廃校が決まった母校の名前を、高校野球史に刻め!

加藤 佑一

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第五章 ついに決勝戦!

第34話 北野の思い

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「北野君、君は覚悟を持って親元を離れ、この土地で生活し、この土地のお米や野菜を食べて成長したんだよ。君は間違いなく我が県の代表選手だよ。自信を持ちなさい」

 県外出身の俺は誹謗中傷の的になる事がよくある。

 下を向いてしまった時、理事長はそんな言葉をかけてくれた。この高校が全国大会で活躍すれば、全国にその名が知れ渡る。入学希望者が増える。

 俺みたいな貧乏人でも、大好きな野球を続けられる環境を整えてやる事ができる。

 俺の活躍は家庭の事情で夢を諦めなければならなかった子供達に、夢を与えることが出来る。

 子供の頃憧れながら見ていた甲子園、そこで活躍できる選手に自分もなりたい。そう思うとどんなに辛い練習でも頑張れた。

 俺には負けられない理由がある。次こそ必ず打ってやる。

 だから頼む、山崎、池田、俺まで回してくれ、、。 

 9回2点ビハインドの場面で、1番バッターの寺田が意地でヒットを放ちワンナウトランナー1塁。

 2番の山崎か3番の池田のどちらかが塁に出てくれれば俺まで回ってくる。

 俺は祈りながら後輩の打席を見守った。山﨑は前打席センター前に弾き返している。

 お前ならきっと打てる。頼むー、俺にもう一度チャンスを、、。


『カキーーン』


『打ったー、浅い外野フライです、レフト前進しキャッチしてツーアウトー、夏の大会全国ベスト4の湯原高校ー、追い込まれてしまいましたー』


 快音が響いたと思って勢いよく顔を上げたが、打球は高く上がっただけだった。

 レフトが悠々とキャッチし耶麻校ナインに笑顔が広がった。

 俺は指を組み祈りを捧げる。別にクリスチャンって訳ではないが何にでも縋りたい気分だった。

 池田頼むー。池田の打席を見る事が出来なかった、強く目を瞑り祈りを捧げ続けた、、。

 池田も今日の俺と同じように打てずに苦しんでいて、バントも失敗してしまい責任を感じているんです。

 3番打者に指名されプレッシャーを感じながら、厳しい叱責を受けてもめげずに努力し、物凄く頑張って練習してきているんです。

 どうか神様打たせてあげてください。俺は祈り続けた、、。


「ボール、フォア」


「!!」

「よっしゃー!池田ー、ナイセンだー!」

 神様ありがとう。ありがとうございます。

 回って来たー、回って来たぞー。俺はバッターボックスに向かう前に堀口の方に目を向ける。すると、拳を強く突き出してきた。

 俺はそれに強く頷く。

 ここ数週間の出来事が走馬灯のように駆け巡った。俺たちは何度も絶望し何度も虚無感に襲われた。

 その度にお互いに支え合った。お互いに支え合ってここまできた。

 それはこの試合でもだった。いきなり3ランを浴びてしまい、いきなり絶望感を味わった。でも皆んなで励まし合い、立て直しここまで来た。

 点差は2点、ランナーは2人出ている。俺は勝負に出ることにした。『エンドラン』それしかないと思った。外野の間を抜ければ同点、それに期待するしかないと思った。

 今日は内野ゴロ2つに三振2つ。ハッキリ言って今日の成績はクソだ。でも前回の打席で何か掴んだ気がする。当たれば飛ぶ。

 さあ来い!俺の意地見せてやる。


『空振りー、カーブに全くタイミングが合いませーーん』


 ダメかー、あのカーブを何とかしなくちゃいけないんだけど、相変わらず鋭い角度で落ちてきていて、全く捉えられない。

 続くボールもカーブだったが見送りボールとなった。バットを握り直し祈りを込め、ピッチャーを睨み付け集中する。


「ファール」


 内角のストレートを打ち上げてしまい、ボールは三塁側のスタンド方向に飛んでいった。

 1ボール、2ストライク。俺なら次は外角に流れるカーブを投げさせる。

 球筋を見極めきっちりスイングをしよう。そう心に決めたところでサインを送った。

 俺のサインを見た寺田と池田がジリジリとリードを広げ出す。

 俺は次のボールに全身全霊をぶつけることにした。だからお前らも全身全霊を込めスタートしろよ!


『カキーーン』

「!!」

「!!」

「!!」


『打ったーーっ!!これは大きいぞーっ!9回まさかの出来事が起こってしまうのかーっ!?レフトバック、レフトバック、レフトバックーー。入ったーー、入った、ホーームラーーン。ぎゃーくーーてーーん。逆転スリーーラン、ホーームラーーン!』

『今まで完璧に抑え込まれていた、4番のバットが遂に火を吹きましたーっ!値千金の大逆転3ランホーームランが飛び出しましたーーっ!!逆転です。9回に大逆転のドラマが待っていましたーっ!』


「うぉーー、うぉーー、うぉーーっ!!」

 完璧だった。完璧な手応えだった。打った瞬間ホームランだと分かった。

「うぉーーっ!やってくれるって信じてたぞーー!」

「おー、待たせてすまなかったなー」

 満面の笑みで両手を突き上げ跳び跳ねている堀口の姿があった。自然と涙が溢れた。感情を抑えられなかった。

 まだ勝った訳じゃないのに、高揚感を抑える事が出来なかった。

「うぉーーっ!や、やったー、やったぞーーーっ!!」

「うっしゃー、バカやろー、やりやがってこんちくしょーっ!」

 ホームベースを駆け抜けると寺田に抱きかかえられた。そして皆んなに揉みくちゃにされ、手荒い歓迎を受けグチャグチャにされた。

 明らかな失投だった。曲がり切らないカーブがど真ん中に入って来た。

 俺はそこを見逃さなかった。完璧に捉えたボールはレフトスタンド上段まで飛んでいった。

 最高の結果だった。まさかホームランが打てるなんてっ!

「神様ー、ありがとーっ!」

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