上 下
5 / 12

5.ラッキースケベは主役の特権

しおりを挟む
 カン、カン、と木がぶつかり合う音が響く。
 稽古場では、武官と楚追明が木刀で打ち合っていた。
 通りがかったのを引き留めた適当な人選とはいえ、今や彼は10歳以上年上の大男を圧倒している。相手は苦しげな表情で防戦を強いられていた。

「く、ッう!」

悪役ラスボス補正か? スタントマンみたいな動きだな)

「あ、足が……ッ!」

「…………!」

 ぐら、と武官の軸がブレる。楚追明はその瞬間を見逃さず、素早く刀を前に突き出した。
 
「止め!」

 ヒュッ

 姚玉が声を張り上げるのと同時に、楚追明の木刀がピタリと止まる。
 風を切った切っ先は、武官の喉元に向けられていた。

「素晴らしいです、殿下。筋がいいですね」

「あ、ありがとうございます……」

 楚追明は顔を上げ、照れたように頬を染めた。武官が顔面蒼白で震えているので、そろそろ休ませてあげなければ、と姚玉が苦笑する。

「し、死を覚悟しました……」

「才能です。やはり殿下には兵部の————」

「すごいわね!」

 場が固る。若い女の声が稽古場に響いた。
 まさか、と思いながら姚玉が振り返ると、そこには(挿絵で)見覚えのある人物が立っていた。

「環妃、おはようございます。珍しいですね、こちらにいらっしゃるのは」

「頭を打ってしまったと聞いたから、様子見に来たの! もう動いても大丈夫なのね」

 環妃。主人公、楚洪清の幼馴染で側室だ。紫色を基調とした服を着ており、長い髪を簪でまとめている。気の強そうなつり目が特徴的で、自己主張が強い。
 楚洪清視点ではお転婆な印象しかなかったが、原作の姚玉は彼女に酷く悩まされていた。
 ちなみに、『楚洪清と121人の妃』愛読のオタクたちは、環妃派と姚皇后派で派閥が出来上がっていた。えっちに積極的で首輪から仙薬まで使う環妃と、恥ずかしがり屋ゆえに暗闇の中で嬌声を抑える姚皇后。正反対だからこそ滾るオタクたちも二分され────語りすぎた。

 「誰も入れさせないで」と命令したのだが。李羽をジト目で見つめると、彼女は必死に首を左右に振った。

「それにしても……噂に聞いた皇太子殿下の弟君? 初めてお会いしたわ! 本当にそっくり!」

「楚追明ともうします」

「まあ、殿下に先に挨拶をさせてしまうなんて! 環蘭と申します! よろしくお願いしますね」

 にこ、と環妃が微笑む。手を差し伸べるが、楚追明がその手を握り返すことはなかった。環妃は少し戸惑ったように行き場のない手を戻す。
 彼女は興味深そうに稽古場を一瞥すると、視線を姚玉へやった。

「聞いたわ、叔母上から。あなたが廃妃を嘆願したって……一体どういうつもり?」

 不安げに環妃の瞳が揺れる。
 原作の姚玉は嫉妬深い人物だ。何か裏があるはずだと疑っているのだろう。ちら、と楚追明を横目で見るあたり、姚玉と楚追明の関係も疑っている。
 これだから嫌だったんだ、と姚玉はため息をついた。

「近々宴会が開かれます。その時に陛下からお聞きください」

「ま、そう言うわよね。廃妃はいいけど、変なこと言ってあの人の気を引こうとするのやめなさいよ! ただでさえお忙しい方なのに!」

 環妃は頬を膨らませ、なぜか怒りながら退室していった。嵐のような女の子だなあ、と姚玉は頭を搔く。
 まだ14歳くらいだし、落ち着きがないのは仕方ないだろう。

「……あのひと、姐姐が兄上の気をひきとめたいのだと思いこんでる」

「うーん……悪い人ではありませんよ。これから義姉になるかもしれませんし、良好な関係を築きましょう、ね!」

 楚追明はじりじりと言いようのない焦りを感じていた。姚玉に微笑まれ、曖昧に相槌するが、胸の中の不安は消えない。
 環妃とのやりとりを通して、姚玉が「兄の妻」であることを思い知らされた。

(当たり前だ。当たり前だけど……ああ、早く廃妃してほしい)

「さ、練習試合は終わりです! 部屋に戻りましょう。殿下のために作った特製のお箸があるので、夕餉はその箸で食べていただきます」

 俯き暗い表情をしていたが、姚玉の明るい声につられ慌てて上を向いた。

「は、はい! あ、……っ!」

「ん、ん?」

(なんだ、服が引っ張られてるような……えっ)

 姚玉が後ろを振り向くと、楚追明の木刀が姚玉のスカートに引っかかっていた。内衣が丸見えだ。

(いや、そうはならんやろ!)

 なっとるやろがい、というのは置いておいて。
 姚玉はそこまで精神的ダメージを受けなかった(むしろ内衣が男女両用であることに安心していた)が、楚追明は木刀を持ったまま硬直した。
 心なしか、顔のてっぺんから首まで真っ赤になってしまっている。
 姚玉の小ぶりの尻を、目を見開いて見つめていた。

「あー……見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ございません」

「ぁ、ぇ……? はぅ、あ、純白……」

「殿下? 鼻血が……殿下っ!?」

 バタンッ

 なんと、純情可憐な楚追明少年は鼻血を垂らしながら気絶。
 暗くなる視界の中で、彼の頭の中を真っ白な内衣が占領していた。ピュアな少年の無意識下に、「性」の概念が芽生えた瞬間である。



 それからしばらくして、楚追明は意識を取り戻した。
 気絶している間、姚玉の膝の上で頭を撫でられていたらしい。起きた時には、彼が心配そうに楚追明を見下ろしていた。
 慌てて体勢を直し、正座で姚玉と向き合う。

「いきなり体を動かしすぎましたね。反省です……」

「ぁ、う、いいえ……その、たぶん、それとはべつで……」

「別?」

「なっ、なんでもありません! 姐姐、手に持っておられるのはなんでしょう」

 義姉(兄)の内衣を見て興奮のあまり気を失うなど、人としてあるまじき失態。
 楚追明はぎゅっと口を真横に結び、もうこんな失態は犯さないぞ、と決意を新たにする。

 楚追明自身、性に関する知識がないために混乱しているのだ。「こんな失態」と思いながら、なぜ気絶までしたのか、そのワケまで考えが至らない。

「ああ、そうそう。殿下、今日の夕餉はこちらの箸を使ってください」

「箸に、紐……?」

 姚玉は手に持っていた箸を見せる。箸の数箇所に紐が結びついており、紐は指一本だけが入りそうな小さい穴を作っていた。

「矯正用の箸ですよ。この紐に指を通せば、正しい持ち方が出来るでしょう? 今から練習しましょうね」

「わかりました。正しい持ちかた……」

(そうだ。姐姐との距離も、正しいままでいなくては……姐姐に迷惑をかけてしまう。いや……正しくない距離とはなんだろう……?)

 楚追明はモヤモヤと霞がかかったような胸を抑え、唇をキツく噛んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

R18、最初から終わってるオレとヤンデレ兄弟

あおい夜
BL
注意! エロです! 男同士のエロです! 主人公は『一応』転生者ですが、ヤバい時に記憶を思い出します。 容赦なく、エロです。 何故か完結してからもお気に入り登録してくれてる人が沢山いたので番外編も作りました。 良かったら読んで下さい。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

叔父さんと一緒♡

らーゆ
BL
叔父とショタ甥がヤッてるだけ。ガチのヤツなので苦手なひとは回避推奨。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

処理中です...