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第三章 道のり
第7話 ミスを許容できる雰囲気作り
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「よし!気合い入れていくぞ!」
「締まっていくよー」
マウンドに上がるとそう声を上げた。
この回は7番からの下位打線。
3回の2者連続三振のイメージがまだ残っている。その勢いのままどんどん投げ込みたい。
7番バッターは前回はフォアボールだった。コイツは選球眼が良い。くさい所のボールは追い込まれるまで手を出してこない。
ならきっとカットボールが活きるはずだ。
久保先輩のサインに頷く。久保先輩も同じ考えのようだ。狙いを定めミット目掛け投げ込んだ。
「ストライク」
初球内角にカットボールを投げ込んでやった。思惑通りバッターは手を出してこなかった。
普通のストレートだと思ったのだろう。僅かばかり変化する僕のカットボールが、ボールゾーンからストライクゾーンへ流れ込んできてストライクの判定になったのを見て驚きの表情をしていた。
続くボールは同じところにストレートを投げ込んでやった。打者は同じボールが来たと思い、振りに来てバットは空を切っていた。
そして3球目に投げたシュートにドン詰まりし、容易に捌けそうな勢いの弱い打球をショートに飛ばしていた。
「アウトー」
*
「よーし」
祐希と共に思わず声を上げてしまった。初回からノーアウトのランナーを続けてしまっていただけに、まず一つアウトが取れたのは大きい。
「まずは一つ、コーチ、この回は0で終わりたいですね?」
「ああ、そうだな」
追い上げられてきていて、こちらは0点が続いている。三者凡退に抑え守備から流れを作りたい。
その願いが通じたのか、続く8番を三振、9番を浅いレフトフライに打ち取りこの回は無失点で終了する事ができた。
ナインを拍手で迎え、巧みなピッチングを見せた康誠の肩を叩き良くやったと労う。
そして次の回の先頭バッターの山下に声をかけた。
初回はストレート狙いでいって大量得点をした。しかしそれ以降チェンジアップ主体の投球に変えられ打ち倦ねている。緩急を付けられた投球術に苦しめられている。
「いいか山下、溜めて打つんだぞ。とにかく当てて全力で走り抜けろ」
足の速い山下のことだ、当てさえすれば内野安打になるかもしれない。なんとか塁に出て欲しいと思い、ジェスチャーを交えアドバイスを送る。
野球センスは抜群な奴だ、きっとやってくれるだろう。
『セカンド、バウンドが変わったがー、上手く捕ってファースト送球ー、アウトー』
バウンドが変わり難しい打球となったがセカンドは躊躇することなく前に出て、足の速い山下だというのに焦りもしないでファーストに送球していた。
「あのセカンドエラーしてなかったか?」
「はい、竜ちゃんの打球をポロってます」
「その割には思い切ったプレイしているなー」
良太はたった一度のミスで気落ちしてしまい、思い切ったプレイが出来なくなってしまっているというのに、向こうはミスした後も引きずる事なく溌剌とプレイしているように見える。
「祐希、そういえば向こうキャッチミス多くないか?」
「はい、キャッチミスだけでなく、送球ミスや判断ミスも多いように思えます」
清陵学園は県内トップクラスの進学校、部活に割ける時間は限られていることだろう。
反復練習が出来てないのでミスが出てしまうのは仕方のない事なのだろうが、ミスが多いから慣れっこになっているのか?
ミスをしてもお互いに声を掛け合いフォローし合って、切り替えて次のプレイに集中しようという雰囲気ができている。
それに比べてウチはどうだ?一つのミスでチームはバラバラになりかけ、当の良太は意気消沈してまだ立ち直れていないでいる。
いつもならキツく言われると倍の反論が返って来るのにしてこない。
フォローの言葉をかけても本人はそれが逆に辛いのだろう。余計暗い顔となってしまっている。
だから皆んな、なんて声をかけていいか困ってしまい、チームの雰囲気が暗くなってしまっている。
今は康誠が頑張ってくれているがこれから後半にかけ体力が落ち、球速が落ちるにつれ上手くいかなくなってくるだろう。
良太の復活は勝利に向け必要不可欠だ。
ウチのチームは守備が良い。前の試合も好守備から勝利へと繋がった。あの場面で打球が抜けていたら、あの場面でアウトに出来なかったらと思うような場面がいくつもあった。
ウチのチームの守備が良いのは藤井翔真がいるからだろう。彼の守備能力はおそらく県内トップクラスだ。
だから皆んな彼に追いつけ追い越せで守備練習をトレーニングメニュー以上にしてきている。
だから全員守備が抜群に上手い。
一つのミスなど気にすることなく切り替え、次のプレイに集中すればいいと思うのだが、完璧を求めるが故に一度の失敗を引きずりがちになってしまうのだろうか?
