悪役皇子をピュアっ子に育てる方法

山海 光

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5.ラッキースケベは主役の特権

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 カン、カン、と木がぶつかり合う音が響く。
 稽古場では、武官と楚追明が木刀で打ち合っていた。
 通りがかったのを引き留めた適当な人選とはいえ、今や彼は10歳以上年上の大男を圧倒している。相手は苦しげな表情で防戦を強いられていた。

「く、ッう!」

悪役ラスボス補正か? スタントマンみたいな動きだな)

「あ、足が……ッ!」

「…………!」

 ぐら、と武官の軸がブレる。楚追明はその瞬間を見逃さず、素早く刀を前に突き出した。
 
「止め!」

 ヒュッ

 姚玉が声を張り上げるのと同時に、楚追明の木刀がピタリと止まる。
 風を切った切っ先は、武官の喉元に向けられていた。

「素晴らしいです、殿下。筋がいいですね」

「あ、ありがとうございます……」

 楚追明は顔を上げ、照れたように頬を染めた。武官が顔面蒼白で震えているので、そろそろ休ませてあげなければ、と姚玉が苦笑する。

「し、死を覚悟しました……」

「才能です。やはり殿下には兵部の————」

「すごいわね!」

 場が固る。若い女の声が稽古場に響いた。
 まさか、と思いながら姚玉が振り返ると、そこには(挿絵で)見覚えのある人物が立っていた。

「環妃、おはようございます。珍しいですね、こちらにいらっしゃるのは」

「頭を打ってしまったと聞いたから、様子見に来たの! もう動いても大丈夫なのね」

 環妃。主人公、楚洪清の幼馴染で側室だ。紫色を基調とした服を着ており、長い髪を簪でまとめている。気の強そうなつり目が特徴的で、自己主張が強い。
 楚洪清視点ではお転婆な印象しかなかったが、原作の姚玉は彼女に酷く悩まされていた。
 ちなみに、『楚洪清と121人の妃』愛読のオタクたちは、環妃派と姚皇后派で派閥が出来上がっていた。えっちに積極的で首輪から仙薬まで使う環妃と、恥ずかしがり屋ゆえに暗闇の中で嬌声を抑える姚皇后。正反対だからこそ滾るオタクたちも二分され────語りすぎた。

 「誰も入れさせないで」と命令したのだが。李羽をジト目で見つめると、彼女は必死に首を左右に振った。

「それにしても……噂に聞いた皇太子殿下の弟君? 初めてお会いしたわ! 本当にそっくり!」

「楚追明ともうします」

「まあ、殿下に先に挨拶をさせてしまうなんて! 環蘭と申します! よろしくお願いしますね」

 にこ、と環妃が微笑む。手を差し伸べるが、楚追明がその手を握り返すことはなかった。環妃は少し戸惑ったように行き場のない手を戻す。
 彼女は興味深そうに稽古場を一瞥すると、視線を姚玉へやった。

「聞いたわ、叔母上から。あなたが廃妃を嘆願したって……一体どういうつもり?」

 不安げに環妃の瞳が揺れる。
 原作の姚玉は嫉妬深い人物だ。何か裏があるはずだと疑っているのだろう。ちら、と楚追明を横目で見るあたり、姚玉と楚追明の関係も疑っている。
 これだから嫌だったんだ、と姚玉はため息をついた。

「近々宴会が開かれます。その時に陛下からお聞きください」

「ま、そう言うわよね。廃妃はいいけど、変なこと言ってあの人の気を引こうとするのやめなさいよ! ただでさえお忙しい方なのに!」

 環妃は頬を膨らませ、なぜか怒りながら退室していった。嵐のような女の子だなあ、と姚玉は頭を搔く。
 まだ14歳くらいだし、落ち着きがないのは仕方ないだろう。

「……あのひと、姐姐が兄上の気をひきとめたいのだと思いこんでる」

「うーん……悪い人ではありませんよ。これから義姉になるかもしれませんし、良好な関係を築きましょう、ね!」

 楚追明はじりじりと言いようのない焦りを感じていた。姚玉に微笑まれ、曖昧に相槌するが、胸の中の不安は消えない。
 環妃とのやりとりを通して、姚玉が「兄の妻」であることを思い知らされた。

(当たり前だ。当たり前だけど……ああ、早く廃妃してほしい)

「さ、練習試合は終わりです! 部屋に戻りましょう。殿下のために作った特製のお箸があるので、夕餉はその箸で食べていただきます」

 俯き暗い表情をしていたが、姚玉の明るい声につられ慌てて上を向いた。

「は、はい! あ、……っ!」

「ん、ん?」

(なんだ、服が引っ張られてるような……えっ)

 姚玉が後ろを振り向くと、楚追明の木刀が姚玉のスカートに引っかかっていた。内衣が丸見えだ。

(いや、そうはならんやろ!)

 なっとるやろがい、というのは置いておいて。
 姚玉はそこまで精神的ダメージを受けなかった(むしろ内衣が男女両用であることに安心していた)が、楚追明は木刀を持ったまま硬直した。
 心なしか、顔のてっぺんから首まで真っ赤になってしまっている。
 姚玉の小ぶりの尻を、目を見開いて見つめていた。

「あー……見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ございません」

「ぁ、ぇ……? はぅ、あ、純白……」

「殿下? 鼻血が……殿下っ!?」

 バタンッ

 なんと、純情可憐な楚追明少年は鼻血を垂らしながら気絶。
 暗くなる視界の中で、彼の頭の中を真っ白な内衣が占領していた。ピュアな少年の無意識下に、「性」の概念が芽生えた瞬間である。



 それからしばらくして、楚追明は意識を取り戻した。
 気絶している間、姚玉の膝の上で頭を撫でられていたらしい。起きた時には、彼が心配そうに楚追明を見下ろしていた。
 慌てて体勢を直し、正座で姚玉と向き合う。

「いきなり体を動かしすぎましたね。反省です……」

「ぁ、う、いいえ……その、たぶん、それとはべつで……」

「別?」

「なっ、なんでもありません! 姐姐、手に持っておられるのはなんでしょう」

 義姉(兄)の内衣を見て興奮のあまり気を失うなど、人としてあるまじき失態。
 楚追明はぎゅっと口を真横に結び、もうこんな失態は犯さないぞ、と決意を新たにする。

 楚追明自身、性に関する知識がないために混乱しているのだ。「こんな失態」と思いながら、なぜ気絶までしたのか、そのワケまで考えが至らない。

「ああ、そうそう。殿下、今日の夕餉はこちらの箸を使ってください」

「箸に、紐……?」

 姚玉は手に持っていた箸を見せる。箸の数箇所に紐が結びついており、紐は指一本だけが入りそうな小さい穴を作っていた。

「矯正用の箸ですよ。この紐に指を通せば、正しい持ち方が出来るでしょう? 今から練習しましょうね」

「わかりました。正しい持ちかた……」

(そうだ。姐姐との距離も、正しいままでいなくては……姐姐に迷惑をかけてしまう。いや……正しくない距離とはなんだろう……?)

 楚追明はモヤモヤと霞がかかったような胸を抑え、唇をキツく噛んだ。
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