廃校が決まった母校の名前を、高校野球史に刻め!

加藤 佑一

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第二章 試合開始 第二シード校

第7話 小次郎攻略法

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「よし!久保行ってこい!」

「りょーかい」

 先制されてしまったがファインプレーが続いただけにナインの士気は高かった。先頭バッターの僕、久保竜二はこの勢いに乗ろうと思いベンチを飛び出していった。

 昔野球をやっていた頃は、僕はどちらかと言えば下位打線を受け持つことが多かった。

 守備は上手いが打撃は今一つ。僕の評価はそんなところだった。

 昔から細身だったは僕はバットを振っているというよりは、バットに振らされているそんな印象を受ける感じだった。

 しかしその時コーチをしていた大人の方に、コンパクトに振り抜く方法を教えてもらい、振り切るのではなく、流すようにして右方向に打つ打ち方を教わってからはグングン上達し、投球をミートするのが上手くなりヒットを量産するようになった。

 それからはあまり好きじゃなかったバッティングも、どんどん好きになっていった。

 そして今は1番を任されている。この試合1番バッターとして僕に出来ることはまず、ボール球は振らない。
 そして1球でも多くピッチャーにボールを投げさせ、投球の軌道を皆んなに見せること。

 小次郎のボールが超高校級なのは知っている。

 初打席から打てるような球じゃない。

 試合は9回まである。

 じっくりと見極める事が重要。

 自分の役割を言い聞かせバットを構えピッチャーを睨み付けた。

 ピッチャーが振りかぶり第一球を投げてくる、祐希君が予想した通り第一球は外角外に沈み込むスライダーだった。

 軌道は対策済みだったが予想以上に外に流れるようだ。当てるのが精一杯だった。

「ファール」

 祐希君の撮影してきた動画を何度も何度も見て、イメージは膨らませておいた。でも実際にバッターボックスに立って、生きたボールを見るのとやはりキレが違うと感じた。

 スライダーを続けて投げてこい。心の中でそう叫び、投球を待っているとまた同じ軌道のボールが投げ込まれてきた。

「ファール」

「くっそー、これでも当てるのが精一杯かー」


『三振ー。久保選手スライダーに照準を合わせていたのか、最後はストレートにタイミングが全く合わず、空振りの三振です』


 あー、何もできなかったー、、。

「OK、OK、最初はこんなもん」

「予想以上に外に流れるよ」

 翔ちゃんとすれ違う際、そう声をかけた。

「了解、了解、俺に任せておけって」


「皆んな、スライダーの事ばかり考えているとストレートにタイミング合わなくなるよ。気を付けて!」

 ベンチに帰ると皆んな「惜しかった、惜しかった」と言って迎えてくれる。

 くっそー、もう何球か投げさせたかったなあ。何もできなかった。後悔だけが残る1打席目となってしまった。

「翔ちゃーーん!頼んだぞーっ!」





 なんだと!コイツ、佐々木のスライダーにまた当てやがった!!まぐれではなかったのか?

 その時僕、友崎高校キャッチャー加藤はこの試合は楽な展開にはならないかもしれないと感じていた。

 佐々木のスライダーは天下一品。大体の選手が当てることなく空振りしている。

 練習試合で対戦した全国に行った、強豪チームですらそうだった。初回からスライダーに当てられることなんてなかった。

 ましてや前回の敗北の経験から、さらに下半身の強化をしてきたんだ。夏の大会以上のキレになっているはず。

 きちんと配球を組み立てないと大変なことになるかもしれない。

 その後も何度かファールで粘られたが最後は内角低めのストレートで空振りをとり、なんとか先頭バッターを打ち取ることができた。

 内野に向かって「打たせていくよー」と声を上げる。

 格下だと思って舐めてかかると足元を掬われかねない、そういう危機感を覚えた。

 140キロ後半のストレートとストレートと同じ軌道できて、バッターの手前で急激に変化するスライダーは、プロの選手といえども初見ではそう簡単には打ち返される事はないだろう。