向こうの監督はどうしているのだろうか?
向こうだってミスしたら気落ちはするはず、なのになぜこうもウチと差が出てしまっているのだろうか?
「もしかして、雰囲気作りか!?」
あの監督のおちゃらけ感はもしかして雰囲気作りなのか?
監督があんな感じだから多少のミスはしても大丈夫、次頑張れば良い。そういう雰囲気にさせているのか?
なら良太のあの意気消沈振りは僕のせいなのか?
僕が完璧を求めすぎていたせいなのか?
確かに僕はミスが起きないように基礎や基本動作を繰り返し練習させてきた。それが彼らの自信に繋がり、試合で何度も好プレイを連発させる結果となった。
その自信が一度のミスで砕け散ってしまい、立ち直るのを遅くしているのだろうか?
前回の友崎戦は勝てない相手に立ち向かって行くという雰囲気だった。出来なくても次頑張ればいい、打てなくても次打てればいいそんな雰囲気になっていた。
でも今日は違う、勝って当たり前という雰囲気だった。
それぞれが自分の役割をきちんとこなそうと、目標を立てていたはずだ。それが崩れてしまい目標を失ない、自分を見失ってしまっているのかもしれない。
不味いな、このままでは向こうの雰囲気に飲み込まれてしまうぞ、勝利しなくてはいけないという大前提を思い出させなくては。
僕は試合に勝つためには相手のデータを分析し、どう攻略するかを考えることが選手のためになると思っていた。
それだけじゃ不十分だった。
まず野球を楽しむこと、試合を楽しむこと、そしてどんな状況になっても全力でプレイすることを楽しむこと。そのことを忘れてはいけなかった。
このチームは友崎にも勝てるようなチームに仕上がっている。
それが自信となっていた。しかしそれが驕りとなってしまっていた。
彼らはまだ高校生だ、ミスなんていくらでも出てしまう。その時どう立て直してあげられるかが重要だったんだ。
今から向こうのようにおちゃらけ感を出して、なんでも許容し合えるような雰囲気作りは無理だろう。
どうしたものか、、。
僕がそうこうしている間にスリーアウトチェンジとなった。
続く藤井はレフト前ヒット、康誠がサードゴロ、中村がレフト前ヒット、良太がセンターフライとなっていた。
ヒットは出るようになってきているんだ。この雰囲気を変えることができれば、、。
「締まっていくよー」
マウンドに上がるとそう声を上げた。
この回は7番からの下位打線。
3回の2者連続三振のイメージがまだ残っている。その勢いのままどんどん投げ込みたい。
7番バッターは前回はフォアボールだった。コイツは選球眼が良い。くさい所のボールは追い込まれるまで手を出してこない。
ならきっとカットボールが活きるはずだ。
久保先輩のサインに頷く。久保先輩も同じ考えのようだ。狙いを定めミット目掛け投げ込んだ。
「ストライク」
初球内角にカットボールを投げ込んでやった。思惑通りバッターは手を出してこなかった。
普通のストレートだと思ったのだろう。僅かばかり変化する僕のカットボールが、ボールゾーンからストライクゾーンへ流れ込んできてストライクの判定になったのを見て驚きの表情をしていた。
続くボールは同じところにストレートを投げ込んでやった。打者は同じボールが来たと思い、振りに来てバットは空を切っていた。
そして3球目に投げたシュートにドン詰まりし、容易に捌けそうな勢いの弱い打球をショートに飛ばしていた。
「アウトー」
*
「よーし」
祐希と共に思わず声を上げてしまった。初回からノーアウトのランナーを続けてしまっていただけに、まず一つアウトが取れたのは大きい。
「まずは一つ、コーチ、この回は0で終わりたいですね?」
「ああ、そうだな」
追い上げられてきていて、こちらは0点が続いている。三者凡退に抑え守備から流れを作りたい。
その願いが通じたのか、続く8番を三振、9番を浅いレフトフライに打ち取りこの回は無失点で終了する事ができた。
ナインを拍手で迎え、巧みなピッチングを見せた康誠の肩を叩き良くやったと労う。
そして次の回の先頭バッターの山下に声をかけた。
初回はストレート狙いでいって大量得点をした。しかしそれ以降チェンジアップ主体の投球に変えられ打ち倦ねている。緩急を付けられた投球術に苦しめられている。
「いいか山下、溜めて打つんだぞ。とにかく当てて全力で走り抜けろ」
足の速い山下のことだ、当てさえすれば内野安打になるかもしれない。なんとか塁に出て欲しいと思い、ジェスチャーを交えアドバイスを送る。
野球センスは抜群な奴だ、きっとやってくれるだろう。
『セカンド、バウンドが変わったがー、上手く捕ってファースト送球ー、アウトー』
バウンドが変わり難しい打球となったがセカンドは躊躇することなく前に出て、足の速い山下だというのに焦りもしないでファーストに送球していた。
「あのセカンドエラーしてなかったか?」
「はい、竜ちゃんの打球をポロってます」
「その割には思い切ったプレイしているなー」
良太はたった一度のミスで気落ちしてしまい、思い切ったプレイが出来なくなってしまっているというのに、向こうはミスした後も引きずる事なく溌剌とプレイしているように見える。
「祐希、そういえば向こうキャッチミス多くないか?」
「はい、キャッチミスだけでなく、送球ミスや判断ミスも多いように思えます」
清陵学園は県内トップクラスの進学校、部活に割ける時間は限られていることだろう。
反復練習が出来てないのでミスが出てしまうのは仕方のない事なのだろうが、ミスが多いから慣れっこになっているのか?
