんよ。しかも末期。咳してたでしょ。肺にまで転移してるそうなのよ」

 優子さんのその言葉に驚き、言葉を失っている藤森の表情が見える。

「もう助からないだろうって、、」

 最後の方は言葉をつまらせていて、聞き取れないほどだった。目からは大粒の涙が次々と溢れている。

「な、なんてことだ、、」

 藤森の目から生気が抜け、焦点が定まらない視線を虚空に向ける。その後絞り出すように言葉を発した。

「ど、どういうことだよ、分かるように説明してくれ、、」

 藤森はかなり動揺しているのだろう。声は震え辿々しい言葉になっていた。

「前にも一度倒れた事があったの。その時、乳がんがあるってことが分かって、、」

「なら、どうしてそのままにしていたんだ?」

「今の段階で乳房を全部切除すれば命に別状はないし、再発の心配もまず無いって医師に言われたの。でも、その時、温子は何て言ったと思う?乳房を切除したらもう人前で踊れない。私の命なんてあの子の手術代稼ぐまでもてばいいって、、」

「なるほど、温子ならきっとそう言うだろうな 、、」

「でも、死んでしまったらもともこもないじゃないか!それに手術代にはまだまだ足りてないんだろ?」

「保険金がおりるだろうからって」

「なんとかなるってか」

 藤森は母心を思い、拳を強く握りしめていた。

 何とも言えない虚無感に襲われ、何もしてやれない事に歯がゆさと怒りを覚えている様子だった。

「そんなことになっていたなんて、なんで言ってくれなかったんだよ、、」

『ガチャッ』

 驚愕の事実を知ってしまった事に動揺し、持っていたスマホを落としてしまい大きな音が鳴り響いた。

 二人がその音に気付きこちらに視線を向ける。

「もしかして今の拓海君じゃ?」

「不味い!今の話聞かれたんじゃ!?」


 衝撃の事実を知ってしまった。

 そんな事になっていたなんて、、。

 全然知らなかった、、。

「わーーーーー!!」

 僕は込み上げてくる感情を抑えることが出来なかった。

 僕のせいで父さんを失った。

 僕のせいで好きな人とも一緒になれない。

 僕のせいで人前で裸になる仕事をする羽目になっている。

 そのせいで近所の人から冷たい視線にさらされている。

 そして僕のせいでその命までも、、。

「僕はなんなんだ!僕はなんなんだ!僕はなんなんだーーー」

 11歳の僕には抱えきれない事実だった。夢中で走った。心臓が苦しくて仕方なかったが夢中で走った。

 僕は生きていていいのだろうか?

 僕がこのまま生き続けたら皆んな不幸になるだけなんじゃないか?

「はぁー、はぁー、はぁー」

 苦しくて仕方ない。いっそこのまま、、。

 そんな思いが込み上げてくる。

 倒れ込み見上げると青々とした木の葉が見えた。いつの間にか呪いの噂のある巨木の元に来ていたようだ。

 苦しい心臓を抑えながらヨロヨロと立ち上がる。

「おい!お前は、お前を傷つけてしまう人間を殺してしまうんだろ」

「僕は今お前を傷つけようとしているぞ」

「僕を殺せ、僕を殺せ、僕を殺せ、僕を殺せ、僕をー、殺せーーっ!」

 拳を何度も何度も振りかざし幹を傷つけた、、。

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