 これはかなり研究されて、練習と対策を積んできているようだ。

 コイツ等、本気で勝ちにきている。

 三振を意識していると、今みたいにファールで粘られ投球数が増える一方だ。

 スライダーをもうボール半個分中に入れ内野ゴロを量産させ、打ち取ってアウトを稼いでいこうと思った。






「よし!いっちょやってやるかー!」

 僕、藤井翔真はそう言って気合を入れ、バッターボックスに向かった。

 やることは同じ、まずはミートを心掛け、ファールで粘り、1球でも多く投げさせることが重要。

 バットコントロールが上手い久保ですらスライダーをミートすることは出来ず、芯をずらされてしまっていたんだ。

 あれほど何度も何度も動画を見て臨んだのにだ。キレが予想以上だったのだろう。

 久保の対戦を活かしスライダーはカットしてファールにし、時々投げ込まれるストレートを打ち返そうと思った。

「しまった!」

 ボテボテの勢いのない打球がセカンドに飛ぶ。

 全速力で一塁に走ったが敢えなくアウトとなってしまった。

「やっちまたー、スライダー引っ掛けてフェアグラウンドに飛ばしちゃったよー」


「何すか?今の不格好なスイング?」

「何やってんスか先輩」

「オメー、スイッチ押し忘れてんじゃねーよ」

「ファインプレイして、今日のヒーローは俺だ!とか言ってるからそうなんだよ」

 ベンチに帰ると散々なセリフが飛んできた。コイツ等め、打てなかったとき覚えてろよ!





 僕、石橋康誠は先にバッターボックスに立つ先輩方2人をじっくり見ていた。

 想定以上にスライダーがキレているのは先輩方が自分のバッティングをさせてもらってない事からも明らかだ。

 ただ、久保先輩の時は空振りを取りにいっているスライダーだったが、藤井先輩の時は打ち損じを狙いにいっているようなスライダーに見えた。

「よーし!なんとなく分かったぞ!」

 ブンッ、ブンッ、ブンッと、何度か素振りをし、バッターボックスに向かう。

「康ちゃん、かっ飛ばせッーー」

「任せとけー」

 良ちゃんの声援に調子良い感じで答えたが、バッターボックスに入ると大きく息を吐き、表情を変えピッチャーを睨み付け集中する。


『耶麻高校ツーアウトでランナー無し。評判通り佐々木投手、上々の立ち上がりを見せています』


 警戒するバッターには初球、外角外に流れるスライダーから入ることが多いと祐希先輩が調べ上げている。

 先輩方2人は、それを知った上でも打ち取られている。2人ともセンス抜群のバッターだということも知っている。それでも打ち取られた。

 相当なキレなのだろう。

 でも先輩方は今後のことを考え、1球でも多く投球させようとファールで粘ってくれた。僕はそれをネクストバッターズサークルで見ることが出来た。

 先輩方のしてきたことを無駄にする訳にはいかない。ていうかお陰様で何か打てそうな気がしてきた。

 初球、スライダーに狙いを定め、振り抜くことにした。

 先輩方の努力は無駄にしない。必ず打ち返す!


『カキーーン』 

『打ったー。ファーストの上ーー、鋭い打球がライト線を襲うーー。フェア、フェア、長打コースになったー。石橋選手二塁を蹴り三塁にむかうーー』


 予想通り警戒してスライダーで入ってきたバッテリーだったが、それを狙い済ましたように鋭くコンパクトに振り抜いてやった。

 打った打球はファーストの頭を越え、ライト線上に落ちファールグラウンドを点々と転がる。

「よっしゃー。回れ、回れーー」

 ベンチから良ちゃんの声援が飛んできた。分かってるよ、急かすなって。


『ボールが内野に返ってくるー。石橋選手三塁に滑り込むーー、タッチはー?』

『セーフ、セーフです。耶麻高校ツーアウトからランナーを出しましたー。スリーベースヒットでツーアウトランナー三塁です』

『いやー。お見事でした。鋭いスイングをしてますねー。佐々木投手得意の外角スライダーを見事に右方向に流し打ちして見せました。教科書通りの見事なバッティングでしたねー』


 三塁に一応ヘッドスライディングしたが、万人が見てもセーフと分かる余裕の三塁セーフだった。

「しゃー、やってやったぞー、どんなもんだー!」

 三塁ベース上でガッツポーズを何度も繰り返した。右腕を高々と上げ満面の笑みをベンチに向ける。

「バッキャーロー、カッコイイーぞー」

「いいとこ、持っていってンじゃねーよ、ボケー!」

 皮肉混じりの賞賛の言葉が飛び交っていた。

「よっしゃー、反撃開始だー」

 吉田コーチも自分も高校生になった様な気分で拳を突き上げ、はしゃいでいるように見えた。

 そして次はここまでチームの打点王、耶麻高校得点の要、4番中村将大先輩の登場だ。必ず僕をホームに帰してくれる事だろう。活躍を期待してやまない。

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