ミスをしてもお互いに声を掛け合いフォローし合って、切り替えて次のプレイに集中しようという雰囲気ができている。
それに比べてウチはどうだ?一つのミスでチームはバラバラになりかけ、当の良太は意気消沈してまだ立ち直れていないでいる。
いつもならキツく言われると倍の反論が返って来るのにしてこない。
フォローの言葉をかけても本人はそれが逆に辛いのだろう。余計暗い顔となってしまっている。
だから皆んな、なんて声をかけていいか困ってしまい、チームの雰囲気が暗くなってしまっている。
今は康誠が頑張ってくれているがこれから後半にかけ体力が落ち、球速が落ちるにつれ上手くいかなくなってくるだろう。
良太の復活は勝利に向け必要不可欠だ。
ウチのチームは守備が良い。前の試合も好守備から勝利へと繋がった。あの場面で打球が抜けていたら、あの場面でアウトに出来なかったらと思うような場面がいくつもあった。
ウチのチームの守備が良いのは藤井翔真がいるからだろう。彼の守備能力はおそらく県内トップクラスだ。
だから皆んな彼に追いつけ追い越せで守備練習をトレーニングメニュー以上にしてきている。
だから全員守備が抜群に上手い。
一つのミスなど気にすることなく切り替え、次のプレイに集中すればいいと思うのだが、完璧を求めるが故に一度の失敗を引きずりがちになってしまうのだろうか?
向こうの監督はどうしているのだろうか?
向こうだってミスしたら気落ちはするはず、なのになぜこうもウチと差が出てしまっているのだろうか?
「もしかして、雰囲気作りか!?」
あの監督のおちゃらけ感はもしかして雰囲気作りなのか?
監督があんな感じだから多少のミスはしても大丈夫、次頑張れば良い。そういう雰囲気にさせているのか?
なら良太のあの意気消沈振りは僕のせいなのか?
僕が完璧を求めすぎていたせいなのか?
確かに僕はミスが起きないように基礎や基本動作を繰り返し練習させてきた。それが彼らの自信に繋がり、試合で何度も好プレイを連発させる結果となった。
その自信が一度のミスで砕け散ってしまい、立ち直るのを遅くしているのだろうか?
前回の友崎戦は勝てない相手に立ち向かって行くという雰囲気だった。出来なくても次頑張ればいい、打てなくても次打てればいいそんな雰囲気になっていた。
でも今日は違う、勝って当たり前という雰囲気だった。
それぞれが自分の役割をきちんとこなそうと、目標を立てていたはずだ。それが崩れてしまい目標を失ない、自分を見失ってしまっているのかもしれない。
不味いな、このままでは向こうの雰囲気に飲み込まれてしまうぞ、勝利しなくてはいけないという大前提を思い出させなくては。
僕は試合に勝つためには相手のデータを分析し、どう攻略するかを考えることが選手のためになると思っていた。
それだけじゃ不十分だった。
まず野球を楽しむこと、試合を楽しむこと、そしてどんな状況になっても全力でプレイすることを楽しむこと。そのことを忘れてはいけなかった。
このチームは友崎にも勝てるようなチームに仕上がっている。
それが自信となっていた。しかしそれが驕りとなってしまっていた。
彼らはまだ高校生だ、ミスなんていくらでも出てしまう。その時どう立て直してあげられるかが重要だったんだ。
今から向こうのようにおちゃらけ感を出して、なんでも許容し合えるような雰囲気作りは無理だろう。
どうしたものか、、。
僕がそうこうしている間にスリーアウトチェンジとなった。
続く藤井はレフト前ヒット、康誠がサードゴロ、中村がレフト前ヒット、良太がセンターフライとなっていた。
ヒットは出るようになってきているんだ。この雰囲気を変えることができれば、、。
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