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8.宴会 犯人

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「ぁつ、た……ぅ、け……」

 楚追明は見開いた目から、ボロボロと涙を零していた。

「ごめんなさいッ、殿下!」

(まず食ったものを吐かせないと……!)

 水を飲ませ、指を楚追明の口の中に入れて喉奥を突く。すぐに喉が痙攣し、胃の中のものを吐き出した。
 手や服が汚れるのも構わず、姚玉は彼の背中をさする。

「太医、太医はどこ!?」

「ここに! 代わります、娘娘」

 中年の男がさっと割って入り、素早く脈を測った。

「皆座れ。動く者は斬り捨てても良い」

 皇帝の静かな声に、皆がおずおずとその場に座る。楚追明以外に異変は見られないようで、皆何が何だか、と困惑した表情を浮かべていた。

「太医、どうだ?」

「やはり体が火照っている……五散石でございましょう」

「五散石?」

「古代では、滋養強壮の妙薬として使用されておりました。五つの鉱石をすり潰して混ぜたもので、服用後は体を冷やさなければなりません。殿下のお食事を拝見したところ、汁物に大粒の鉱石が混入しております。通常吐血などございませんが、すり潰しが甘かったために鉱物が胃の中を傷つけてしまっているのでしょう」

 逆に言えば、すり潰しが甘かったおかげで楚追明の命は助かった。気づかずに時間が過ぎれば、そのまま中毒死していただろう。

「水を飲ませてから吐かせたぞ。良いのか、それで」

「的確な処置でございます。しばらくは冷水を飲ませて体を冷ましましょう」

 ほっと胸を撫で下ろす。飲み込んだものによっては、無闇矢鱈に吐き出させないほうがいいこともあるからだ。

 皇帝は宦官を呼び、調理工程を担当した女官と配膳した女官を連れてくるように命じた。
 女官らはガタガタと震えながらその場に座り込み、皆首を振る。
 「このままでは全員処さねばならぬ」と皇帝が脅したところ、一人の女官が叩頭しながら申し出た。

「き、昨日の昼、皇太子妃娘娘から命じられたのです……! これを入れろと、厨房で薬を渡されました!」

「は……?」

 がん、と頭を殴られるような衝撃が走った。

(何を言ってるんだ……? 俺が毒を入れろと命じた……?)

「なんと……」
「しかし、なぜそんなことを……」

 周囲はこそこそと好き勝手に言い合い、姚玉を指さした。

「────それは誠か、姚玉」

「は……ち、ちがッ」

 皇帝が厳しい声色で姚玉を問いただす。トン、トン、とひざ掛けを叩き、どう尋問するべきか思考を巡らせているのだ。
 皇帝とて、今姚玉が皇子を殺すメリットがないのは知っている。しかし大勢の前で証言が出てきてしまうとなると、否が応でも処罰せざるを得ない。

 姚玉はすぐさま膝を折り、皇帝に叩頭した。アリバイを話そうとするも、緊張から言葉が出てこない。

「廃妃される腹いせではないのか……」
「皇太子妃の自尊心が捨てられず、誰かに仕えるのが我慢ならなかったのでは……」

(うるさい! 俺じゃないって言ってんだろ! 誰か、誰か証明出来る人間は……!)

 李羽が姚玉を庇っているが、いち女官の言葉など誰も耳を貸そうとしない。白々しい目を向ける者、嘲笑う者、興味関心を持たず盃を弄んでいる者。

 姚玉は頭を地面に擦り付け、震えながら涙を目の縁に溜めた。死の恐怖とはこんなにも恐ろしいものなのか、と頭の片隅で考えながら。
 
「昨日? それはないわ!」

 女の声が皇宴殿に響く。姚玉がハッとして頭を上げると、そこには環妃が仁王立ちしていた。

「私は稽古場で姚玉を見たもの。あそこから厨房まで、牛車を使わないと昼には辿り着けないわよ。牛車だって、叔母上が使われていたでしょう?」

「ふむ……だ、そうだ。そこの女官」

「ひっ……そ、それは……」

 女官はバツが悪そうにキョロキョロと左右を見て、俯いた。

(環妃~~~ッ! ありがとうマジで!!)

 環妃は利害を考えない正直な女だ。今ここで姚玉を消した方が彼女の利になるはず。
 しかし助け舟を出した上、頬を膨らませながら虚偽を申した女官を見下ろした。

「うぅぅ……劉殿でございますッ! わ、わたしは……皇太子妃娘娘に罪をなすり付けろと言われて……!」

「なにを申す、この女官めが! 私がそのような事をするはずがありません!」

 女官は顔を上げ、脇にいた男、劉を指さした。劉は楚洪清お付きの宦官であり、彼から深く信頼されていた。

 場は混沌を極め、誰が犯人なのかもはや問いただすことは出来ない。
 ため息をついた皇帝のもとに、一人の宦官が礼をして近づいた。皇帝にしか聞こえぬよう、耳元で囁く。

「────陛下。丁度皇城の外に、鉱石の支払いの督促をしに来た者が」

「名義は誰だ」

「劉でございます。しかし、劉に五石散が購入できるほどの金あるとは思えません」

「……劉の後ろに誰かいるな。劉を尋問し、あの女官は百叩きの刑に処せ」

 鞭打ちを百回も受ければ、女官は息をするだけの肉の塊になるだろう。

「かしこまりました」

 宦官は下がり、女官と劉宦官の腕を掴んだ。女官は泣きながら引きずられていったが、劉はしぶとく暴れている。

「私は……ッ私は天下のための行いをしたのです! 皇太子殿下がつつがなく即位され、北蜀がその男に乱されぬよう! その男は必ず国を乱すでしょう、人の顔をしたケダモノめ! ────ぁがッ」

 ブチ、と肉がちぎれるような音。同時に、床に血に濡れた肉の塊が落ちた。
 思わず周りにいた者たちは目を逸らし、口をへの字に歪める。嫌なものを見た、と舌打ちをする者もいる。

 劉は舌を噛み切り自死した。
 死ぬことで、情報を吐き出すことを拒否したのだ。
 金色の簾の奥で、一人の女がため息をついた。自らの悪行は明かされぬ、と安堵したのだ。
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