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9.皇太后
しおりを挟む皆が劉の自死に狼狽えるなか、楚追明だけは劉を視界に入れてすらなかった。彼は朦朧とする意識の中で、簾越しに見える影を睨んでいた。
(あの宦官は兄上の側近……。兄上の、あの男の邪魔になるから僕は虐げられるんだ……)
双子で仲良くなど、はじめから無理だ。皇子が二人いれば皇帝の寵愛はどちらかに傾き、必ず不和を生む。どちらかしか生き残れない。
(……ほんの少し後から生まれただけなのに、こんな惨めな思いをするのか。あの男が生きている限り)
ぎゅう、と拳に力が入る。怒りと憎しみが混ざり合い、楚追明は俯きながらギリギリと歯を食いしばった。
(殺してやりたい、全て奪ってやりたい! 聖人君子みたいなツラしやがって。姐姐が僕に厳しく接していたのも、きっとお前のせいだ……! お前の何も知らない顔を見ただけで、僕は────)
楚追明は火照る体を震わせ、涙で顔を濡らす。
知性も、人望も、全てが兄に劣っている。自分の存在価値がないような気がして、嗚咽が止まらなくなった。
ごちゃごちゃと乱れた脳の中で、兄に対する殺意だけが芽生える。死んでしまえ、と何度も口の中で転がした。
「殿下……!」
「あ……」
はっと顔を上げる。憎しみに囚われ、大切なものを忘れていた。
いつの間にか私室に戻り、姚玉の腕の中で吐血していた。楚追明が薬を盛られたはずなのに、姚玉の方が苦しげな顔をしている。
「けほっ……だいじょうぶですよ、姐姐。もう苦しくありませんから……」
「嘘をつかないで! お願いだから、私を頼ってください……!」
ふと、楚追明は昔を思いだす。
暗い場所で誰とも接することが出来ずにいた時、姚玉だけが自分に会いに来てくれた。暴力は苦しくて、痛かった。だから失望したけれど、鬱憤晴らしのためだとしても、楚追明にとっては初めてのヒトだった。
(それだけでも良かったのに。どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう……期待してしまう、初めて出会った時みたいに……)
頬に温かい水滴が落ちる。彼はふっと安らいだ笑みを浮かべ、柔い膝の上で眠った。
その夜、楚追明は夢を見た。自身を裏切った義姉を殺し、その細い四肢を捥ぐ夢。
現実ではないと知りながら、朝起きた時には寝汗で敷布を汚していた。
義姉を刺し殺した感触が忘れられず、じっと手のひらを見る。下半身が重い。ふと気になって毛布を捲れば、内衣を白濁液が汚していた。
あまりのショックに、楚追明は日が昇っても動けずにいた。
◆
宴はお開きになり、一人の女が寝台の上で横たわっていた。女官が女の髪を梳かしながら、静かな声で囁く。
「劉が自死したおかげで、我々が毒を渡したことは露呈しませんでしたね」
女は舌打ちをして、女官を張り倒す。
「阿呆、そもそも殺す予定だっただろう! 私が苦労して劉に取り入り、アレを取り寄せたというのに……ッ!」
「ッ……冷静に、皇太后娘娘。まだ機会はございます。殿下が西都に赴いたときに刺客を送り、南晋の者にやられたことにしてしまえば……」
にたり、と女がほくそ笑む。
皇太后は皇帝の嫡母であり、年齢差は十もない。まだ容色衰えぬ女の顔が、醜悪に歪んだ。
「姚玉は洪清の心が奪えぬゆえ、追明に乗りかえて謀を企てているのだ。どらにせよ、2人とも生かしておけぬ。必ず殺めてやろう。必ず……」
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